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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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3.情けなくても格好悪くても

 イランイランの香りの中で私が寝落ちてしまっても、そのせいで眠れなかった津さんが次の日寝落ちてしまっても、最終的には私たちは体の関係も持って、名実ともに恋人になった。あれからほとんどの日を、私は津さんのベッドで眠っている。深く抱き合うこともあれば、ただ抱き締め合うことも、私が津さんを抱き枕にすることも、津さんが私を抱き枕にすることもある。


「津さん、お願いがあります」

「はいはい、なんやろなぁ。蜜月さんのお願いなら、何でも叶えたいけど」

「獅子の姿で抱き締められてください!」


 ペットを飼ったことのない私にとっては、獅子の姿の津さんと寝るのは、小さい頃からの夢を叶えられる一つの行為だった。飼うならば物凄く大きな猫を飼って、その毛皮にもふもふと包まれて眠りたい。

 猫科の動物は犬科と違って、野生が残っているので、ある程度以上の大きさになると、人間の手に負えなくなる。自分が大きくなりすぎてしまったから、大きな猫を飼ったとしても、包まれるようなことはないだろうと諦めていた夢が、目の前の津さんのおかげで叶うのだ。


「ええけど、俺の獅子の姿、好きやな、蜜月さん」

「いけませんか?」

「いいや、めっちゃ嬉しい。あれも俺やから、蜜月さんは俺の本当の姿も好きでいてくれると思うと、嬉しいわ」


 獅子の姿を躊躇いなく見せてくれた津さんは、佳さんに言わせると、本性を見せるのがあまり好きではないらしい。それなのに私には見せてくれるのが、特別な感じがして、すごく嬉しいのだ。

 漆黒の獅子の姿になった津さんに、遠慮なく飛び付いて抱き付く。


「ふかふか、もふもふ……いい匂い」

「あ、耳の後ろ、気持ちいい……」


 耳の後ろを掻いて顔を埋めると、津さんもうっとりしている。


「津さんは私の大鷲の姿、どう思いますか?」

「好きやで。気を付けなあかんて思うてるけど。鳥は骨が脆いやろ?」


 空を飛ぶために軽量化している鳥は、骨の中が空洞になっている。津さんの本性の獅子のように、抱き締めて眠ることはできない。


「飛んでる姿が、大きな翼を広げて、めちゃくちゃ美しい……蜜月さんは、最初から俺に大きくてきれいな翼を見せてくれてたから、俺は夢中やったんや」


 『ひとならざるもの』としての自覚がなく、隔世遺伝だったために擬態も上手ではなかった私は、津さんと初対面のときから背中に羽が見えていた。修行をした今ではそんなことはないが、自分でも無防備だったと呆れる。

 『千里眼』で見る街のひとたちに紛れた『ひとならざるもの』たちも、上手に擬態をしていた。


「津さんが私のこと好きだって知らなかった時期に、茉莉さんに同僚同士が付き合うことについて聞いたことがあるんです」

「茉莉さん、なんて?」

「あっさり、『良いんじゃないかしら』って」


――『ひとならざるもの』の血統を求めるためだけの、愛のない結婚がどういう結果を生むか、蜜月さんは沈さんを見て知っているわよね。私は津さんに幸せになって欲しいし、蜜月さんにも幸せになって欲しい

――相手を守りたいと思う気持ちが、仕事にも大きく影響するかもしれないわ


 あのときに言われた台詞を津さんに伝えると、津さんも考えることがあったようだった。


「俺は、好きな相手と結婚できへんなら、夜臼の家も『ひとならざるもの』も滅びて構わへん、俺かて死んでも構わへんて思うてた。今、蜜月さんて大事なひとができて、俺は蜜月さんを置いて死なれへんて思うてる」

「私も、もっと私を大事にしようと思いました」


 ふかふかの津さんの漆黒の鬣に顔を埋めていると眠気が襲って来るが、それくらい津さんの側が安心できて心地いいという証拠でもあった。


「津さんとの未来を守りたい。沈くんと和己くんが伸び伸びと遊べる世界を作りたい……今は、そう思うんです」

「俺も、蜜月さんとの未来を守りたい。俺とずっと一緒におってくれるか?」

「はい、もちろんです」


 一般の人間を遥かに超える長い時間を生きていくのだ。その傍らに津さんがいない人生なんて、もう考えられない。私の方こそ、ずっと津さんの側に置いて欲しい。

 まだ結婚するとかそういう話は早すぎるのかもしれないが、津さんの未来に私がいるという事実に安堵して、私はそのまま眠ってしまった。目が覚めると、津さんは人間の姿で、それでも抱き付いていたくて、津さんの体温にしばらく浸っていた。

