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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
二章 私の気持ちと回る世界

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30.これからのために

 教授が『現身』とはいえ日本に現れるようになってから、既に女性を攫う事件が起きて、収束した。これからも事件が増えることを鑑みて、事務所も厳戒態勢を敷くと共に、私は一人での外出を制限されてしまった。


「俺の恋人やし、そのうちは……なぁ……せやから、夜臼の阿呆どもに狙われる可能性もある。俺か佳か茉莉さんとできるだけ行動してくれるようにお願いできるか?」

「スーパーに買い物に行ったり、近所のドラッグストアや、コンビニに行ったりするのは良いんですよね?」

「それも、できる限り、俺か佳か茉莉さんが付いていけるときにしてや」


 細々とした買い物でも、夜臼の敷地内からでるときと、事務所から出るときには誰か同行するようにと言われて、申し訳なさが募る。佳さんも津さんも茉莉さんもそんなに暇ではないのに、ちょっとした買い物に突き合わせるのは、どうしたものか。


「俺が夜臼の当主やから、窮屈に感じるかもしれへんけど、俺は蜜月さんを手放すなんて考えられへんし……ようやく叶ったんや。そばにおって欲しい」

「窮屈には感じてませんけど、外出全部に同行してもらうのは申し訳ないかと」

「俺にいつでも言うて。どこにでも連れて行く! 時間とって、事務所の送り迎えもする」


 負担にならないか心配だったのだが、津さんがそう思っていないのならば、私は別にそれでも構わなかった。


「出勤はダイエットのためにも歩いていくので、デートみたいですね」


 思い出してみれば、近所の公園ですら、茉莉さんと私と和己くんと沈くんで遊んでいるときに、襲われたことがあるのだ。それを心配して、心置きなく和己くんが遊べるように、佳さんは庭に砂場を作り、ウッドデッキを作り、屋根を作り、今度はブランコ作りを考えている。

 1歳の和己くんも安全のために我慢して、夜臼邸の敷地内から出ないようにしているのに、私が考えなしな行動で津さんや佳さんを危険な目に遭わせることはできない。


「晶さんですら攫われたんですもんね……分かりました。津さんと佳さんと茉莉さんと一緒のとき以外は、外出しないように心がけます」


 仕事で一人で飛ぶとき以外は、一人にならない約束を津さんとした。

 私の無茶のせいで津さんには二度も心配をかけているし、一歩間違えば私も売られていたかもしれない状況だってあった。

 津さんの師匠である晶さんを閉じ込めて出さない部屋だったら、私なんか太刀打ちできなかっただろう。あのときに閉じ込められなかったのは、私が空くんに気に入られていて、陸くんが私にホルマリン漬けの瓶を見せようと考えたからであって、ただの幸運でしかない。


「それでも、誰かが危険な目に遭ってたら、保証はできませんけど」

「それが蜜月さんのええところやから、そのときには、俺も全力で蜜月さんを探す」


 言いながらちょっと津さんが照れたように頬を染めて、私を見る。


「あんな、蜜月さんと……その、そういう関係になったやろ? 俺は獅子の雄やから本能的に自分の雌に……いや、蜜月さんを雌やなんていうたらあかんけど、説明として聞いて……雌に、印を付けるんや」


 佳さんが一目で私と津さんがそういう関係になったのを見抜いたのは、どうやら津さんの浮かれっぷりだけではなかったようです。

 自分では分からないけれど、私にはしっかりと『津さんのもの』という印がついているみたいなのです。

 これは茉莉さんに会ったら、真っ先に聞かれそうで恥ずかしいけれど、津さんのものだという印があるという事実は、嬉しくもある。津さんを知らないひとから見れば、『物凄く強い雄のもの』と分かる印がついていて、知っているひとだと『津さんのもの』と分かる印がついている。

 『夜臼津と恋人になりました』という旗を掲げて歩いているようなものだと考えると、落ち着かない気分にもなるが、これが正しい『ひとならざるもの』のカップルの姿ならば仕方がない。


「蜜月さん、良かったわね」


 津さんに入口まで送られて、事務所に出勤すると、開口一番茉莉さんがそう言った。やっぱり分かっているらしい。


「良かった、んだと、思います」

「空さんと陸さんは安心かしら」

「ま、まだまだですよ、そんな」


 いきなり空くんと陸くんの名前を出されて、私は飛び上がってしまった。大きな声を出したので、事務所のキッズスペースで遊んでいた沈くんが、怯えて茉莉さんの脚元にへばりついてくる。

