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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
番外編 夜臼家当主は愛する

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前途多難の愛

津視点の番外編です。

 気持ちが通じていないことには気付いていた。

 あれだけ露骨にアピールするのに、軽く流されてしまうのだから、蜜月さんは俺と恋愛関係になる気がなくて、仕事や家で気まずくならないようにしたいのかとも思い詰めたことがある。それでも、蜜月さんは俺の作った料理を嬉しそうに食べて、話をするときにはリラックスしてくれている気がしていた。

 自分で家を出て行くと言うまで、もう少し一緒にいたい。

 何より、夜臼の家は安全だが、外に出てしまうと蜜月さんの身の安全が保障できないという点でも、蜜月さんには家にいて欲しかった。

 ショーでは露骨にお揃いの着物を作ってもらって、蜜月さんの同窓会には送り迎えを申し出て、それでようやく手に入れたのは、佳の日本舞踊の発表会のチケットと一緒に行きたいというお誘いだった。

 浮かれて、油断して、催涙スプレーを浴びせかけられて、鼻水も涙も止まらなくて情けない姿を見せたが、そんな俺のために蜜月さんは「無事で良かった」と泣いてくれた。

 そして、ようやく両想いになって、二回ほど初夜も失敗したのだが、なんとか結ばれて、俺と蜜月さんは名実ともに恋人になった。


「それでや、赤さんが生まれたら、今の時代は男性も育児をするもんやろ?」

「それと和己となんの関係がある、この空回り大回転獅子め」

「お兄ちゃんに向かって言い方が酷ないか? ちょっと抱っこさせて欲しいだけやで?」


 楓に桜に紅葉に椿。美しく整えられた日本庭園の一角に、存在感のあるウッドデッキを作って、屋根のある砂場を和己のために設置している佳は、毎日砂だらけになって遊んでいる和己をウッドデッキのベンチに腰掛けて眺めるのが日課になっている。

 時々、和己が出来上がったものを見て欲しいと「けー!」と呼ぶと、笑み崩れて見に行くくせに、俺には冷ややかな眼差ししか向けない。


「和己を抱っこするのに、お前の許可がいるんか?」

「やぁよー! やぁー!」

「和己は拒否している」

「話してみらな分からへんやろ?」

「やぁのー! やぁー!」


 砂だらけの手を前に出して、近寄らないように牽制しながら、幼児特有の大きな頭をふるふると左右に振る和己に、ゆっくりと近付いていく。目の前に仁王立ちすれば、和己は素早く回り込んで、佳の脚元に隠れてしまった。


「けー、ちん、やぁの。ないない、ちて」

「よーし、私がないないしてやろうな」


 それ、冗談にならんやつや!

 据わった目でこちらに近付いてくる佳は、かつて攫われかけたときに、相手を夜臼の家の敷地の外に放り投げたのと同じ顔をしていた。漆黒の獅子の俺も、子持ちの虎には敵わない。


「和己、これ、なんやろな」

「ぼーよ! ちょーあい!」


 仕方がないので最終手段に出る。懐に隠しておいた、幼児用の卵ボーロの小さな一食分のパッケージを出すと、八の字眉毛、への字口だった和己が、目を輝かせて駆け寄って来た。


「お砂だらけのお手手じゃ食べられへんなぁ」

「ちゃぷちゃぷ」

「俺とお手手洗いに行こか?」

「あい」


 食いしん坊の和己の弱点は完璧に掴んでいた。脇の下に手を入れて抱っこすると、思ったよりずしりと重い。和己も沈も俺に全然懐かないので、抱っこしたことがなかったが、和己は見た目よりもしっかりと肉が付いているようだった。


「落とすなよ」

「俺を誰と思うてるんや、落とさへんて」

「けー!」

「うわぁ!?」


 いきなり後ろに仰け反った和己を落としそうになって、駆け寄った佳がその背中を支える。責める目で見られて、俺は慌てて言い訳した。


「いきなり仰け反るなんて思わへんやん?」

「幼児が意味もなく仰け反るのは普通だぞ。常に警戒を怠るな」

「けー、いーの!」

「うおっ!? 骨がないんか!?」


 体を捩らせて腕から抜け出した和己は、佳の腕に飛び込んでいく。

 幼児ってこんなにぐにゃぐにゃな生き物なんか!?


