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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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7.夜臼さんの妹さん

 足りないものは買えば良いと分かっているけれど、女一人が二週間程度お世話になるのだ、あれも必要かもしれない、これもいるかもしれないと、荷物は増えていった。いつでも戻って取りに来れるのだが、長期旅行にも行ったことがないのでキャリーバッグもなく、大きめのボストンバッグ三つにリュックサックをどうやって運ぼうかと睨んでいたら、夜臼さんから電話がかかった。


『車出せるから、迎えに行きますよ?』

「いえ、でも、申し訳ないですし」

『自分からどうして言わへんかったかって、妹に怒られたんや』


 車の前のランプを蹴り壊す妹さんに言われたのならば、夜臼さんも動かずにはいられないだろう。住所を伝えて待っていると、アパートの前に車が止まった気配がして、携帯電話に連絡が入った。

 荷物を持って出て行くと、ボストンバッグを夜臼さんが運んで、車のトランクに入れてくれる。車には詳しくないので車種まではよく分からないが、所謂ハイブリッド車というものではないのだろうか。

 助手席に乗ってシートベルトを締めてから、運転席に乗り込んだ夜臼さんの姿を見た。

 バーで会うときには和服だが、今日はジャケットとシャツとパンツというラフな格好をしていた。視線に気付いたのか、夜臼さんが目尻を下げて笑う。


「居合道場が今日は休みですのん」

「道場の関係で普段から和服なんですか?」

「そっちの方が、らしいやろ?」


 笑いながら言う夜臼さんに、緊張が解れる。

 家の中では化粧もしないし、部屋着もヨレヨレだが、夜臼さんのお家にお邪魔するとなると、そういうわけにもいかない。いや、もう開き直ってすっぴんに部屋着でも良い気がするのだが、夜臼さんの輝く美貌を見ていると、自分が惨めになりそうで、ある程度は身なりも整えなければいけない気持ちになる。

 だって、ざっくりシャツとジャケットと細身のパンツだけで、格好がつくなんて、美形ってずるい!

 絶対夜臼さんの妹さんも美形に決まっている。

 覚悟はしていたのだが、夜臼さんの家に着いたら、色々なことが吹っ飛んでしまった。

 日本家屋というのだろうが、広い日本庭園があって、それが漆喰の壁に囲まれていて、とにかく広い。平安貴族の屋敷とか、公開されている歴史ある住居のようなものが目の前に広がっていて、言葉が出なかった。

 何事もなかったかのように、駐車場に車を止めて、夜臼さんはボストンバッグを運んでくれている。


「あの……おじゃま、します」


 なんとか声を振り絞って広い玄関から中に入ると、よく磨かれた廊下を、ぽてぽてとオムツのぷっくり膨れたお尻を振りながら、あのときの男の子が歩いてくる。黒いお目目が私を見ると、「ぴゃー!」と声を上げて、廊下を逆戻りしていった。

 何か怖いものでも見たのだろうか。

 鳥籠に入っていたあの子は、小さな鳥の雛だった。

 実感はないが、私の本性は大鷲。


「捕食関係!?」


 怯えられてしまったのかとショックを受けていると、夜臼さんが私を連れて廊下を曲がって、広いリビングに連れて行ってくれた。リビングに立っている白い髪の美しい女性の足に隠れて、幼い男の子はこちらを伺っている。


「蜜月さんだね。津の言う通り凄く美しいひとだった。私は夜臼(けい)、津の妹だよ」

「佳さん……私は、瀬尾蜜月です。よろしくお願いします」


 挨拶をしてから、私はつい佳さんの姿をじっくりと見つめてしまった。銀色が混じっていそうな白い髪は真っ直ぐで、背中まである。目は鮮やかな青色だ。志筑さんのときのように、『ひとならざるもの』の私にはそう見えているだけで、普通の人間には黒髪に黒い目に見えているのかもしれない。


「この子は篠田(しのだ)和己(かずみ)。あなたが助けてくれた子だよ。和己、あのひとが君を助けたんだよ?」

「うぁ?」


 あのときにはオムツ一枚だったのが、可愛らしい背中に羽の付いたロンパースを着せられて、ふわふわの髪の毛も整えられて、丸いほっぺを赤くして、くりくりのお目目でこちらを見てくる。

 泣いていたあのときには気付かなかったが、女の子みたいな可愛い男の子で、小さなお手手でしっかりと佳さんのパンツの裾を握っている。


「和己くんのお世話のお手伝いもしますね」

「それは不要だよ。和己は私でないといけないものね」

「うぅ!」


 脚にへばり付いている和己くんは、志筑さんの胸にへばり付いて、人間の姿を全然見せてくれない蝙蝠の赤ちゃんを思わせた。大きな欠伸をする和己くんに佳さんが手を出すと、和己くんは小さな鳥の雛になってその手の平の上で眠り始めた。

 眠ってしまった和己くんを、佳さんは頭の上に乗せる。編み込んだ前髪が巣のようになって、そこにすっぽりと和己くんは嵌まり込んでしまった。


「この通りなので、ご心配なく」


 なるほど、この調子だから夜臼さんも「難しい」と言うのか。

 理解はできたが、佳さんとも仲良くなりたいし、和己くんとも仲良くなりたい。

 じりじりと近付いていると、頭に乗った雛が生え揃っていない羽に埋めた顔を、ちらりとこちらに向ける。

 泣かれたらヤバイ!

