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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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6.退職の決断と次の一歩

 帰る時間になってバーから出ると、夜臼さんも私を追いかけてくるように店から出て来た。


「もう遅いから、俺車やし、送るで」

「そんなに遠くないし大丈夫ですよ」


 顔のいい美形は、紳士でもあるようだ。そこまで甘えるのは申し訳ないし、あまり近くにいるとまた勘違いしてしまいそうで、丁重にお断りすると、穏やかな夜臼さんがいつになく真剣な表情になった。


「俺の家、近いんやけど、寄っていかへん?」


 妹さんと育てているというあの小さな子どもに会いたい。

 はい、と答えかけて、これは罠かもしれないと身構える。

 ぶぶ漬け食べて行ってと言われて、喜んで家に上がるような奴は、作法が分かってないと怒られる奴だ、これ。


「今日は遅いし、遠慮しておきます。妹さんにはそのうちお会いしたいです。お子さんにも」


 多分、これが返事として正解のはず!

 信じて答えた私に、夜臼さんはほろ苦く笑った。


「遅いのに誘ってしもた俺があかんかったな。蜜月さんはお淑やかなお人やし」


 お淑やか?

 なんだか妙な単語を聞いた気がする。

 巨人とか、顔が濃いとか、夜臼さんよりもデカい女に、お淑やかはない。きっと聞き間違えたのだ。


「おやすみなさい」

「気ぃつけて」


 駐車場から離れる方向なのに、夜臼さんは私を大通りまで送ってくれた。

 こういうところが美形で紳士で勘違いされるところなのだろう。

 私が『ひとならざるもの』で、獣の本性を持っていて、志筑さんの店の上にあるという探偵事務所が人手が足りていなければ、夜臼さんは私に目もくれない。自覚しているつもりだが、夜臼さんは優しくて、勘違いしてしまいそうになる。

 目立つ容貌と身長を誤魔化すように、周囲に埋没していた私にとっては、目の前に急に現れて、甘い言葉を囁く夜臼さんはあまりにも眩しかった。日本でも有名な名家の当主で、本当は私なんかが近寄れるひとではないのに。

 自覚がないまま『ひとならざるもの』の世界に足を踏み入れた私に、自分の親戚のことで迷惑をかけたと責任感で優しくしてくれているだけ。

 志筑さんと付き合っていないと言っていたけれど、もう決まった相手がいたり、婚約していたりするのかもしれない。『ひとならざるもの』の世界はよく分からないが、血統を重視するのだから、どこの馬の骨……というか鷲の骨か分からない私と何かあるはずがないのだ。

 分かっていても、今の私は夜臼さんと志筑さんに頼る以外道がない。

 一人暮らしの古いアパートに戻って、ベッドに倒れ込むと、どっと疲れが襲って来て、化粧も落とさないままに眠ってしまった。

 朝起きて、大慌てで化粧を落とし、シャワーを浴びて、歯を磨く。

 朝から仕事に行って、夜はバーで志筑さんと夜臼さんに話を聞いてもらって、『ひとならざるもの』の説明をしてもらう。

 いくら私に体力があるとはいえ、そろそろ限界だった。


「仕事を辞めようかと思っています」


 仕事の上司である弁護士事務所の先生に話せば、「そうじゃないかと思っていた」と言われた。


「前に警察のひとと一緒に来たかっこいいひと、あのひとと結婚するのかな?」

「結婚!? 違いますよ!?」


 親し気にしていたので、先生には夜臼さんと私の仲を勘繰られてしまった。寿退職なんて流行りじゃないし、結婚しても夫婦で働くのが普通の世の中だ。なにより、私には恋愛も結婚も縁がない。

 きっちりと否定してから、退職の日を決めて、他の事務員に仕事の引継ぎをすることになった。

 その日の夜には、バー「茉莉花」で私は志築さんに頭を下げていた。


「探偵事務所の事務員として雇ってください」

「心は決まったのね。人手不足で、常時いられるのがあなただけになってしまうけれど、お仕事、覚えられるかしら」

「依頼人が来たら、志築さんを呼べばいい感じですかね?」


 法律事務所のように、電話で予約を取って依頼人が現れるのではなくて、事件は急に起きるので、依頼人が連絡なしに飛び込んでくることもある。そういう場合には、話を聞いて、志築さんか夜臼さんに連絡をするように指示された。


