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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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9.クリスマスのご提案

「クリスマスを、知っていますか?」


 私が津さんと佳さんに問いかけたのには、理由があった。夜臼の家は『ひとならざるもの』の家系で、血統を大事にするため、両親は愛情のない結婚で津さんと佳さんは産まれて来たという。津さんが15歳、佳さんが14歳で両親が家を出て行くまでの間も、寝に帰って来るくらいの記憶しかなかった。

 そういう二人が、クリスマスというものを知っているのか。


「あれだろう、不審者が家に入ってきて、枕元に何か置いて行くという……」

「不審者じゃないです、佳さん。サンタクロースです」

「それは、親がやることやないんか?」

「津さん、当たりですけど、夢がない」


 クリスマスイブに何がもらえるかワクワクして、布団に入ってもなかなか寝られなかった夜。翌朝に早起きして、枕元のプレゼントを開ける幸せ。そういうものを津さんと佳さんは知らないのではないだろうか。私の危惧通りの夢も希望もない答えが帰って来て、私は溜息を吐いた。

 今日は茉莉さんだけが事務所に出勤する日で、佳さんと津さんと和己くんとの晩御飯を終えて、お風呂にも入った和己くんが足元で遊ぶリビングでのこと。

 私が話を始めたのは、一月には二歳になる和己くんのためでもあった。


「クリスマスにはサンタさんがやってきて、プレゼントをくれるんですよ」

「知らない相手を見たら、和己が泣いてしまうかもしれない」

「その辺は、本当は親だったり保護者だったりするから大丈夫なんです」

「恋人同士で食事したり、愛を語り合ったりする夜やないの?」

「それも正解ですけど、沈くんと和己くんに、クリスマスプレゼントのある生活をさせたいと思いませんか?」


 子ども時代がなかったに等しい津さんと佳さんにとって、クリスマスプレゼントやサンタクロースはピンと来ない事象なのかもしれないが、これから育っていく沈くんや和己くんには、クリスマスを普通の子どものように楽しんで欲しい。なによりも、私が子どもを産んだとしたら、その子たちにもクリスマスを楽しんで欲しい。

 そういう思いで提案した私に、津さんも佳さんも考えてくれたようだった。


「プレゼントは何がいいのだろう?」

「それは佳さんが和己くんに上げたいもので良いと思いますが、私からは、これを用意しました」


 仕事のプレゼンをするように取り出したのは、幼児向けのクリスマスの絵本。サンタクロースがプレゼントを配って行く窓が切り抜かれた仕掛け絵本と、少し難しいがストーリーのあるものと二冊。

 保育園で絵本を読み聞かせされている和己くんは、脚元で車のおもちゃを走らせて遊んでいたが、絵本の登場に立ち上がって、一生懸命それを指さす。


「けー!」


 読んで欲しいとテーブルの上から絵本を取って、佳さんの膝の上に上がる和己くんに、佳さんが絵本を読み始めた。ページがめくられるたびにお目目を丸くし、「お!」と息を飲み、最後は拍手をして終わる和己くんに、佳さんが一番驚いていた。


「和己は絵本が好きだったのか……」

「俺ら、読んでもらった記憶ないもんなぁ」


 絵本を読んでもらった記憶がなく、物心ついたら自分で本を手に取って読んでいたという津さんと佳さん。二人は絵本を和己くんに読んであげることも思いつかなかったようだった。

 立派な成人した大人で、日本舞踊の先生と居合道場の師範代をやっている二人は、完璧に美しい大人として私の中で思い込みがあった。実際に子ども時代のことなどを聞いてみると、経験していないことがたくさんありそうだ。

 自分がしてもらっていないことを、誰かにしてあげるというのは、なかなか気が回らないものである。経験していないのだから、思い付かなくても仕方がない。

 そういう足りないところがあるのならば、私ができる限りで埋めたいと思ったのだ。

 津さんと佳さんに提案した次の日に、出勤して茉莉さんにも話すと、茉莉さんは茉莉さんで考えていたようだった。


「津さんと佳さんと暮らしてた時期は、二人ともすごく尖ってたから、それどころじゃなかったものね。蜜月さんがそういうことに気付いてくれるひとで良かったわ。私からも、今年はお店でパーティーをしないかとお誘いしようと思っていたのよ」

