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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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6.タンザナイトの指輪

 乾煎りしたナッツをキャラメルで絡めて、サクサクのタルト生地の上に置いて行く。それだけでなくて、泡立てた生クリームまでトッピングして、ナッツのタルトが完成した。

 冷蔵庫でそれが冷やされている間に、津さんがキッチンで腕を振るう。タコのカルパッチョ、剥いたグレープフルーツを添えた生野菜のサラダ、鶏のもも肉のソテー、南瓜のスープ。パンは霧吹きで湿らせてから、トースターでカリッと焼く。


「何も手伝わなくて良いんですか?」

「蜜月さんのお誕生日やのに、無粋なこと言わんといて」


 楽しそうにテーブルにお皿を並べていく津さんを、私は見ているだけ。見ているだけでご馳走が出て来るなんて、ここは桃源郷か、楽園か。


「気取らんでお箸で食べよ」

「はい、いただきます」


 梅肉で味付けされた和風のカルパッチョはさっぱりして美味しく、生野菜のサラダはグレープフルーツがアクセントになっている。鶏のもも肉はマリーゴールドとピンクペッパーで香りづけがされていて、とても美味しい。南瓜のスープはもったいなかったので、千切ったパンを付けて最後まで食べてしまった。


「美味しかったです。津さん、本当になんでもできますね」

「これは、蜜月さんのために頑張ってレシピ探して作ったんや。いつもはもっと家庭的やろ? 俺、家庭的な男やろ?」

「そうですよね、和己くんも抱っこは嫌がるけど、津さんのご飯は大好きですもんね」

「せやろー?」


 普段の料理も美味しいけれど、こんなお洒落な料理もできるのだと津さんを改めて尊敬する。私と言えば、野菜とお肉を炒めて、何か炭水化物を添えておけば良い、くらいの食事しか作って来なかったので、和風も、中華も、洋風もなんでもござれな津さんは凄いと思う。

 小さなタルトは半分に切って、私と津さんの分だけ。残していると、冷蔵庫を開けたときに背後に立っている和己くんに、「ちょーあい!」されそうだったので、二人で食べきる量にしたのだ。

 さっくりとしたバターの香るタルト生地に、香ばしいキャラメルとナッツ、それに甘さ控えめのホイップクリームがとてもよく合う。コーヒーと一緒に食べてしまって、お腹がいっぱいで、明日から節制生活をしなければと考えていた私の手を、津さんがそっと取った。

 お付き合いをするまで、津さんは私に触れたことがない。襲われかけたときに逃げて来た屋上で抱き締められた、一度きり。それ以外は、津さんは紳士で、決して私に無理やり触れようとしなかった。

 今でも、キスをするときや、夜に抱き合うときには、ちゃんと「いいか?」と聞いてくれる。恥ずかしいので聞かないでも進めてもらって構わないのだけれど、聞かれるとその分、大事にされている気がして、嬉しいのも確かだ。

 津さんのそういう強引ではないところに、私は安心感を抱いて、一緒にベッドに入っても熟睡できる相手として認めていた。


「蜜月さん、これ、俺からのプレゼントや」


 そっと取られた手に握らされたのは、小さなビロードの四角い箱。リボンのかかったそれは、幸福を予感させる。


「開けてもいいですか?」

「開けてみて……サイズが合わへんかったら、一緒に取り替えに行こ?」


 リボンを解いて開けると、そこには小さな青紫の横長の丸くカットされた石のはまった、金のリングが入っていた。

 これは、もしかして、アレでしょうか?


「つ、つけてくれますか?」

「ええの?」

「は、はい」


 左手を津さんに預けると、薬指にそのリングをはめてくれる。


「濃い色の肌のひとは、金色が似合うって売り場のひとに教えてもろたんや。蜜月さんはお目目も黄色やし、ええんやないかと思うて」

「すごくきれい……サイズ、ぴったりです。すごい」

「そうか。良かった……サイズだけが心配やったんや」


 左手の薬指にはまったこのリングの宝石は、タンザナイトと言うらしい。十二月の誕生石だと聞かされて、ますます期待が高まってしまう。

 もう36歳なのだから、そういうことがあってもいい年齢だ。


「蜜月さん、聞いて欲しい」

「はい」


 よし、来た!


「俺の人生には、蜜月さんが必要や。ずっと俺の側におって欲しい」


 瀬尾蜜月、36歳の誕生日に、好きなひとにずっと一緒にいようと言われました。しかも、指輪付き。

 ロマンチックなことは私と津さんには無理かと思っていたけれど、これは充分にロマンチックではないですか?

