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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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7.私からプロポーズ

 津さんに出会う前の私は、恋愛など縁遠く、結婚なんてあり得るはずもなく、将来はどこか老人ホームに入って生涯を終えるのだろうと思っていた。

 出会って『ひとならざるもの』として覚醒してからも、津さんに愛されるはずがない、そう思い込んで自分の気持ちに蓋をしてきた。佳さんに私は美しいと言われ、茉莉さんに誰を好きになっても自由だと諭され、ようやく津さんと両想いになれて、私は変わったのだろうか。

 以前ならば自分から告白することも、プロポーズすることも、恐れ多くて、私なんかが選ばれるはずがないと思い込んで、逃げてしまっていたかもしれない。現実と向き合えずに、事実婚で構わない、私は正式な津さんの妻になれなくてもいいと現状で満足していたかもしれない。

 それではいけないのだと感じたのは、空くんと陸くんのことがあるからでもあった。二人のお母さんになるという約束をした以上、二人にはちゃんとお父さんの愛情も受けて育って欲しい。

 津さんと結婚したい。

 はっきりとした目的を持って、私はキッチンに向かっていた。

 佳さんはお弁当を作って和己くんをお迎えに行って、事務所に出勤している。休日の私は、誕生日の豪華なディナーのお礼に、津さんに晩御飯を作ると言ってキッチンに籠っていた。

 縁起を担いで、「めでたい」ことが起きるようにと買ってきた、鯛一匹。捌くのは初めてで、動画を見ながらでも相当苦労した。

 鯛めしを炊いて、山椒の葉っぱで香り付けする。鯛のお刺身と、ゴボウと豆腐と人参と一緒にあら炊きにもして、それに鯛のお吸い物も作った。お刺身が若干形が悪いけれど、一生懸命作ったので許されるだろう。

 テーブルに持っていくと津さんが目を丸くする。


「鯛尽くしやな」

「新鮮な鯛の小ぶりなのがあったので、奮発して買っちゃいました」

「めっちゃ美味しそうや。いただきます」


 鯛めしに骨が入っていてもご愛敬。津さんは気にせずに食べてくれる。あら炊きのゴボウと人参と豆腐は、甘辛いたれがしっかりとしみ込んで我ながら絶品だった。鯛が新鮮だったのも良かったのだろう、臭みも全然なかった。

 楽しい食事を終えて、買っておいた赤福とお茶でデザートにすると、迫って来た告白の時間に、心臓がばくばくと鳴る。左手の薬指の金色のリングに横長の丸いタンザナイトのはまった指輪を撫でて、私は息を整えた。

 津さんが赤福を切り分けて口に運んでいる。


「津さんは、もう少し恋人同士でいたいのかもしれませんが、私は、津さんのことが好きで、津さんとずっと一緒にいるのなら、形も大事だと思っているんです」

「んん?」

「こういう形式ばった女はお嫌いでしたら申し訳ないんですが、それでも、津さんが憧れた晶さんと旦那さんみたいに、私は津さんと夫婦になりたい」

「俺も、もちろん、そのつもりやったけど……もしかして、遅かった!? 婚姻届けと一緒に指輪は渡さなあかんかった!?」


 あれ?

 何かすれ違っている気がする。


「津さん、結婚はまだ早いと思ってるんじゃないですか?」

「えー!? 俺の側にずっといて欲しいって、結婚の常套句やないのん? 俺も、相当考えて、蜜月さんに通じるように、ドストレートにしたつもりやったんやけど」

「ふぁー!? あれ、プロポーズ!?」


 そういえば、テレビとかでよく見るプロポーズは、「結婚して欲しい」だけじゃなくて、「ずっと側にいて欲しい」とか「同じ墓に入って欲しい」とか、ヴァリエーションがあった気がする。


「で、でも、津さん、私に愛してるって、言ったことないじゃないですか……まだそういうことを言い合う関係じゃないのかと」

「え? えぇ!? 俺、言うてへんやった?」

「はい、言ってません」


 「愛してる」というのは、最上級の告白だと私は信じていた。恋愛経験がないからかもしれないけれど、その言葉が津さんの口からいつ出るのか、ずっと楽しみにしていて、抱かれても「愛してる」が出て来ないことに、寂しさを感じていたのだ。