 反射的に顔を背けて、興味ありませんというふりをすれば、どうにか泣かれずに済んだようだった。確かに夜臼さんの言う通り、佳さんに近付くのも、和己くんに近付くのも、難しい。


「部屋を案内しよう」

「蜜月さんは俺が案内するで?」

「男性に風呂の使い方を説明されるのが嫌だとか、その空っぽの頭は思い付きもしないのだな」

「ゆ、夜臼さん、私、佳さんにお願いしますから」


 一人っ子だったので兄や妹がいるというのはこういう感じなのかと、驚いてしまう。


「夜臼さんやったら、佳と同じやさかい、俺のことも名前で呼んでくれへん?」

「え、あ、はい」

「行こう、蜜月さん」


 袖を掴んで上目遣いに言われると弱いのだが、その美形効果も妹の佳さんには通用しないようで、あっさりと私は連れて行かれる。これだけ格式のある日本家屋なので、全部和室かと思っていたら、佳さんが連れて来てくれたのは、ベッドのある洋室にリフォームされた部屋だった。


「日常的にはここを使ったらいい。鍵もかかるし、隣りは私の部屋だ。兄が夜這いでも仕掛けてきたら、大声を出したらすぐに駆け付ける」

「よばい……?」


 よばいってなんだったっけ?

 佳さんの言っていることの意味がよく分からないまま、部屋に荷物を運ぶ。お手洗いもリフォームされて洋式で、浴室も檜のお風呂にシャワーが付いていた。


「温泉みたいですね、広い」

「脱衣所に鍵がかかるようにしてあるから、使うときには必ずかけて。あんな兄だが、犯罪者にはしたくないのでね」

「はぁ」


 私がお風呂に入るときや部屋にいるときに鍵をかけないのと、夜臼さん……ではなくて、津さんが犯罪者になるのの繋がりが分からない。

 女性関係で相手がいないよりも、相手をして欲しいひとが多すぎて困るような津さんが、私のお風呂を覗くわけがない。


「良かったんですかね?」


 佳さんと頭の和己くんとだけになって、廊下を歩いて日舞の稽古室や居合道場を見せてもらいながら、津さんには聞けないことを口に出す。本人に聞いても良いのだが、あの口からはっきりと言われたら、私が『ひとならざるもの』として利用できるから親身になっていると分かっていても、ショックを受けそうな気がしたのだ。


「津さんは、恋人とか、婚約者とか、いらっしゃるんじゃないですか? それなのに、訓練する場所がなかったからって、私が来てしまって、ご迷惑じゃなかったんでしょうか?」

「ぶふぉ!」


 なぜか私の問いかけに、佳さんは吹き出してしまった。腹を抱えて笑う佳さんの頭で、何事が起きたのかと、鳥の雛の和己くんが目を覚まして、きょろきょろと小さな頭を動かして警戒している。

 そのうちにぐずって頭から降りて来た和己くんは、人間の幼児の姿になって、しっかりと佳さんに抱っこされた。小さな背中をぽんぽんと叩きながら、佳さんが半笑いのような顔になっている。


「あの津に恋人……いや、いるわけない。あの男は相当のロマンチストで、自分の惚れた相手としか結婚しないとか言ってるからな。まぁ、私も可愛い和己以外と結婚する気はないのだけれど」


 津さんに今現在付き合っているひとはいなくて、婚約者もいない。

 その情報よりも、その後に続いた言葉に、私は完全に思考を持っていかれてしまった。


「佳さん、和己くんと結婚するんですか!?」

「そのために育てているよ。私が育てるんだから、いい男になるに決まっている、ねぇ、和己?」

「う!」


 ぐずっていた和己くんが、名前を呼ばれて返事をする。眠かったのだろう、すぐに佳さんの肩に顔を預けて、またうとうとと目を閉じてしまう、蕩けた眠り顔がとても可愛い。

 これだけ可愛ければ、大きくなったら物凄い美形になるのだろう。


「私たち『ひとならざるもの』は、血統のために馬鹿げた愛のない結婚をすることが多いけれど、私も兄も、そうではないということだ」

「津さんも、好きなひとと結婚したいんですね」

「津が好きか?」


 単刀直入に聞かれて、私は答えに詰まってしまった。


「分かりません……」


 これが恋なのか、常識の枠を超えた先で、縋れるのが津さんと志築さんだけだから執着しているのか、私には分からない。

 ただ、自分が選ばれないであろうことだけは理解していた。

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