 興奮した私は、色々と抜けていることを棚上げにしてしまった。

 ずっと一緒にと言われたけれど、結婚しようとは言われていない。

 ちなみに、津さんはまだ私に愛していると言ってくれていない。

 「ずっと俺の側に」の意味を細かく追及すればよかったのだろうが、この雰囲気を壊したくなくて、私はそれができなかった。


「蜜月さん、ええか?」

「はい、ずっと、津さんの側にいます」


 二人ずっと離れないのだったら、ある意味結婚しているのと同じになるのかもしれない。『ひとならざるもの』は人間よりも長い時間を生きるから、人間と同じ制度で結婚など意味がない、もしくは、制度自体がないのかもしれない。

 ずっと一緒にいるという事実婚が普通なのかもしれない。

 すっかりと私は思い込んでしまった。


「蜜月さん……その……つけんでも……」

「は、はい。大丈夫、です」


 こういうところもきっちりと確認してくれる。

 その夜、私は避妊具なしで津さんに抱かれた。何かが変わったのか分からないけれど、私と津さんは離れない。結婚という形に拘らなくても、それでいいのではないかと、思い始めていた。

 翌日はいつも通りの出勤で、事務所に行くと、茉莉さんが待っていた。


「今から沈さんの晩御飯にするけど、一緒に食べるでしょう?」

「はい。津さんのお弁当持ってきました」


 沈くんを抱っこした茉莉さんとお店に降りて行って、沈くんが一生懸命スプーンで食べるのを見ながら、私もお箸でお弁当をいただく。食べながらも、茉莉さんの興味津々の視線は気付いていた。


「素敵なお誕生日だったみたいね。指輪までもらって」

「そうなんですよ。津さん、どうやってサイズ測ったんだろう」

「熟睡できる仲だから寝てる間かもしれないわよ」

「そうか! 津さんったら、ロマンチストなんだから」


 二人できゃあきゃあと騒いでいる様子を、沈くんが食べるのを止めて、きょとんと見ている。


「それで、結婚式は?」

「え?」

「結婚式……え? プロポーズされたんじゃないの?」

「いや、結婚式は……あれ?」


 『ひとならざるもの』は事実婚が普通だと思い込んでいただけに、茉莉さんに聞かれて、私は混乱してしまった。結婚の話は出なかったし、何より、津さんから愛してると言われたことがない。結婚というのは、愛してるの後に来るものなんじゃないだろうか。


「結婚、できるんですか?」

「できるわよー! 晶さんと旦那さんの話、聞かなかった?」

「でも、戸籍が……『ひとならざるもの』だとおかしくなりませんか?」


 とっくに死んでいておかしくない年齢でも、生きていて結婚生活を続けている二人というのは、役所で認められるものなのだろうか。

 私の疑問に、茉莉さんが丁寧に答えてくれる。


「警察にも『ひとならざるもの』の専門の課があるでしょう? そこで私たちお世話になっているわよね」

「はい、犬伏さんにお世話になりました」

「役所にも、大々的にはないことになってるけど、あるのよ、『ひとならざるもの』専門の課が」


 つまり、私と津さんは結婚できるということだ。

 それなのに、津さんの口から、一言も「結婚」の言葉は出て来なかった。


「……まだ結婚したくないんでしょうか」

「指輪まで贈って? それはないわ。津さん、蜜月さんを自分のものにしたくてたまらないはずだもの」

「愛してるって、言ってくれたことないんですよ?」


 好きな相手以外と結婚する気のないロマンチスト。

 何度も聞かされていたけれど、いざ付き合ってみたら、結婚はもう少し先で良いと思ったのかもしれない。

 なんで茉莉さんが頭を抱えているか分からないけれど、私も頭を抱えたい気分だった。


「初めて、ですもんね。私も津さんも、好きなひとと付き合うの」

「二人とも大人なのだから、結婚しても構わないと思うのだけれど」

「津さんは恋人をもう少し続けたいのかもしれません」


 嬉しかった気持ちがしぼんでいくような気がして、俯いた私に、茉莉さんがはっきり問いかける。


「蜜月さんは、どうしたいの?」

「私、ですか?」

「別に男性がプロポーズするなんて決まりはないわ。したければ、蜜月さんがしても良いのよ?」


 私が、津さんにプロポーズ。

 あまりに恐れ多いように思えるけれど、どうしたいのと聞かれたら、私の答えは決まっていた。


「津さんを私のものにしたいし、私も津さんのものになりたい」


 それが結婚という形ならば、私は勇気を出さなければいけないのかもしれない。

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