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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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8.冬の海

 ブランコに和己くんと沈くんが乗って、楽しそうに揺れている。自分たちで揺らすことができない年齢なので、側に茉莉さんが付いて揺らしている。落ちないように気を付けてもいるようだ。

 佳さんの作った対面式のベンチ型のブランコの周りで、私は佳さんと茉莉さんに結婚の報告をした。その日は保育園が休みで、朝から茉莉さんが沈くんを連れて遊びに来ていたのだ。


「今朝、役所に二人で婚姻届けを出してきました」

「結婚式は別にやるんだろう?」

「おめでとう、蜜月さん」


 結婚したことは海外の両親にメールで伝えたが、物凄く驚かれた。結婚式には帰国するというので、私も久しぶりに両親に会えるのを楽しみにしている。


「私の方が背が高いし、ウエディングドレスなんて着て良い年なのか分からないですけどね」

「年齢で着ていけないものなんてないし、蜜月さんは『ひとならざるもの』なのよ。人間の年齢は忘れてしまってもいいわ」


 純白のウエディングドレスに憧れはあるけれど、津さんは和服が似合うので白無垢も悪くないかもしれないなんて、浮かれてしまう。初めに声をかけられたときには詐欺師か不審者と思っていたが、今は私にとって大事な恋人で、伴侶である津さん。形式としてはきちんと入籍したので、結婚式を急ぐことはないとは思っている。


「津さんは、結婚式、したいんでしょうか? ウエディングドレスよりも白無垢派だったりしませんかね?」

「あのロマンチストが結婚式したくないわけがない。もう式場も衣装も下調べしてるかもしれないぞ」

「それはそれで、嬉しいです」


 乗り気であってくれたらいい。

 冷たい冬の風が吹いて、和己くんがくちゅんとくしゃみをした。鼻水が垂れて、佳さんがそれをティシュで拭く。


「そろそろお部屋で遊ぼうか」

「やぁの。ぶあんこ、いーの」

「風邪をひいてしまうわよ。沈さん、行きましょう?」

「あい」


 寒さで真っ赤になった手を茉莉さんの方に広げて、抱っこを求める沈くんを、茉莉さんが軽々と抱き上げる。家の中に戻って行く沈くんの姿に、一人でブランコに座っていてもつまらないと気付いたのか、和己くんも佳さんに手を伸ばしていた。


「和己は本当に良い子だな」

「かじゅ、いこ」

「可愛いし、最高に良い子だぞ」


 抱き締められて、ほっぺたをくっ付けられて嬉しそうに笑っている和己くんを見て、浮かんだのは陸くんと空くんのことだった。今は教授の件もあるので、子どもを作るわけにはいかないけれど、二人が本当に生まれ直せるとしたら、できるだけ早く生まれ直したいと思っていることだろう。

 二人が今いるところはどんなところなのだろう。死後の世界とか、生まれ変わりとか、そういうスピリチュアルな世界には全く興味がなかったので、想像もつかない。

 寂しくないように、暗くないように、寒くないように、それだけを願う。

 和己くんと沈くんがお庭で遊ばなければいけないのも、教授や組織に狙われる恐れがあるから。子どもができれば、私は前線には出られなくなるし、教授との争いに手助けできなくなってしまう。

 もう少し待っていて欲しい。

 それにしても、迷惑な教授と組織をどうにかしなければいけない。

 考えていると、津さんが縁側から私を呼んでいた。


「仕事まで時間があるから、ドライブに行かへん?」

「どこに連れていってくれるんですか?」

「それは、行ってのお楽しみや」


 悪戯っぽく笑う津さんに連れられて、車の助手席に乗り込んだ。通勤ラッシュの終わった時間帯で、道路は空いていて、車は滑らかに進んでいく。海沿いの道路を通って、津さんは人気のない冬の海近くの駐車場に車を停めた。

