4.誕生日の前に
私の誕生日は十二月の中頃。街がクリスマス一色になる時期でも、誕生日とクリスマスプレゼントは、両親は別々にしてくれていた。両親は海外で暮らしていて、誕生日のメッセージが届くことはあるけれど、35歳にもなると誕生日がものすごく嬉しいということもない。
結婚しないの?
そういう問いかけはセクハラにもなるから職場ではされなかったが、結婚した友達からはよく言われていた。最近ではアラフォーでの結婚も珍しくないから、諦めなくていいよなんて言われて、うんざりしていたのも事実だ。
結婚なんてしなくていい。好きになれるひとがいないから、自分は恋愛には向いていないのだと勝手に思い込んでいた。
全てを覆したひと、津さん。
その津さんから誕生日の予定を聞かれて、私は今、舞い上がっている。
「蜜月さんが望むんやったら、みんなでお祝いしてもええんやけど……もし良かったら、俺と二人きりで蜜月さんの生まれた日を祝わせてくれへん?」
こんなこと恋人に言われて、嬉しくないひとはいないと思う。茉莉さんや佳さんや沈くんや和己くんとアットホームにケーキを囲んで過ごしたい気持ちもないわけではなかったけれど、津さんと二人きりとなると、やはり心が躍る。
「ここのホテルのディナーを予約しようか思うてるんやけど」
「ホテルのレストラン!? 津さん、外食苦手じゃなかったですか?」
「蜜月さんと一緒なら平気や! 俺は、死んでもええ」
「そんな不吉なこと、言わないでくださいよ」
何が入っているか分からないし、異物を混入されて攫われる事態が起きかねないような世界で生きて来た津さんにとって、外食は危険で、家で自分で作るのが一番安心だということは理解している。
それにしても、死んでもいいなんて、過激なことを言う。
昔の文学者がそんな言葉を使っていた気がするが、なんだったっけ、よく思い出せない。
「家でのお祝いはクリスマスと一緒でいいんじゃないですかね」
「今度は俺が蜜月さんのためにケーキを作るで」
「ちゃんと和己くんと沈くんの食べられるのにしてくださいね」
まだ1歳と2歳の二人には、チョコレートは与えていない。他にも食べさせていないものがあるし、硬いものは噛めないので、ケーキを作る際には注意が必要になる。
「二人きりのディナーだったら、ナッツのケーキとか、食べられるのかな……」
「蜜月さん、ナッツのケーキが好きなんか?」
「最近ナッツの入ったものは食べてないですから」
和己くんと沈くんに食事もおやつも合わせているので、ナッツのようなアレルギーが多くて、小さい子には喉に詰まる原因にもなって、かみ砕けないものは、口にしていない。ナッツ入りのチョコレートなんて、食べたいけれど、こっそり食べていると、いつの間にか和己くんが背後に立っていて「ちょーあい!」と追及の嵐に遭うこともあるのだ。
食べ物に関しては、油断のできない和己くん。事務所ではデスクに手が届かないのでコーヒーやココアを安心して飲めるが、家ではそれも注意が必要だった。
熱いものはひっくり返されたときに危ないし、コーヒーやココアは和己くんには早すぎる。
「そう言えば、蜜月さんも佳もめっちゃ気にしてたな」
「津さんのものは、和己くん、取ろうとしませんよね」
「晩ご飯のおかずは味見したがるけど、俺が飲んでるもんや食べてるもんは、気にしてないもんなぁ」
やはり1歳児にとっては、男性は怖いものなのかもしれない。最近急に和己くんと沈くんに興味を持ち始めた津さんも、拒まれている。
誕生日のディナーの予約をして、津さんに抱き締められて眠って、その日は私は満たされていた。
数日後に予約したホテルの前を通って、荘厳な作りとレストランの格調高さに怯まないように、ドレスコードも守らなければと、中を覗いていたときのこと、ガラスに映った姿に、私は振り返って身構えた。
ゆらゆらと揺れる波を纏って、教授と呼ばれた男が私の背後に立っている。
「これから、ここで『見合い』があるんだけど、君も混ざる?」