「嘘……俺はなんて男なんや……」

「津さん、あの……」

「ちょっと、待ってて」


 赤福を食べるのを止めて、津さんが席を立つ。部屋に行って戻って来た津さんは薄い紙を持っていた。


「蜜月さんのこと、愛してる。愛してないと、あんなことせぇへんし、結婚もせんのに生でさせてもらうなんて、そんな最低な男やない。お願いや、俺を信じて欲しい」


 渡されたのは、婚姻届けだった。既に新郎の欄には津さんの署名がされている。


「結婚するつもりやったから、赤さんができても構わへん。むしろ、嬉しいて思うて、蜜月さんを抱かせてもろたんや……何も通じてなかったなんて……てか、愛してるて言うてなかったなんて、俺の阿呆。なんてことや。こんなに蜜月さんのこと、愛してるのに」

「し、津さん……」


 緊張していた分、それが解けて、私は涙ぐんでしまう。悩んでいないで、指輪を渡されたときに、その意味を津さんに聞けばよかったのだ。

 浮かれて、内縁の妻でも構わないなんて馬鹿なことを考えた私がいけなかったのだ。


「津さん、ごめんなさい……私、鈍すぎて……」

「そういうところも好きやで。俺も、変に気取りすぎてたんや。これからは、お互いに隠しごとなしで、ストレートに言い合おう?」

「はい」


 涙を拭いて、洟もかんでから、私は婚姻届けに署名をした。改めて、二人で冷めたお茶を飲んで、赤福を食べ終わる。


「早速ですけど、津さんの指のサイズ、教えてください」

「それは婚約指輪のつもりで、結婚指輪はもっとシンプルなのを二人で買いに行こうて思うてたんやけど」

「婚約指輪……そっか、婚約指輪って女性しか付けないものなんですね」

「売り場のひとがそう言うてた」


 結婚に縁がなさ過ぎて、指輪を贈られたら返すものだと信じ込んでいたが、婚約指輪はそんなものではないらしい。こういうことも、ちゃんと口に出せば津さんから答えが帰って来る。


「愛してるで、蜜月さん。婚姻届けは明日一緒に出しに行って、結婚指輪も近いうちに選びに行こうな」

「はい。私も、津さんのこと、愛してます」


 何も心配することはなかった。

 私が信じた通りに津さんは誠実で紳士で、事実婚なんて考えず、私と正式に結婚するつもりだった。


「俺の話をしてもええか?」

「はい、聞かせてください」


 できるだけお互いにオープンに話そうと決めたので、早速津さんが相談してくれることに、私は喜びすら感じていた。ちょっと「愛してる」をたくさん言われ過ぎていて、恥ずかしくて、照れ臭くて爆発しそうだったが、気持ちを切り替える。


「両親に愛された記憶もないし、大事に育てられた記憶もない。俺の子ども時代は特殊やったと思うんや。やけど、俺は蜜月さんとの間に赤さんが産まれたらええと思うてるし、その子たちを大事に愛して育てたい」

「私も、津さんに愛されて育った方が、子どもは幸せだと思います」

「分からへんのや、どうすればいいのか」


 分からないから、和己くんや沈くんに接近しては拒否されていた。

 説明されてみれば、津さんの最近の奇妙な行動にも理解ができた。津さんは自分が産まれてきた子どもを愛せないのではないかと悩んでいたのだ。


「子どもが産まれてから、ひとは親になるんだって話を聞いたことがあります」

「産まれてから?」

「そうです。私も子どもを産んだことはないし、津さんも産まれた子どもと触れ合ったことがない。二人とも新米です。事前に勉強していても足りないところがあるかもしれない。でも、津さんは一人じゃない。一緒に頑張れば、きっと大丈夫だと思うんです」

「蜜月さんは、俺の不安を吹き飛ばしてくれる」


 両腕を広げられて、私は遠慮なく津さんの胸に飛び込む。ぎゅっと抱き締められて、その腕の逞しさ、胸の暖かさに安堵した。

 二人ならば大丈夫。

 お互いに信頼し合える夫婦になれる。例え壁にぶつかっても、二人で悩んで超えて行けばいい。

 翌日、私と津さんは朝一で役所に婚姻届けを出して、私は無事、夜臼蜜月となったのだった。


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