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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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1.冬の兆し

 吹く風が冷たくなって、冬が近付いてきている。

 ほっぺたを真っ赤にして、鼻水を垂らしながらも、ウッドデッキの砂場では和己くんが砂遊びをして、その後ろに頑丈な木の柱とそこから垂らす鉄の棒、それにベンチ型の対面式のブランコが出来上がりつつあった。もうすぐ2歳になる和己くんでも乗れるように、ベンチには手すりが付いていて、沈くんも一緒に乗れるように、対面式で一対のブランコが一定の角度までしか動かないようになっている。

 愛の力でDIY、今日も佳さんは絶好調だった。


「ぶあんこ?」

「もうすぐ出来上がるからな」

「あい」


 お手手が冷たくなっても、砂で遊びたいという和己くんの欲求は止まらない。遊びに来ている沈くんは、寒さで私の隣りの縁側に座って、暖かいお茶の入ったカップを手に持って、手を温めていた。


「沈くんもブランコ乗りたいんじゃない?」

「ぶあんこ、こあくなぁい?」


 たくさん食べて、たくさん遊んで、発育の早い和己くんと対照的に、食べるのも控えめで、遊ぶのも和己くん主導の沈くんだったが、来年の春に3歳になるのを前に、お喋りが相当上手になっていた。

 茉莉さんには一生懸命身振り手振りで説明するらしいのだが、私とも会話が成立するようになってきた。


「高くならないように調節されてるし、和己くんと一緒に乗れるよ」

「かじゅと? ちゃむくなぁい?」

「ちょっと寒いかもしれない」


 ちょうど「なぜ」「なに」期に入ったようで、沈くんの言葉には疑問形が非常に多かった。


「ぶあんこ、なんで?」

「和己くんが好きなんだって」

「かじゅ、どちて、すち?」

「揺れるからかなぁ」


 なかなか答えるのが難しい問いかけもされることがある。話しながらお茶を飲んでいると、砂場から和己くんが沈くんに手を振る。


「じぃ、おいでぇ」

「かじゅ、いくー」


 答えてカップを置いて、お尻を振りながら砂場に入って行く沈くんについて行って、和己くんの垂れた鼻水をティッシュで拭きとるのも、私の役目だった。

 お庭で遊ぶ沈くんと和己くんを見ながら、思い出すのは陸くんと空くんのこと。あの二人が本当に私の元に生まれ直してくれたら良いと思ったのは事実だが、津さんとの間に二人を授かって産むということを考えると、大胆過ぎる発言だったのではないかと、まだ少し後悔している。

 最近、津さんの様子もおかしいのだ。


「今日は沈が来てるんか。ちょっと抱っこさせてや」

「やぁ……みぃた、たちけて」


 砂場に近付く津さんと、その横をすり抜けて私のところに走って来る沈くん。


「なんで沈に怖がられてるか分からへんのやけど……」

「男のひとが怖いだけかもしれませんよ」

「そうなんか?」

「和己くんと沈くんのクラスで、冬用にヒーターの修理に来た業者のひとが、物凄く怯えられて、大泣きされてたって、保育園の先生から聞きました」


 保育園の先生の中に男性もいるのだが、別のクラスなのでその男性の先生も怯えられているし、初めて見た業者の男性など、見ただけで怯えて阿鼻叫喚だったらしい。


「和己はどないやろ」

「ちん、やぁの! けー、ちん、やぁの!」


 ブランコを組み立てている佳さんのところに逃げ出す和己くんに、佳さんが鋭い眼差しで津さんを威嚇している。


「和己くんと沈くん、可愛いですもんね。抱っこしたいの分かります」

「もっと小さい赤さんも、かわええと俺は思うんや」

「そうですね。小さい赤ちゃん可愛いですよね」

「小さい頃から慣らしたら、俺もちゃんと懐かれると思うんや」

「津さん優しいですからね」


 一生懸命に沈くんを追いかけて泣かれ、和己くんを追いかけて逃げられる津さんは、何をしたいのかよく分からない。急に子どもの可愛さに目覚めたのかもしれないが、子どもの方は急に大人に慣れるはずがないので、なかなか難しいところである。

 美形でも子どもには通用しないようだった。


「そろそろ出勤時間やろ? 軽く夕食作ったんやけど、お弁当にするか?」

「あーどうしようかな……お弁当でお願いしてもいいですか?」


 出勤時間が微妙なので、出勤前に軽く食べて、帰ってから夜食を食べてという生活は、朝にランニング、通勤は早足で歩いていても、やはり体重に響く。夜遅くに物を食べること自体が、あまり体に良くないので、悩んではいたが、その打開策として、津さんはお弁当を進めてくれた。

