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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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2.和己くんの能力

 昔々、『ひとならざるもの』は神として崇め奉られていた。獣の本性を持つ『ひとならざるもの』を人間は畏れ敬い、信仰の対象としてきた。


「かつて、我々は神だった。それが、今は人間に領地を奪われ、生きる場所を限られて、人間に紛れて暮らすしかなくなっている」


 自分に酔っている気配しかしない、教授は、今日も本体ではなく『現身』でバー「茉莉花」に来ている。余程暇なのだろうと思うけれど、相手にしたらつけ上がるだけなので、茉莉さんも私も、無視することにしている。


「この国の女王ともなれる君が、どうしてこんな場末の店で働いて、人間のように生きているのか。哀れでならないし、もったいなくてならないよ」


 カウンターの中の茉莉さんに恍惚として話しかける教授は、無視されても気にしないようだった。それにしても、わざわざ敵の本拠地とも言える事務所のある建物内のバーに来るのだから、舐められているとしか言いようがない。

 無視してはいるが、茉莉さんと藪坂さんだけでは心配なので、沈くんを連れて、私も店に降りてきていた。教授の店への訪問は、これで2回目だが、常連客にでもなろうと思っていそうな図々しさである。

 相手にしてはいけないとこちらが無視しているので、教授はますますこちらを煽るようなことを口にする。


「ここにいる僕は、僕じゃない。君たちは、僕の本体がどこにいるかも分からない。僕を捕まえることはできないから、せめてもの抵抗として無視するんだよねぇ。あぁ、日本で唯一の狼の群れを継ぐべき血統の君が、こんなところで埋もれているだなんて」


 この仕事については、茉莉さんが自分で選んでしていることを私は知っている。初めは志築明人を探すためだったかもしれないが、今は『ひとならざるもの』と人間との共存のために、事務所を経営している。

 それを目の前の少年のような姿の教授は、嘲って貶めようとしているのだ。


「まー……」

「どうしたの、沈さん?」

「まーは、ママ?」

「あら……ママなんて言葉覚えたのね。そうねぇ、ママじゃないかな。沈さんを産んだひとは別にいるのよ」


 教授の話を遮るように、沈くんの可愛い問いかけが、茉莉さんに向いた。保育園で迎えに来る子どもたちが、「ママ」と駆け寄る様子に、茉莉さんは自分のママなのか気になったのだろう。

 誠実な答えを貰って、沈くんは考え込んでいるようだった。


「その蝙蝠を、人間の中で育ててるなんて正気? 『超音波』と『疫病』を制御できなくて、誰かを傷付けると思わないの?」


 矛先が茉莉さんから沈くんに向くと、さすがの茉莉さんも黙ってはいられないようだった。


「沈さんはこの年でもきちんと自分の能力を制御しているわ」

「やっとこっちを見た。そうか、その蝙蝠は、君にとってそんなに大事なのか」


 カウンターを乗り越えんばかりに身を乗り出して、教授の手が沈くんに触れようとする。驚いて固まっている沈くんを、茉莉さんがしっかりと深く抱き込んで守った。


「あなた、大事なものがないのね。沈さんと出会う前の私みたい」

「僕と君が似てるって? 王者の風格があるってことかな」

「違うわ、空っぽ。あなたには何もない」


 怯える沈くんを宝物のように抱き締めて、額にキスをする茉莉さんは、慈愛に満ち溢れている。美しい聖母子像のような姿に、私は見惚れてしまった。


「けー、こえ、やぁの」

「よし、ないないしてやろうな」

「ないない、ちて!」


 出勤してきた佳さんが、和己くんを軽く私の方に投げて、音もなく教授の背後に立つ。カウンターに乗り出していたのを、後ろから鼻フックで引き剥がされて、床の上に投げ捨てられた教授は、驚きの目で佳さんを見上げていた。


