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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
二章 私の気持ちと回る世界

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24.攫われた晶さん

 新しいベッドが津さんの部屋に届いていた。

 籐を編んだ軽い作りのもので、二つに分かれて背もたれ付きでソファにもなって、組み合わせると夏場でも涼しく寝られるようになっている。もう秋なのでそこそこ分厚い布団を準備して、ソファにしたまま、今日のことを話していた。


「晶さんが、津さんのお祖父様の妹さんだなんて思いませんでした」

「言うてなかったっけ?」

「晶さんの旦那さんも隔世遺伝だったんですね」

「なんやろ、蜜月さんと雰囲気が似てたわ」


 『ひとならざるもの』の世界を知らないままに育って、成人してからこちら側の世界に引きずり込まれたのならば、人間としての常識の強く残ったひとだったのだろう。私と似ているというのも、分からなくない。


「俺は、運命やったら、相手が男性でも女性でも構わへんと思うてた。今は、蜜月さん以外考えられへんけど、お師匠さんと旦那さんの関係に憧れてたのは確かや」

「……津さん、旦那さんのこと」

「恋愛的に好きやったわけやないけど、あんなひとが俺の運命やったら良いと思ってた」


 そっちか!

 私が津さんのお師匠さんである晶さんが女性だと知って、嫉妬心を抱いたのは全くの見当違いだったどころか、本当に嫉妬するべきは、晶さんの旦那さんだった。

 旦那さんにしても、もう出会ったときには結婚していて子どもがいたし、憧れていただけで恋愛感情を抱いたわけではないと津さんは正直に言ってくれる。

 男性が男性に好意を持っていたなんて、恋人に言いにくいことを打ち明けてくれる津さんは、本当に私に心を許してくれているのだろう。


「私も、津さんが女性でも好きになっていたかもしれません」


 佳さんのことはかっこいいと思うし、中性的な物言いや、凛とした姿にときめいてしまう。恋愛をしたことがないので、異性が好きなのか、同性が好きなのかも分からない私は、ただ、津さんが好きという事実だけが全てだった。

 手を伸ばした津さんが私の頬に触れて、顔が近付く。


「キスしてもええ?」


 あぁ、そこ、聞いちゃうんですね。

 そういう紳士なところは大好きなんだけれど、改めて聞かれると恥ずかしくて答えようがない。

 ただこくこくと頷けば、花が綻ぶ様に津さんが微笑んで、私の唇に唇を重ねた。髪に指を差し込まれ、深い口付けを交わす。


「あ……」

「ご、ごめん」

「い、いえ」


 お互いにどこで息継ぎをしていいか分からずに、呼吸困難になりかけたのは、内緒だ。唇が離れてから、深く息を吸うと、甘い香りがする。


「アロマディフューザー……」

「ええ香りやろ?」

「えーっと、なんだっけ、この香り」


 教えてもらった気がするのだが、思い出せない花の名前。

 濃厚な花の香りに包まれていると、てきぱきと津さんがソファを連結させて、ベッドに組み立てて、お布団を敷いた。


「蜜月さん、ええ、やろ?」


 これは、あれですか?

 一緒に寝よう的なお誘いですか。

 ぎこちなく頷いてから、私は津さんに手を取られてベッドの上に上がった。着物を脱いだ後でお風呂には入って、全身綺麗に洗ったはずだが、どこか洗い残しがないか気になる。

 緊張をほぐすように津さんが、晶さんの話をしてくれた。


「10歳にもならんうちから、めちゃくちゃに鍛えられて、毎日しょぼくれてたら、お師匠さんの旦那さんが美味しい晩御飯を作って待っててくれるんや」

「ご両親はご飯を作ったりはしなかったんですか?」

「元々、愛情のない結婚やったし、夜臼の家には寝に帰って来るだけやった。お師匠さんもご飯のときだけは、にこにこして食べてて、あぁ、食べるって大事なんやなぁと思うたんや」