「私とお手手を洗いに行くか」

「あい」


 あっさりと逃げられてしまって、手を洗って戻って来た和己をもう一度卵ボーロの袋で釣ろうとしても、さっと野生動物のように袋を奪って逃げて、佳のところに持って行ってしまった。

 佳に開けてもらって、卵ボーロを食べる和己が俺を嘲笑っている気がする。


「俺は、赤さんの面倒が見られへん、ダメな夫なんか……」

「その前にプロポーズはしたのか?」

「プロポーズはロマンチックに、蜜月さんの誕生日にするつもりや!」

「そっちが普通先じゃないのか?」

「蜜月さんは、空と陸ていう子と約束してんねん。子どもが欲しいんや!」


 事件に巻き込まれて、双頭で産まれてきたために成長できずに生き延びられず、胎児のままでホルマリン漬けにされた子どもたち。二人がどうにか生まれ直せる方法がないかと、蜜月さんが考えた結果が、自分で産み直すことだった。

 それはつまり、蜜月さんの恋人の俺がその子たちの父親となるということである。

 『ひとならざるもの』の出生率は低いので、授かるのを待たなければいけないが、できる限り早く子どもたちは生まれ直したいだろう。それだったら、父親の俺も頑張らなければいけない。


「和己やったからあかんのや」


 失敗してしまっても、俺はめげない。

 春から秋までの期間、どれだけ蜜月さんに気持ちが通じなくても頑張れた。気持ちが通じた今、めげるわけにはいかない。

 次に俺が訪ねたのは、茉莉さんのところだった。

 お店の準備をしている間、沈は保育園から連れ帰られているなら、事務所のキッズスペースで遊んでいるはずだ。出勤していた蜜月さんが不思議そうに俺を見る。


「津さん、今日はこっちに出勤でしたっけ?」

「いや、ちょっと用事があってな。蜜月さん、お仕事お疲れ様」

「はい、ありがとうございます」


 来る途中で買ってきていたコーヒーを渡すと、蜜月さんが喜んで受け取ってくれる。ミルクたっぷりの甘くないカフェオレが蜜月さんの好みだ。

 俺の分はデスクに置いて、キッズスペースに近付いていく。

 俺の気配だけで、沈は遊ぶ手を止めて、「ふぇ」と泣き出し始めていた。


「泣くなや」

「やぁ……まー……」


 茉莉さんを呼ぶが、ここにはいない。和己と同じ手しか浮かばなかったので、卵ボーロの幼児一人分の動物の描かれた小さなパッケージを出すが、和己と反応が全く違った。卵ボーロなどには見向きもせず、ぬいぐるみを抱き締めて、必死にキッズスペースの端の方に逃げていく。

 小さく体を縮めて、膝を抱いて丸くなって背中を向けた沈に、できるだけ優しい声で囁きかける。


「抱っこさせてくれへん? ちょっとだけでええから」

「やぁ……まー……やぁや……」


 ぐすぐすと洟を啜って助けを求める沈に、これは説得は無理だと、卵ボーロは懐に納めて、後ろから脇の下に手を入れた。持ち上げようとすると、沈の姿が揺らいで、小さな蝙蝠になる。

 蝙蝠の姿でぱたぱたと飛んで行って、沈はあろうことか、蜜月さんの胸にへばりついた。


「みぃた……こあいの」

「どうしたの、沈くん?」

「お前、蜜月さんのお胸にへばりつくやなんて」


 引っぺがそうとした瞬間に、後ろに差した影に、俺は動作を止めた。怒りの微笑みで、茉莉さんが両腕を組んで立っている。


「津さん、沈さんに何の用かしら?」

「ちょっと抱っこしようと思うただけで……」

「沈さんはぬいぐるみではないのよ? 自分の意志のある一人のひとなの。何を勘違いしているか分からないけれど、今日は出勤の日ではないし、沈さんも怯えてしまったから、帰ってくれる?」

「蜜月さんとコーヒーを……」

「帰ってくれる?」


 この事務所で一番強い相手。

 それは志築茉莉さんである。

 こんなことで俺は本当に蜜月さんの夫になれるのだろうか。子どもたちの父親になれるのだろうか。

 家に帰ったら、和己が佳の脚元で俺を指差していた。


「ちん、やーの」

「分かっているよ、津に和己を渡したりしない」


 和己と言い、沈と言い、どうして俺を嫌うのか。

 そのくせ、蜜月さんには懐いていたりするのだから、小憎たらしい。


「普通に育ってない私たちが、親になることに不安を覚えるのは仕方ないが、それに和己を巻き込むな。蜜月さんがいるんだから、なれば自然とそうなるだろう」


 俺は両親に愛された記憶などない。大事に抱き締められた記憶などない。

 それは、俺の劣等感でもあった。

 見透かされたようで悔しく、部屋に戻って仕事の道着に着替える。

 蜜月さんがいれば大丈夫。

 そう信じたかった。

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