「沈くんのクリスマスプレゼントは?」

「もちろん、用意してるわよ」


 さすが、茉莉さんに抜かりはなかった。

 美しくて、優しくて、聖母のような茉莉さん。お腹にいた頃から許嫁で結婚したが、両親は愛し合っていて、お互いに運命だと思っている二人の元で育てられた茉莉さんは、幼い頃にクリスマスも経験していたようだった。


「絵本はいいわね。何を買ったの?」

「これと、これを」

「沈さんにも買ってあげましょう」


 携帯電話で本を表示すると、茉莉さんはそれを注文したようだった。もうすぐ2歳になるとはいえ、和己くんと沈くんの年齢で、順番に読むとかなかなか難しい。それに、和己くんは佳さんに、沈くんは茉莉さんに読んでもらいたがるだろう。

 クリスマスの準備は順調に進んでいた。

 クリスマスイブには、津さんと佳さんと私と茉莉さんと沈くんと和己くんで、お店でパーティーを開いた。並ぶご馳走に、和己くんはテーブルに上る勢いで食べたがっていたが、それより先に、プレゼントが手渡された。

 まだ二人とも小さいので枕元に置いても分からないだろうということで、茉莉さんの手から沈くんに、佳さんの手から和己くんにプレゼントが手渡される。


「まー、あちぇて」

「開けましょうね。何が出て来るかしら」

「わんわんたん、かーいーねー」


 箱に入っていたぬいぐるみを、沈くんが満面の笑顔で抱き締める。

 可愛いと言う沈くんが可愛いんですけど!

 青白い毛皮に青い目のハスキー犬のぬいぐるみは、狼を彷彿とさせた。茉莉さんの本性に似せたものなのかもしれない。


「和己、どうぞ」

「あいがちょ」


 むき出しのまま佳さんが渡したのは、きらきらのビジューのついたヘアピンだった。挟むタイプのそれで、和己くんの前髪を留めてしまう。


「前髪が伸びてたけど、切るのがもったいなくて。ヘアゴムもあるぞ」

「……これ、相当お高いんじゃ」

「和己に適当なものをやれるか」


 美しくカットされたビジューのついたヘアピンとヘアゴムは、まだ2歳になっていない子どもが付けるお値段ではないと突っ込む津さんに、当然の如く胸を張る佳さん。年相応のプレゼントで良いと言わなかった私が悪かったのかもしれない。

 子どもたちがプレゼントを受け取って、料理を食べていると、隣りに座る津さんが私の手を握った。もう片方の手も箸を置いて握られて、両腕を前に突き出すような格好になった私の手に、大きな平たい箱が乗せられた。


「こ、これ、もしかして……」

「恋人にもプレゼントしてええんやろ?」

「え? で、でも……」


 戸惑いながらも、受け取らないわけにはいかないので、津さんに問いかける。


「開けても良いですか?」

「開けてや」


 リボンを解いて箱を開けると、暖かそうなニットのケープだった。シックな黒い毛糸と、模様になっている編み方がとてもお洒落だ。


「着物もそれだけで着ると寒くなる時期やろ? ほんまは、着物を誂えたかったんやけど、何着も持ってても、着慣れへんやったら、迷惑になるかもしれんと思うて」

「嬉しいです。着物で、津さんとお出かけしましょうね」


 着物の上に着ることを想定されたケープを貰って、私は返すものがないのに困ってしまう。クリスマスは子どものためのものだと思い込んで、肝心の津さんになにも用意していなかった。


「ごめんなさい……私、なにも用意してないんです」

「このパーティ、茉莉さんと考えてくれたのは蜜月さんやないの。俺も、これで子どもが産まれたら、ちゃんとクリスマスができるて自信がついたわ」


 そう言ってもらえて、津さんの優しさに胸が熱くなる。

 このひとを好きになってよかった。心からそう思えた。


「そ、それじゃ、私からのクリスマスプレゼントを」


 家に帰ってから、勇気を出して、私は津さんの耳に囁いた。


「津さんの髪、洗ってあげます」

「一緒にお風呂に入ってくれるんか!?」


 恥ずかしくてお風呂は別々だったが、佳さんと和己くんと私で入っても充分な広さはあるし、鍵もかかるので、佳さんや和己くんが入って来る事故も起きない。

 思い切ったクリスマスプレゼントだったが、なにも用意していない私にはこれくらいしかできなかった。お風呂で髪を洗ってあげた津さんは「またお願いします!」と真剣に頼むくらいだったので、嬉しかったのだろうとは思う。

 その夜も私は津さんとしっかりと抱き締め合って眠った。

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