25.囮になる
繰り返し私のことを「ママ」と呼ぶ男の子、空くんに、違和感を覚えていた。空くんもその双子の兄弟も、白い肌に黒い髪だったのだ。
これまでに、私は誰かの母親に間違えられたことはない。それは、私の肌の色が明らかに日本人の大多数とは違って濃く、髪も癖があって、顔立ちも彫りが深く、背もとても高い部類に入るからだ。それなのに、私のことをずっと「ママ」と言い張っていた空くんには、私の本性が見えていたのではないだろうか。
同じ『千里眼』を持つ、猛禽類の子どもだとすれば、空くんが私を母親だと勘違いするのもおかしくはない。もう一人の方ははっきり違うと言っていたが、それでも、私に子どもがいるか聞いてきた。
「私、会ってるかもしれないんです」
「晶さんを攫ったひとか?」
「そう、多分、囮に使われたのは、双子の男の子」
深夜に子どもだけでうろついている5歳くらいの男の子を見たら、面倒見の良い晶さんならばきっと声をかけるだろう。『お母さん』を探していると言われれば、一緒になって探したかもしれない。
「遅くなるって旦那さんに連絡は入っていたのよ。何かが起きたんだと思うの」
「その子たちに会ったんだと思います。それで、『お母さん』を一緒に探そうとして、連れ去られたんだと」
子どもたちは自分が囮だということを知っていたのだろうか。
何も知らないのならば、人質にされれば、晶さんでも抵抗ができなくなる。
「母親を狙う、5歳くらいの双子の男の子……どうやって探せばいいのかしら」
「片方の子に、私、気に入られた気がするんですけど」
口にした瞬間、津さんの顔色が変わった。
「あかんで、蜜月さん。自分が囮になろうと思うてるやろ? そんなん、絶対にあかん!」
「それくらいなら、私が」
「茉莉さんもいけませんよ。それに、茉莉さんはお子さんはいません」
「沈さんがいるわ」
このままでは埒が明かない。
今この瞬間にも、晶さんは危険な目に遭っているかもしれない。先に攫われた女性たちだって、どこか違う国に売り飛ばされてしまっているかもしれない。
「私だって、役に立ちたい!」
必死になって津さんと茉莉さんに私は訴えた。
「私が恋人だからダメだって言うなら、そんな津さんとは別れます」
「ちょ!? 蜜月さん!?」
「本末転倒じゃないですか。私が大事だから、仕事に支障をきたすなんて。そんなこと、誰も望んでないでしょう?」
「無謀すぎるわ、蜜月さん」
「茉莉さん、落ち着いてる場合じゃないんですよ? どこかで誰かの子どもさんが、二度とお母さんに会えなくなる、そういう事態が起こってるんですよ?」
私の訴えは、沈くんを可愛がっている茉莉さんの心には響いたようだった。しばらく黙って考えてから、茉莉さんが私に小さなブローチを手渡した。
「発信機になってるわ。携帯は取り上げられるかもしれない。連れて行かれた場所の近くに、それを置けたら置いて」
「茉莉さん……そんな」
「津さんも、私も、納得してのことじゃないけれど、これ以外に打てる手がないなら、仕方がないもの」
茉莉さんの決断に、津さんは迷っているようだったが、最終的には私の意思を尊重して、しっかりと私を抱き締めてくれた。私も津さんの背中に手を回して、しっかりと抱き付く。
「絶対に無茶をせんといてな? 危なくなったら俺を呼んで」
「必ず呼びます」
約束をして、私は時間が惜しいと朝の街に繰り出したのだった。
川沿いの桜並木は、津さんと出会った頃には満開だったのに、今は葉も赤くなり始めている。もう少しすれば、落ち葉になって散るのだろう。
桜並木を歩く私に、目標はない。
あちらの方から見つけてもらうのを待っているだけだ。
「ママ!」
黒髪に黒い目の空くんが、停められた車から降りて駆けてくる。仕方なさそうに追いかけて来たもう一人の子は、呆れ顔だった。
「そんなに、そのひとがいいの?」
「マァマ」
「おねえさん、ぼくたちをさがしてたんでしょ?」
「そうよ。ちゃんと親御さんの元に帰れたか心配だったわ」