 沈くんも和己くんも、事務所かお店で晩ご飯をお弁当で食べるので、そのときに一緒に食べれば良いのだと。

 津さんの提案に甘えて、最近はお弁当を頼むことが多くなっていた。


「まんま? おいち?」

「和己の分は佳が作るやろ」

「まんま? まんま?」


 食べ物の気配がすると寄って来る和己くんを、隙を突いて脇の下に手を入れて抱き上げようとするが、後ろに仰け反って逃げられてしまう津さん。こういう面白いところも見られて、私はお得なのだが、津さんは「情けない」とかへこんでいたりする。


「抱っこできるようになるといいですね」


 私は大鷲で、和己くんは小さなナイチンゲールの雛。捕食関係にあるためか、夜臼の家にお邪魔したときには、和己くんに怯えられていた。それも日々の積み重ねで、今は、佳さんのお膝が空いていないときには、私の膝に自然に乗ってくれるくらいに懐いてくれている。

 茉莉さん以外を怖がっているように見える沈くんも、茉莉さんがいないときには、私の胸に逃げて来たり、頼ってくれる。

 二人に頼られると、その分だけ『ひとならざるもの』を守る仕事をもっと頑張ろうと思えるから不思議だ。

 茉莉さんに頼まれていたので、お弁当を持って、津さんと並んで、沈くんを抱っこして事務所に向かう。晶さんが攫われた事件以来、警察の目を逃れた隠れた事件が起きていないか、茉莉さんはインターネットを駆使して、情報を集めていた。

 勤め始めて半年以上経って、私は事務所でのそれぞれの立ち位置が分かって来た。情報を集めて、警察と連携を取るのは茉莉さんの仕事。実際に動いて組織の『ひとならざるもの』を捕えるのは津さんと佳さんの仕事。連携が円滑に回るように、情報収集や、場所の特定をするのが私の仕事になっていた。

 津さんと佳さんと私がそれぞれ動くときにも、全員の位置を把握して、情報を行き渡らせる役目の茉莉さんは、あまり現場には出て来ない。


「茉莉さん、沈くんを連れてきましたよ」

「お帰りなさい、沈さん。和己さんといっぱい遊べた?」

「かじゅと、あしょんだ。ちゃむかった」

「そろそろ手袋とマフラーが必要な時期かしらね。小さなお手手に合う手袋があるといいのだけれど」

「てぶくよ? なぁに?」

「お手手につける防寒具で、沈さんのお指も全部隠してしまうの」

「ないないの?」


 可愛らしく稚い声で話している沈くんを連れて、茉莉さんがお手洗いに行く。トイレトレーニングでへこんでいた沈くんも、少しずつ前進しているようだった。お手洗いを済ませて、手を洗って、お弁当を食べる。

 まだお客さんの来ていないお店で、私も沈くんの隣りに座ってお弁当を食べさせてもらった。


「まー、こえは?」

「ブロッコリーよ。柔らかく茹でてるから食べやすいわよ」

「こえは?」

「おにぎりの中身は、今日は鮭フレークよ」


 なんでも聞きたい時期の沈くんは、お弁当の中身にも興味津々である。食べる量も、前よりは増えた気がする。


「最近、津さんが沈くんと和己くんの可愛さに目覚めたみたいなんですよ」

「そうなの? 沈さんには厳しい気がするけど」

「抱っこしたいみたいで、追い掛け回してます」

「あら……迷惑ね」


 うわ、バッサリと。

 物腰柔らかに思える茉莉さんだけど、沈くんのことになると結構怖かったりする。確かに、慣れていない相手に、「抱っこさせて」と追い掛け回されるのは、沈くんにしてみれば迷惑な話だろう。


「意識してるのね……」

「意識って?」

「津さんは蜜月さんみたいに普通の家庭に育っていないでしょう? 佳さんにはできるのに、自分にはどうしてできないのか、やっと気が付いたんじゃないかしら」

「佳さんに対抗してるってことですか?」

「対抗してるんじゃなくて……子どもの面倒が見られるようになりたいんじゃないかしら」


 子どもの面倒が見られるように。

 まるで、赤ちゃんが生まれるのを望んでいるようなことを、茉莉さんは言う。


「夜臼って、そんなに厳しいんですか?」

「なにが?」

「仕来りっていうか……跡継ぎ?」


 一度目に夜臼の親戚に津さんとの関係を誤解されて、良い子どもが産めそうだと言われたのは、夜臼邸の玄関の前。二度目に夜臼の親戚に絡まれたのは、佳さんの発表会の日。

 どちらもできるだけ早く跡継ぎが欲しそうな雰囲気だった。

 結婚しなくても子どもだけ産むことを強要されるような仕来りが、夜臼にはあるのだろうか。その仕来りを津さんが、一般的なものではないと気付いていなかったら、結婚よりも跡継ぎ造りに思考が行ってもおかしくはない。


「ないと思うし、あったとしても、蜜月さんの意思で、それは断っていいことよ」

「そうなんですけど……」


 『ひとならざるもの』の名門の夜臼の家に入るということ。

 私はまだ、そのことを甘く考えている気がしてならないのだ。

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