「僕、お客だよ? もっと丁重に扱ってよね!」

「この店は茉莉さんのものだ。茉莉さんに迷惑をかける奴はお客ではない。分かっているな、藪坂?」

「もちろんで御座います」


 命じられて、黒髪を撫で付けた藪坂さんが床の上に投げ捨てられた教授を、引きずって店から放り出す。


「お会計……」

「まー、こえ」

「沈さん!?」


 いつの間に取っていたのか、沈くんが茉莉さんに革の男性ものの財布を渡していた。教授が身を乗り出した隙にすり取ったのだろうが、あまりにも鮮やかすぎる手口。


「危ないから、怖いものには触らなくていいのよ?」

「まー、め、らった?」

「いいえ、私のことを考えてくれたのよね。なんて良い子なの」


 しっかりと抱き締められて、顔中にキスの雨を降らされている沈くんは嬉しそうに目を細めていた。

 今日の出勤は佳さんで、お店で和己くんとお弁当を食べている。洗面所でしっかりとお手手を洗ってきた和己くんは、片手にスプーンを握り締めているが、ほとんど素手でお弁当を食べていた。


「和己、スプーン」

「ちゅぷーん?」

「そう、それ。使おうな」


 指摘されると使うのだが、食べたい気持ちが先に来てしまって、夢中になると、スプーンのことは忘れてしまう。


「佳さん、夜臼の家には仕来りとか、あるんですか?」

「仕来り……居合と日本舞踊は習わせられたけど、それ以外に何かあったかな?」

「津さんは、仕来りがあるから、子どもを急いでいるんじゃないかと思って」


 私も産み直すことができるのならば、早く陸くんと空くんと会いたいとは思っている。けれど、教授が店に来て、茉莉さんを煽って行くような状態で、私が妊娠して、職場を離れるというのには、抵抗があった。

 何より、子どもは結婚してから産むものという考えが抜けない。


「津は両想いになれたから浮かれてるだけなんだ。子どものことは、蜜月さんのペースで良い。例え授からなくても、津は絶対に蜜月さんと別れたりしない」

「そうですよね……跡継ぎができないケースもあるんですよね」


 『ひとならざるもの』が人間より長く生きるというから、もうすぐ36歳の私でも、陸くんと空くんを産める気になっていたが、出生率が低いということを忘れていた。授からなかったら、私は夜臼の当主の恋人という刺客を失うのではないか。

 考えると恐ろしくなる。

 長く続く家で、かつては『ひとならざるもの』は神として崇め奉られていたなんて話を聞いたせいか、重圧が私の肩に乗って来る気がしていた。


「子どもを授からなければどこかから養子をもらえばいいし、人生は長いんだから、今は津の側にいることを考えてやって欲しい」


 仲の良い兄妹ではないような言動もあるが、佳さんは津さんのことを深く心配している。


「私は年下を理由に、津に当主の座を押し付けた。今は、もし、蜜月さんの立場について何か言うやつがいるなら、私が当主を譲り受けてもいいと思っている」

「佳さん……」

「津のためじゃない。蜜月さんのためだからな」


 そんな男前なことを言われてしまうとときめくしかない。津さんと雰囲気の似た美人であるし、佳さんは性格も非常に凛々しい。


「僕を追い出すなんて、良い度胸だね? この店全部を、水に沈めてやってもいいんだよ?」


 感動しているいいところで、ドアを開けて割り込んでくる教授に、うんざりする。もう一度佳さんが教授を投げ飛ばそうと近寄る前に、手を合わせて「ご馳走様」をした和己くんが椅子から飛び降りて、教授の前に立った。


「なに、この子? ただの小鳥じゃないか」


 指先で和己くんを弾こうとする教授の手を逃れて、和己くんが歌いだす。いつも歌っている「ブランコ」の歌とは違う、不思議な旋律。鳥の声に似たそれは、私の心を穏やかにさせた。


「嘘……こんなに、ちいさい、のに……」


 和己くんの歌が店中に響いている。その目の前で、教授は膝を付いて前のめりに床の上に倒れた。どろりと周囲に水が流れ出し、それが蒸発して消えていく。

 残ったのは、身代わりにされていた『ひとならざるもの』の男性だった。その男性は、寝息を立てて熟睡している。


「……『睡眠』と『癒し』の能力か。凄いな、和己」

「しゅごい?」

「凄いぞー?」


 中身が眠ってしまっては、『現身』の能力も意味がなくなるようだ。

 敵対するものは強制的に眠らせて、仲間と認識しているものには癒しを与える歌。それが和己くんの能力のようだった。

 教授の懐からお財布を取った沈くんと、教授を眠らせて撃退した和己くん。

 将来事務所に就職すれば、有望なのではないかと思われる二人の活躍に、茉莉さんも驚いているようだった。

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