「うそは、いらない。あの『おかあさん』をとりかえしたいだけなんだ。それでそらを、りようした」
「あなたは、頭が良いのね」
とても5歳くらいとは思えない思考に、驚いてしまう。『ひとならざるもの』は成人するまでは一般の人間と同じくらいの成長速度で、それ以降は全盛期の姿で生き続けるというが、この双子は片方が妙に大人びて、その反動なのか片方が発達が遅れているかのように幼い。
歪な雰囲気の双子に招かれて、私はスモークガラスの車に乗り込んだ。フロントガラスは透明なはずなのに、後部座席は暗くて、どの道を走っているか分からない。
小一時間ほど車に揺られて、私は霧の中の洋館に辿り着いていた。
この街にこんな洋館があっただろうか。
長く住んでいるけれど、茉莉さんのバーが『ひとならざるもの』にしか認知できないように、この洋館も『ひとならざるもの』しか入れないのかもしれない。洋館に入る前に、私はそっとブローチを外して、入口の前に落とし、脚で蹴飛ばして適当なところに転がした。
嬉しそうな空くんに手を引かれて、不本意そうなもう一人の男の子に問いかける。
「あなたのお名前は?」
「りく」
「空くんと、陸くん、双子なの?」
「そうだよ。……そらは、はやぶさだから、あなたをおかあさんとかんちがいしてるだけで、ぼくはちがうからね?」
隼の空くん。陸くんの本性はなんなんだろう。
目を凝らすと、露骨に嫌な顔をされる。
「陸……じゃない!?」
「そらとおんなじめ。そらがきにいったの、わかるけど、ぼくはおねえさんのこと、しんようしてないからね」
洋館の階段を上がって行くと、廊下の両脇に部屋が並んでいる。中からは、扉を叩く音や、すすり泣く声が聞こえてくる。
「私が『お母さん』じゃないの? 見つけたんだったら、他のひとはいらないんじゃない?」
「ほんとうのおかあさんかは、まだわからないもん」
「ママ!」
「そらがそこまでいうなら、たしかめてみよう」
廊下を渡り終えた先は、書斎のようになっていた。中央に良く磨かれた木のデスクがあって、壁は一面棚になっている。その棚には、動物の胎児をホルマリン漬けにした瓶がずらりと並んでいた。
生物の教科書などでホルマリン漬けの写真は見たことがあるが、実物は初めてで、その気味の悪さに脚が震える。
「おねえさんのなかまは、こないよ。ここは『けっかい』だから」
「仲間なんて呼んでないよ。あなたと、話してるの」
「それじゃあ、これをみても、ぼくたちとふつうにはなせる?」
小さな両手で背伸びをして棚から取ったのは、人間の胎児のホルマリン漬けだった。一つの身体に、二つの頭。いわゆる、双頭の胎児というやつだ。
「ぼくたちのおかあさんは、ぼくたちをじょうずにうめなかったの。だから、ちゃんとうんでくれるおかあさんをさがしてるの」
ホルマリン漬けということは、その胎児は生きていない。
つまり、目の前の空くんと陸くんも、生きていないことになる。
「あなたたち……」
「しぬのはこわいもん。おかあさんのおなかからだされて、びんにいれられるまえに、たましいだけ、にげだしたの」
そのホルマリン漬けが作られたのは、何年前のことなのだろう。
双頭で産まれてきて、生きられなかった自分たちを、もう一度産んでくれる相手を、何年空くんと陸くんは探したのだろう。二人の成長が妙にかけ離れているのも、それで納得がいった。
「飛んで火にいる夏の虫って、日本の諺があるけど、飛んできたのは、大鷲だったのか。彼女が来てくれると思ったのに」
残念と笑うストライプのスーツの男性が、廊下を歩いてこの部屋にやってくる。
「あなたが、こんな酷いことをしたの?」
死んでいる子どもを安らかに眠らせることなく、自分たちがちゃんと産まれたい、母親が欲しいという幼い気持ちを利用して、人身売買の囮に使った。
これまでに体験したことのないような怒りが腹の底からわいてきて、私は目の前の人物、教授と呼ばれる男を睨み付けた。
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