 晶さんが攫われた事件でショックを受けた沈くんは、しばらくお迎えを早めにして、茉莉さんが呼べば手の届くところで遊ばせておくつもりらしい。


「愛してるとか言われてないですし、結婚しようとも、まだ、言われてないですし」


 私と津さんはまだスタートラインに立ったばかりで、子どもなんてずっと先の出来事でしかない。約束はしたから、いつか空くんと陸くんに因んだ名前を付けた子どもたちは産みたいのだけれど、今がそのときではない。


「言ってないの、津さん」

「言ってないですよ」

「……なんてこと」


 茉莉さんが頭を抱えている気がするが、その理由がよく分からない。もしかすると、『ひとならざるもの』の世界では、結婚しないでも子どもを作るのが普通なのだろうか。


「子ども、急いだ方がいいんですか? 津さんも若い方だって聞いたし、私も人間だった頃は結婚諦めてたけど、『ひとならざるもの』としては若い方だって言われたから、焦ってはなかったんですけど」

「そうねぇ……出生率が低いから、授かれるときに産んだ方が良いとは思うけど……結婚してからよねぇ」

「結婚してからですよね、やっぱり」

「うーん……津さん、言ってないのかぁ」


 微妙な顔をしている茉莉さんに、沈くんが抱っこを求めていた。抱き上げた茉莉さんが、キッズスペースに戻って、そこの置かれている小さめのテレビでDVDを流す。テレビ画面には、佳さんが三味線と歌で踊っている姿が映っていた。

 DVDを見る沈くんの目は真剣だ。どこを見ているかと思えば、三味線奏者を見ていて、おままごとのスプーンを撥に見立てて、手を動かして弾いているつもりになっているようだ。


「沈くん、日本舞踊好きなんですか?」

「三味線の音が好きみたいなのよ。ほら、上手に真似してるでしょう?」

「じょーじゅ?」

「とっても上手よ」


 褒められて沈さんはますます真剣にスプーンを動かす。


「もうちょっと大きくなったら三味線、習ってみたらいいんじゃないですか?」

「佳さんにお願いするつもりよ」


 日本舞踊の教室の発表会で、生の三味線を聞いた日から、沈くんは三味線に夢中だった。

 春に鳥籠の中に囚われていて、しばらくは蝙蝠の姿から人間の姿にならなくて、食事も摂るのが困難で、トイレトレーニングでへこみ、スプーンでめげ、行ってらっしゃいのハグがなければ一日泣いている沈くん。それでも、一生懸命変わろうとしている。

 私もこの激動の数か月で変わったが、沈くんもめまぐるしく成長した。


「こっち側の世界に入るときは、選択肢もなくて、戻れないことは分かっていたけど、行く以外の行動がとれなくて」

「そのおかげで、沈さんも和己さんもこうやって、元気に育って、攫われかけた女性も日常に戻れて、ジャーマンシェパードの彼は恋人のところに戻れて、晶さんと攫われた女性は家族の元に戻れたわ」

「そうなんです……そして、私は、津さんと恋人になれて、これからの長い人生をできるだけ側にいたいと思ってる……」


 幸せなのだと、あの日の私に伝えたい。

 こちら側の世界は慌ただしくて、慣れるのが大変で、事件も多いけれど、優しいひとたちに囲まれて、私は幸せに過ごせている。


「教授に主導権を渡してしまったら、私の日常が壊される。私の大事なひとも、沈くんも和己くんも、窮屈な思いをして生きなければいけないかもしれない」


 子どもが産まれたとしても、保育園に行くのも危険な世の中にされてしまったら、子育てどころではなくなる。

 沈くんと和己くんは、既に近所の公園にすら行けないという迷惑を被っているのだ、それがエスカレートしたらどうなることか。


「教授の本体をおびき寄せて、捕まえなければいけないわね」


 まだ方法は分からないが、『現身』だけで本体すら表さない教授を捕えること。それを成し遂げなければ、私の幸せが守られないことだけは確かだった。

これで二章は終わりです。

引き続き番外編、三章をお楽しみください。


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