26.私が『お母さん』
誇らしげに、愉悦の笑みを浮かべて、教授は滔々と話す。
「生まれ落ちても育つことなく死ぬはずだった、奇形児たちに、自分たちの意思で自分たちの望む『母親』を探すための手助けをしてやっただけのことだよ。単なる親切じゃないか」
そうやって集めた陸くんと空くんの『お母さん』は、二人にとって気に入るものではなかった。気に入らない『お母さん』に関しては、組織が引き取って売ってしまう。
手助けだの親切だの、綺麗な言葉で飾っているが、空くんと陸くんの存在を誘拐の囮に使っただけじゃないか。
目の前に現れたふりをしているが、これも実態ではない。目を凝らしてみると揺らぐ波が見えて、本性が見えないのがそれを証明していた。ここに存在していない相手なら、無視して構わない。私はそう判断する。
「陸くん、空くん、あなたたちが連れて来た女のひとたちは、誰かの大事なお母さんなの。帰してあげないと、悲しむ子どもが増えるよ」
「ぼくたちは『おかあさん』になれるかどうか、たしかめただけだよ。おわったら、あのひとがどこかにつれていくの」
「あのおじさんは、ここにいないから、話題にしなくて良いわ。陸くんと空くんは、『お母さん』じゃなかったら、帰しても良いのね?」
「うん、いらないもん」
あっさりと返事をもらって、私は陸くんと空くんの手を握る。暖かく湿った小さな手。この手の主が生きていないなんて、信じたくない。
「ちょっと、僕を無視して話を進めるってどういう了見かな?」
「部屋の扉を開けられる?」
「できるけど……『おかあさん』はまだみつかっていないもの」
「マァマ?」
「ねぇ? 無視しないで?」
構われたがりの教授は完全に無視するとして、私は膝を付いて陸くんと空くんに視線を合わせた。二人とも綺麗な青い瞳をしている。
海の青と、空の青。
「陸くんの本性は、イルカね?」
「そう。うみ、だとバレバレだし、そらとついになってるから、りくってなまえにしたの」
生まれてすぐに体は生き延びられず、魂を切り離してしまって、親から名前を付けてもらうこともなかった二人。二人の名前は陸くんが付けたものだと教えてくれた。
私は多くの日本人のように、無宗教だ。お正月には神社に行き、お寺があれば参拝し、クリスマスも祝う。
正直なところ、生まれ変わりというものがあるのかどうか、死後の世界というものがあるのかどうか、全く考えたこともないし、興味もなかった。ひとは死んだらそれで終わりだと、虚無を想像していた。
けれど、目の前には死んだ体から引き離した魂を具現化した二人がいる。
「生まれ変わりっていうものがあるのかどうか、分からないし、陸くんと空くんがもう一度産まれられるのか、私には分からない」
「あの、ここにはいないおじさんは、ぼくたちがきにいった『おかあさん』にぼくたちのさいぼうをうえて、うませるってやくそくしてた」
「それで、あなたたちの魂は本当に引き継がれるの?」
「ここにいないおじさんって、僕はここにいるでしょ?」
「わからない」
私が無視するのに応じてくれて、陸くんも教授のことは完全に視界から外している。無視されていることで激高して仕掛けてくるかとも警戒したが、ここは陸くんと空くんの領域のようで、教授は苛々と脚を踏み鳴らしているだけだった。
「亡くなったお祖父ちゃんは、私よりも濃い肌の色で、それが私に似たんだけど、この肌の色を見るたびに、私はお祖父ちゃんを思い出す。死んだひとは、生きてるひとが覚えてる限り、その心に生きてるんだって、お祖母ちゃんが言ってた」
「ぼくたちのこと、だれかおぼえててくれるの?」
「生まれ変われるのか分からないけれど、約束する。私に赤ちゃんが生まれることがあったら、陸くんと空くんに因んだ名前を付ける。本当に私のお腹に来てくれるのが一番良いんだけど、それはどうしても保証ができないから、名前を付けて、二人のことを話して聞かせるわ」
生まれ変わりがあるのならば、私のお腹から生まれてくればいい。それが無理でも、私が生きている限り二人のことは記憶しているし、子どもが産まれたら二人に因んだ名前を付けて、二人のことを話して、語り継ぐ。
そうすれば、二人は生まれ直せるのではないだろうか。
「『おかあさん』になってくれるの?」
「まだ、子どもを産むかは未定だけど、でも、産まれたら、絶対にそうする」
「ママ! ママ!」
驚いた表情の陸くんに、空くんが私の手を引っ張って引き寄せた。頬にキスをされて、私が空くんを抱き締めると、陸くんも照れながら反対側の頬にキスをしてくれる。