 それで、津さんはあんなに料理が上手なのか。

 納得しながら心地の良い声を聞いていると、今日はずっと着物を着ていたのもあって、慣れない姿勢に疲れていた体が、眠気を訴えてくる。

 初めて津さんと眠る夜。

 部屋には甘い花の香りがしている。


「この花……」

「イランイランや。アジアのどこかの国で、新婚さんのベッドにこの花を散らすんやて」

「いいにおい……」

「蜜月さん?」

「ん……」


 もう瞼が重い。

 いい匂いに包まれて、暖かいお布団の中で、私は意識を手放していた。

 津さんが悲壮な声で「そんなぁ!? 起きてぇ? 生殺しやん?」と言っている気がするが、意識がどうしても覚醒しない。

 そのまま朝までぐっすり眠ってしまって、すっきりと目覚めた私は、目を開けた瞬間飛び込んできた整った顔に心臓が跳ねた。


「津さん……!?」

「はい、津さんです。蜜月さんの恋人の津さんですわ」

「あ……あの、ごめんなさい、昨日は晶さんが来るから、着物の準備とか、着物着て緊張して慣れなくて、疲れてたっていうか、津さんの保護者みたいな方が来られると思うと構えちゃって数日よく眠れてなかったというか……」


 ベッドの上に正座をして言い訳をする私に、津さんはどこか諦めたような笑顔で頷いた。


「蜜月さんが安心してぐっすり眠れたならええんや。疲れは取れたか?」

「はい、すっかり」


 なんだか、とても申し訳ないことをしてしまった気がします。

 二人で津さんの部屋から出て、私は一度部屋に帰って着替えて、リビングで合流して朝ご飯にしようとキッチンに向かうと、今日の当番のはずの佳さんがいなかった。

 佳さんの部屋を覗くと、和己くんを着替えさせている。


「晶さんが家に戻ってないって連絡があった。知らせようと思ったけど、二人は取り込み中みたいだったから、先に和己の準備をしてたんだ。朝ご飯の準備は間に合ってない。和己を保育園に届けたら、事務所に行く」

「晶さんが!?」

「嘘やろ……あのひとに手を出す命知らずがおるやなんて」


 夜が明けても戻ってこない晶さんに異変を感じて、旦那さんが茉莉さんに連絡をして、それが佳さんに回って来たのだ。部屋に置いていた携帯電話を確認すると、私にも茉莉さんからの着信が残っていた。


「相手は晶さんを攫えるような豪傑ってことか……」


 真剣な表情の佳さんの前で、寝ぼけ顔の和己くんは泣き出しそうだった。朝ご飯の用意がされていないので、お腹が空いているのだろう。

 ラップを広げて、そこにぱらぱらと紫を撒いて、ご飯を乗せて軽く握ったものを、和己くんに渡すと、泣き顔が笑顔になる。


「足りないと思うけど、我慢してね」

「蜜月さん、ありがとう。事務所で」

「はい。行きましょう、津さん」


 簡単なおにぎりに齧り付く和己くんを抱っこして、佳さんは保育園に預けに行った。私は津さんと一緒に事務所に向かう。

 事務所の扉を開けると、真剣な眼差しで、茉莉さんがパソコンのキーボードを叩いていた。


「昨日のうちに調べておけば良かったわ。警察は何件か、女性……子どものいる母親の『ひとならざるもの』が失踪したのを確認しているの。家庭に問題がなかったか調べるのに時間をかけてたみたいだけど、どこも円満な家庭で、疾走する理由がない」


 消えた『ひとならざるもの』の母親。

 子どもがいたのだから、子どもも夫も心配しているだろう。


「お母さんを探してる……」

「そう、攫われたのは、みんな、誰かのお母さんなのよ」


 そんな台詞を聞いた気がして、私は一生懸命思い出す。昨日は初めて津さんとキスをして、ベッドに誘われて、ロマンチックな夜だったはずなのに、全部寝落ちて台無しにしてしまったショックが大きくて忘れそうになっていたが、私は昨日、お母さんを探している子どもたちに会っていた。

 子どものいる母親が、「おかあさんをさがしてるの」と小さい子に言われたら、気になって手を貸さずにはいられないだろう。

 そうやって幼い子どもを囮にして、攫ったのだったら、晶さんのような腕の立つ相手も油断するのが分からなくない。


「お母さん、なんです」

「どういうこと、蜜月さん?」

「多分、キーワードは『お母さん』なんですよ」


 あの二人が探していた『お母さん』は、自分たちのお母さんではなくて、誰か他の子どものお母さんだ。それを攫って、子どもが産める経産婦として売りに出す。

 子どもを囮に使うなんて許せない。

 ストライプのスーツの教授という人物のやり口に、私は奥歯を噛み締めた。

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