 海風が強くて、耳がちぎれそうに冷たい。震えていると、津さんに手を取られる。


「デート言うたら海って思うたんやけど……季節が悪かったな。ごめん」

「いえ、ちょっと寒いだけで」


 正直に寒さは堪えると口にしたが、砂浜に足を踏み入れると、きらきらと冬の日差しを浴びて輝く水面が綺麗で、その透明度に驚く。澄んだ(あお)色に太陽が反射して、きらきらと煌めく海は、確かにとても美しかった。


「きれい……」

「お師匠さんが連れて来てくれたところなんや。俺が知っとる中で一番きれいな海や」


 あまりの美しさにため息が漏れて、私はしばらく海面に見惚れていた。

 寄せては返す波。

 水は不純物が混ざらない限りは、限りなく透明だ。嵐の後や、雨の後などのように、砂が舞い上がっていないので、これだけ水が綺麗なのだろう。


「水の向こう側が、見えるかもしれない……」

「蜜月さん?」

「津さん、これですよ! 私の『千里眼』で水の向こう側が見えるかもしれない」


 いつも本体をどこに置いているのか分からず、赤の他人に波を纏わせて『現身』で現れる教授。その本体の場所が、私には見えるかもしれない。できないかもしれないけれど、試してみる価値はある。

 私なりの言葉でそのことを津さんに説明すると、苦笑されてしまう。


「仕事のことばかり考えてはる」

「あ、ごめんなさい。あのひとがいなくなれば、沈くんも和己くんも自由に遊べるし、赤ちゃんもって思ったら、つい」

「そういうところも好きやけど」


 頬に手を添えられて、キスをされるかと思ったら、風で乱れた髪を直してくれる津さん。思い切って、私の方からキスをすると、満面の笑顔になる。

 風があまりに冷たいので、車の中に戻って、温かなミルクコーヒーのペットボトルを買って、二人で飲んだ。


「結婚式のことを聞かれました」

「蜜月さんのご両親も来てくれるんやろ?」

「それは、もちろんですけど……津さんはウエディングドレスと白無垢、どっち派ですか?」


 真剣な面持ちで聞いてしまってから、綺麗な海を見ていたのに仕事の話をするし、結婚の話になったらいきなり衣装の話になるし、私は落ち着きがなさすぎるのではないかと反省する。それも、昨日二人で結婚の意思を確かめ合って、今朝婚姻届けを出してきたのだ、浮かれていても仕方がないと許して欲しい。


「どっちも、やな」

「どっちも!?」

「むしろ、もう一回くらいお色直しをして、カクテルドレスも来て欲しい派やな」


 至極真面目に答えられて、浮かれているのは私だけではないと、安心して笑いが漏れてしまった。


「それはやりすぎじゃないですか?」

「一生に一度の結婚式やん? それか毎年結婚式してもええで?」

「毎年結婚式とか、ないですよ」

「いや、蜜月さんとやったら、毎年愛を確認し合っても構わへん」


 堂々と冗談のようなことを言う津さんに吹き出してしまう。

 運転席と助手席に座ったまま、手を繋いで、フロントガラス越しに海を見ていた。二人きりのデート。

 寒さは耐えられなかったが、それも良い思い出になるだろう。


「夏になったら、みんなで来たいですね」

「和己も沈も海に行ったことないからなぁ」

「その頃には、全部落ち着いているといいのだけれど」


 今年の夏はお庭のビニールプールで沈くんも和己くんも遊んでいたが、来年の夏にはあのビニールプールでは足りなくなるだろう。3歳と2歳になった沈くんと和己くん。


「その頃には、蜜月さんのお腹に赤さんがおるかもしれへん」


 そうだったら良いと言われて、私ははっとした。

 もう十二月で今年はほとんど日にちが残っていないけれど、来年にはけりを付けてしまいたい。全てが終わるのは無理だとしても、教授だけでも捕えてしまいたい。

 そうでなければ、私と津さんの未来にも影が差すような気がしていた。

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