「おかあさん、ここはぼくのつくった、『きょぞう』のやかたなの。もう、おかあさんじゃないひとたちはいらないし、おかあさんのこともちゃんとおぼえたから、おかあさんのもとにいける」
「ママ、すき」
「うん、必ず来てね」
「へやのとびらをぜんぶあけるから、おんなのひとたちは、こどもさんのところにかえしてあげて。ぼくとそらで、このやしきをおしまいにするから」
ばたばたと廊下からひとが出て来る音がする。振り返ると、廊下の両脇にあった扉が開いて、晶さん含め、五人の女性が中から出て来ていた。
「冗談じゃない! あれは商品だ!」
「うるさい! いないひとは、くちだししないで! おかあさん、おやすみのキスをして?」
「ママぁ」
甘えるそぶりの空くんと陸くんを抱き締めて、一人ずつ、額にキスをする。
「お休みなさい、また会える日まで」
「ありがとう」
「ママ、またね」
デスクに乗せていたホルマリン漬けの瓶を素早く手に取った陸くんが、手を振る空くんの横で、それを頭上に持ち上げる。
「あー!? ダメ!? 空間が壊れる!」
「おかあさん、にげて!」
教授の叫び声がしたが、振り返らずに、晶さんが女性二人を両脇に抱えて、私が残り二人の手を引いて、屋敷から駆け出した。後方で、何かが割れる音が響いて、大津波が屋敷を飲み込んでしまう。
波間から、小さなイルカの子どもと隼の子どもがこちらに飛んでくるのが見えた。両腕を広げて受け止めると、二匹は光の粒子になって消えてしまう。
二人はようやく眠れたのだろうか。もう一度、この世界にやってくることができるのだろうか。
全てが終わった後、屋敷のあった場所にはなにもなくなっていて、草が生えた空き地になっていた。
「蜜月さん!? 蜜月さん、無事か!?」
「晶さんも大丈夫?」
駆け付けた車から降りて来た津さんと茉莉さんが、空き地に入って来る。
「発信機の信号も途絶えて、携帯電話の位置情報も分からなくなって、霧が出て道も分からんくなって、何が起きたんやろって、心配してたんや」
「『虚像』の屋敷を作ってたんや。うちが殴っても蹴ってもびくともせん扉やなんて、おかしいと思ったわ」
閉じ込められていた晶さんは、心なしか疲れているようだった。教授を捕まえることもできたかもしれないが、今回はそんなことに構ってはいられなかった。
「結局、どうなったの?」
「茉莉さんにも、津さんにも、報告しないといけないことがあります」
とりあえずは、囚われていた女性たちを家に帰してあげて、晶さんも心配している家族のところに帰るとして、私と津さんと茉莉さんだけが事務所に戻った。事務所では、佳さんが警察との連絡と、待機していつでも動けるように待っていてくれた。
「情報は逐一こちらにも来てたんだが、急に霧に阻まれて、発信機の情報も位置情報も分からなくなって、自分の位置も分からなくなったと茉莉さんと津から連絡があって」
「そういう能力を持っていたみたいなんですけど……死ぬ前に肉体から魂を切り離して、肉体が死んだ後も生き続けるって、できるんですか?」
疑問に思うことは聞いて良いと言われているので、茉莉さんに疑問をぶつければ、白い顎を撫でて茉莉さんが「そうねぇ」と呟く。
「宗教家で魂を切り離して転生を繰り返しているっていう話は聞いたことがあるし、ある意味あの教授の『現身』も肉体から魂を切り離す行為だし、できるかもしれないわ」
「陸くんと空くんっていうんですが、イルカと隼の兄弟で、頭が二つ、身体が一つで産まれてきたみたいなんです」
「そういう子は、産まれた時点で長くは生きられないって言うわね」
「それで、身体から魂を抜け出させて、自分を産んでくれる『お母さん』を探してたみたいなんですよね」
いかにも円満な家庭で、子どもに優しい母親を見れば、自分の『お母さん』になってほしいと思うだろう。そういう基準で陸くんと空くんが選んでいた女性は、経産婦として子どもを産める母体として、商売にも利用できたのだ。
幸い、晶さんが早く気付いて教えてくれて、陸くんと空くんの『お母さん』候補はみんな屋敷に閉じ込められたまま、まだ売られていなかったから良かったものの、売られてしまっていたら、国を超え、取り返すのは困難だっただろう。
今回の事件も、時間との勝負だった。
「無謀なことをしたと分かっています……でも、どの母親も子どもの元に無事に帰って欲しくて……」
「ほんまに無謀やった! 蜜月さんはこれやから……心配させんといて」
抱き締めてくれる津さんの手は、暖かく優しい。
私には、津さんに伝えなければいけないことがあった。
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