 日本庭園にできたブランコが、対面式な理由は、出来上がってから私にも理解できた。佳さんと和己くんが、見つめ合って一緒に座るためだった。大人が乗っても平気なように頑丈に作ってあるブランコに、佳さんと和己くんが乗って揺れている。

 一人でなんでもしたいお年頃の和己くんだが、まだブランコの手すりをしっかり持って座るには小さすぎる。転げ落ちそうになるたびに、佳さんが手を伸ばしてそれとなく支えて、座り直させている。


「ぶあんこ、いーねー」

「気に入ったかい?」

「けー、あいがちょ」


 作ってくれた感謝を述べる和己くんは小さな頭を下げて、その重みでブランコから落ちそうになる。そこにそっと手を添えて佳さんが支えていた。


「佳さんは、和己くんが大きくなって、自分を選ばなかったらとか、考えないんですか?」


 ブランコに満足して、また砂場に行った和己くんを見守る佳さんのベンチの隣りに座ると、佳さんは私の方を見た。水色の目が私を映している。


「空が落ちてくるかもしれないと考えながら生きたってしょうがないだろう? そのときは、私の全部を捧げて、和己を口説くよ」


 先の見えないことを心配して、今の和己くんとの関係を危うくしてはいけない。佳さんも、しっかりと未来を見据えているようだった。


「津との間に子どもが産まれたら、このウッドデッキも大活躍するんだろうな」

「あ……そ、そうですよね」

「そんなことも考えずに、津はここを拡張するたびに嫌な顔をしてる」


 周囲が見えていないのだ。

 佳さんの言葉は、私にも刺さった。私も相当周囲が見えていなくて、津さんとの間ですれ違いを繰り返していた。今はきちんとお互いの気持ちを言い合って、通じ合っているつもりだが、過去のことがあるから、自信はない。

 子どものことだって、私は津さんに聞けないままでいる。

 仕来りがあって、結婚前でも子どもを急がなければいけないのならば、津さんのためにそれに従うことも、私は嫌ではない。津さんとの子どもならば可愛いだろうし、津さんと子育てができればそれほど幸せなことはない。


「結婚って形に拘らなくてもいいのかな……」


 ぽつりと零した言葉に、佳さんが目を丸くする。


「津は何も言っていないのか?」

「愛してるって、言われてないんです……。結婚の話も、避けてるみたいだし」


 愚痴のようになってしまったけれど、佳さんは私の言葉を重く受け止めてくれた。


「津が悪いな。どうして、遠回しのするのか」

「遠回しに……言われてるんですか?」

「津のことだから、格好つけて、蜜月さんにロマンチックにプロポーズしたいとか考えてるんだろうけど、かっこ悪かろうが、情けなかろうが、そういう姿も認め合うのが恋愛だって、分かってないんだよ」


 かっこ悪い姿、情けない姿。

 私はたくさん津さんに見せてきた気もするし、津さんも催涙スプレーを噴射されたときにぐしゃぐしゃの涙と洟で汚れた顔を見せた。あれが嫌だったかなんて、当然そんなことはない。あんな姿を見せても、佳さんの生徒さんを守った津さんを尊敬したくらいだった。

 ロマンチックなのは、私は最初から諦めているし、格好いいのは津さんはいつもだから、いつも通りで良いのに、津さんなりに考えるところがあるようだ。


「そのままで、良いんですけどね」

「そういう蜜月さんだから、私は応援したくなる。どうか、津が間違いそうになっても、見捨てないでやってくれ」


 妹としてのお願いなのだろう。

 佳さんに私は深く頷いた。

 話が纏まったところで、和己くんがぽてぽてと私に近付いてくる。


「みぃ、ぶあんこ、しる?」

「私と一緒に乗ってくれるの?」

「ちょくべちゅ」


 特別にブランコに乗ってくれるという和己くんのお手手の砂を払って、ブランコに座らせる。背もたれに背中を付けて座ると、和己くんは靴を履いた脚がブランコの座面からやっと出るくらいの大きさだった。私は大きな体を折り曲げて、なんとかブランコに座る。

 上機嫌で歌う和己くんと一緒にブランコを楽しんで、降りると、津さんが縁側に迎えに来ていた。

 そろそろ出勤の時間なので、送って行ってくれるために待っていてくれたのだ。


「和己や沈と蜜月さんの触れ合いを見てると、お母さんみたいやな」

「そうですか?」


 茉莉さんのように聖母になれる気はしないけれど、津さんの理想の相手にはなりたい。

 風が冷たくなってきたその日、私は出勤にマフラーを取り出した。

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