「警察との情報共有ものしているけれど、こちらは私が担当するわね」

「事件が起きたら、前みたいに大鷲になって探してもらうこともあるかもしれへん」


 夜臼さんの言葉に、私は前回のことを思いだした。

 大鷲になるのは良いのだけれど、戻り方がまだ全然分かっていない。前回はまぐれで戻れたようなものだが、大鷲になるのも夜臼さんに導いてもらって、戻る方法は確定していないのでは、仕事になるのかどうか。

 そのことに関しては、夜臼さんも考えていたようだ。


「しばらく、うちに来て練習せぇへん?」

「夜臼さんのお家に、ですか?」

「本性になるのと、戻るのの練習、一人ではできへんやろ? それに、一人でなってしまって、戻られへんやったら、俺らに助けも求められへん」


 自主練をするから大丈夫です、というわけにはいかないようだ。


「探偵事務所の仕事は、基本的に待機しているのは夜からになるから、日中は夜臼さんのところで修行するのも悪くないかもしれないわね」


 即戦力になるためには、私は本性になって、人間に戻るという、基本的な動作を習得しなければいけない。練習しているときに大鷲の姿で戻れなくなったら、ドアノブも握れないし、家から出ることもできないし、ご飯も作れない。


「住み込み、ってこと、ですか?」

「同棲みたいやな」

「ど、同棲!?」


 退職の話をしたときに出た「結婚」の二文字がちらついて、目が回って来る。ないないない、これは、夜臼さんの冗談。

 慌てふためく私の様子に、夜臼さんもなぜか慌てていた。


「もちろん、下心とかないで? 俺は妹と同居しとるし、家は代々受け継いでるもんで、部屋は余ってるし、なにより」

「あの子が、いるんですね?」

「そうや!」


 鳥籠を開けたらころりと私の腕の中に転がり込んできた、1歳くらいの可愛い男の子。妹さんが面倒を見ているとはいえ、一人では大変だろう。

 今日も胸に蝙蝠の赤ん坊をくっつけている志築さんも、大変には変わりはないのだが。


「俺が居合の師範代、妹が日舞の先生で、二人とも家にある道場と稽古室で教えてる。仕事中に妹は頭にあの子乗せてるけど、どうしても泣いて暴れるときもあるし、人手はあった方がええのかもしれん」

「なんだか、不確定な言い方ですね」

「うーん、あいつ、難しいんや」


 子どもは妹さんだけに懐いて、それ以外を嫌がったりするのだろうか。


「その子も、志築さんから離れると泣いちゃいますよね」

「甘えたい時期に甘えられなかったから、今度は大丈夫か、試されているのよ。子どもは狡猾よ? ちゃんと自分を愛してくれるか試すんだから」


 胸にへばりつく蝙蝠の赤ん坊を撫でると、茶色いお目目が開いて、ちろちと志築さんを見上げる。微笑んで鼻先にキスをすれば、また目を閉じて眠り始める。


「保育園に入れるにしても、最初の信頼が得られないとどうしようもないのよね」


 完全に志築さんを信頼すれば、胸から離れられるようになって、人間の姿にもなれると志築さんは考えているようだ。

 夜臼さんの妹さんが引き取った子どももそうなのかもしれない。

 同棲ではなく、修行のための住み込み。

 きちんと自分の立ち位置は弁えないといけない。


「当面の荷物を持ってお伺いしますが、いつからが良いですか?」

「法律事務所を辞めるのはいつ?」

「退職まで三週間ありますが、一週間は通って、残りの二週間は残ってる有休を消化します」


 法律事務所なので、有休もきちんととらせてくれる。かなりホワイトな職場だったので惜しかったが、こういう事態になってしまったのだから仕方がない。

 あまりとる必要がなかった有休はかなり残っていて、最後の二週間は給料をもらいながらも休みということで、探偵事務所の事務員の勉強ができるかと思ったのだが、志築さんからはそれは止められた。


「十年以上働いてきた職場からのお別れですもの、ゆっくり休むといいわ」

「その時期に変化が習得できたらええな」


 本性になって、元に戻る。

 夜臼さんと志築さんにとっては、呼吸をするよりも簡単なこと。

 それが、隔世遺伝でまだ一度しか大鷲の姿になっていない私には、どうすればいいのか感覚的にも全く分かっていない。

 いつまでも夜臼さんの手を借りてばかりではいけない。

 一人でできるようにならなければ。

 ほんの少しだけ、夜臼さんの家に行けることに浮かれている自分は、そっと隠しておくことにした。

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