『見合い』といえば、愛のない相手同士で子どもを作るためだけの行為をする種付けを、『ひとならざるもの』がそう呼んでいるのだと、私は知っている。そんなものに混ざるかと言われて、はいと言うわけがない。
「合意、なんですか?」
「両者ともに合意だよ。君たちは手を出せない」
嫌な笑いを浮かべた教授を、私は睨み付ける。
どちらとも納得してビジネスとしてやっているのならば、警察も私たちも手を出せない。こうやって、少しずつこの国で『ひとならざるもの』の出生を増やし、支配しようとする教授の思惑を、崩すことができない。
「卑怯者! 本体も出て来ずに、この国を掻き回すだけ掻き回して」
「君たちももっと楽しめばいい。人生は長いよ? 相手が一人だけなんて、飽きてしまう」
「私は、好きなひととしか……」
「まぁ、あの蝙蝠くんは、兄弟ができて喜ぶかな?」
蝙蝠くん。
つまりは、沈くんのことだ。
沈くんの両親のどちらかが『お見合い』に加担していて、新しい『ひとならざるもの』を産み出そうとしている。沈くんの両親は、自分の息子を売ったような人間だ。産まれてきた『ひとならざるもの』がどうなるか分からない。
「『見合い』を壊す理由を与えてくれてありがとうございます」
「僕に敵対するつもり?」
「もう、あなたとは話はしない。いない相手と話しても意味がないから」
踵を返して、私は携帯電話を鞄から取り出した。教授はホテルの中に入って行く。それを見届ける頃には、茉莉さんと通話が繋がっていた。
「沈くんの両親のどちらかが、『見合い』をするみたいです」
『安全な場所にいて。津さんと佳さんにすぐに向かうように要請するわ』
夜臼の親戚が関わっていたとなると、例え合意であっても、全く事態は変わって来る。ホテルの位置を伝えた私に、茉莉さんは津さんと佳さんがたどり着くまで、近くの安全な場所に避難しておくように指示する。
教授の動きは気になるが、私が捕まってしまってはどうしようもない。
ホテルの近くのコーヒーショップで時間を潰していると、通話状態にしたままの携帯から津さんと佳さんの声が流れて来た。
『ホテルの前についた』
『蜜月さん、どうする?』
「行きます」
合意の上の行為であっても、子どもを売るような相手、しかも沈くんの兄弟かもしれない子どもが、売られるためだけに作られるのを見過ごせるだろうか。
「津さん、合意の上だとあの男は言っていました」
「金を払われたら、それくらいのことはするやろ」
「余程、沈の能力を気に入ったらしいな」
沈くんと同じ能力を持った蝙蝠を作り出して、組織のために育てて利用する。それが教授の思惑なのだとしたら、恐ろしいことこの上ない。
漆黒の獅子とホワイトタイガーになった津さんと佳さんが床の匂いを嗅いで、教授の行った先を探すのに、大鷲の姿で上を見上げて津さんの鬣付近に止まっていた。
マンションの最上階がペントハウスといって高級仕様になっているのは前に教えてもらったが、ホテルの最上階もスイートといって高級仕様になっているのではないだろうか。
『千里眼』で他の階をすり抜けて、最上階にズームをすると、やはり人ならざるものが集まっている。
「なにあれ……」
「蜜月さん、何が見えたんや?」
「一人の男のひとに、たくさんの女性が……」
確か、沈くんの両親は人間だったはずだ。沈くんは隔世遺伝で蝙蝠として生まれて来たけれど、夜臼の家自体が『ひとならざるもの』が多く生まれるので、親戚も『ひとならざるもの』のことを知っていて、産まれた沈くんが金になると組織に売り渡した。
「人間やから『ひとならざるもの』を産み出す確率が低いと踏んで、数を揃えたんやな」
「あの女性たち、全員と!?」
十数人の女性全員と男性一人の『お見合い』なんてものが存在するのか。絶句してしまった私に、佳さんが溜息を吐く。
「悪趣味だが、あれがあいつのやり口だ」
沈さんの兄弟を作るためかもしれないとなると、他人ごとではない。
どうすればいいのかも分からないままで、私は津さんの鬣に止まって、最上階のスイートルームに繋がるエレベーターの箱の中に乗り込んだ。
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