22.津さんのお師匠さん
津さんと私が付き合いだしてから一週間と少し。
報告した日に出来上がった日本庭園の砂場には、屋根ができました。爽やかな笑顔で佳さんが和己くんに言っている。
「これで、雨が降っても砂が流れないし、和己も遊べるな」
「おちゅなー!」
1歳児にしては器用な方な和己くんだが、砂場に入るとエキサイトするのか、最終的には砂の中を泳ぐようになってしまう。砂場遊びの後は、お風呂に直行するのがいつもなのだが、それも佳さんにとっては全く気にならないようだった。
「小鳥は砂浴びをするのが普通だから、和己の行動は本能に従っているんだ」
「ナイチンゲール……珍しい鳥ですよね」
「小鳥の中では珍しいし、声が良いから、高値で売られそうになったんだろうな」
和己くんも沈くんも、保護されている子どもたちにはそれぞれ、理由があった。沈くんには珍しい『超音波』と『疫病』の能力があって、和己くんは種類自体が珍しいナイチンゲールで、能力は不明。
「和己くんにも能力があるんですかね?」
「あっても、なくても、私にとって可愛い和己に違いない」
愛の力は偉大だった。
沈痛な面持ちで見守る津さんなど無視して、美しく整えられた、桜に紅葉に椿の日本庭園に砂場を作り、ウッドデッキ風に屋根まで付けてしまった。おかげで休みの日は和己くんは心ゆくまで砂場で遊び、保育園がある日は帰って来ると砂場に飛び込んでいる。
子どもの頃自分がこんなに砂場が好きだった記憶はないけれど、砂を型に入れて押し固め、ケーキを作ったりした思い出はある。
「津と私は年子だから、保育園も、小学校も、中学校も、高校も同じだったんだ」
「一年しか離れてなかったら、同時期に入りますよね」
「津か私が、将来『夜臼を継ぐ子』だと決まっていたから、周囲も私や津をそのように扱った」
子ども時代などなく、周囲の親戚からは媚を売られるか、地位を狙われるかで、落ち着く暇もない。そんな幼少期を過ごして、津さんの頼れる相手は居合の師匠、佳さんは日本舞踊の先生だけだったという。
悲しい子ども時代を聞いていると、私とはやはり生きている世界が違うのだと痛感する。けれど、私はこの世界に入り込んでしまったし、もう戻る方法はない。
「和己は普通の子に育てたいんだ。蜜月さんみたいに、愛された子に。そういう意味でも、津の相手が蜜月さんで良かったと最初から思ってた」
「最初から!?」
「津の気持ちはバレバレだったし、蜜月さんが気付かなくて空回りする様子は腹が捩じれるかと思ったけど、蜜月さんと津は、私と和己みたいに運命なんだろうと感じてはいたんだ」
運命など、信じていなかったと佳さんは口にした。
甘いことを考えて、自分を崩されるのが嫌だった。自分が津さんのように夢見がちになるのが嫌だった。
「でも、和己を見たら、そんな拘り全部消えて、この子を愛して、世界一いい男に育てようと思ったんだ」
運命を信じていなかった佳さんも、運命に出会ってしまえば、信じるしかなくなった。目の前の愛らしい幼児が運命だと、認めざるを得なかった。
「一目で、分かったんですか?」
「和己が泣きながら警察で保護されていて、私を見た瞬間、泣き止んで涙でぐしゃぐしゃの顔で笑って、抱っこを求めたんだ」
天から光の矢が降ってきて、胸を貫いたような衝撃を受けたのだと表現する佳さんも、充分ロマンチストな気がしていた。
良いお話も聞いたし、砂場の屋根の完成も見届けたところで、私は佳さんに頼みたいことがあったのだと思い出す。真面目な顔で姿勢を正して、深々と頭を下げた。
「明日、着物を着るのを手伝ってもらえませんか?」
「構わないけれど……何かあるのかな?」
「津さんが、お師匠さんに私を紹介してくださるそうなんです」
両親は夜臼の跡継ぎとしてしか津さんを見ていなかったから、同年代のお子さんのいた居合の師匠が、津さんの親代わりのようだった。
「今度、久しぶりに夜臼に顔を出すって話やから、良かったら、蜜月さんを紹介させてくれへん?」
「い、いいんですか?」
「俺がお願いしてるんやけど」
世話になったお師匠さんに、自分で決めた相手と付き合っていることを話して安心させたい。そう言われて、断ることはできなかったし、とても光栄だったが、私はスーツ以外でまともな正装を持っていない。
津さんに相談すれば、着物を着ればいいとあっさり言われたのだ。
「来るのか、あのひとが」
「どんなひと、ですか?」
「気さくなひとだよ。私と似てると言われる。あっちも虎だし」
荒れていた時期の津さんを力づくで更生させて、居合を教えたというお師匠さん。佳さんと似ているのならば、ちょっと安心する。
親戚なのだから似ているのだろうが、津さんの今を形作ったひとである。和服で色っぽくて強いひとなのかと勝手に想像を巡らせていた。
翌日、そのひとはバイクでやってきた。
ナポレオンコートにバイク用のごついブーツ、背丈は津さんくらいあって、肩幅も胸もがっしりしている。
「夜臼晶いいます。どうぞ、よろしくお願いします」
金と茶色の混じる、いわゆる虎柄の色味の髪を高く括って、バイクを停めて頭を下げる動作は美しい。佳さんに着せてもらった着物でご挨拶をと玄関先に出ようとすると、津さんが手招きされる。
「物凄くええひと、見つけたやないの。美人で、優しそうで」
「あ、あの、瀬尾蜜月と申します」
「うちのことは、晶さんて呼んで? もう、この夢見がちの坊やに恋人ができるやなんて、思わへんかったから、うち、めっちゃ嬉しいわぁ。蜜月さん、この子をよろしくね」
なんというか、とてもパワフルな方です。
手を握られて、しっかりとお願いをされて、「こちらこそ」と言い返すことしかできなかった。
尖っていた時期の津さんも、このパワフルさに負けて丸くなったのだろうか。
「茉莉さんも久しぶりに会いたいて言うてはるから、お店の方に送ってくれるやろ、津?」
「もちろんやで。お師匠さん、相変わらずやな」
「うちはいつでもうちや……やけど、ちょっと気になることあったんよ」
それで茉莉さんに話をしたいという晶さんと私を乗せて、津さんはお店のビルに、保育園にお迎えに行っていた佳さんはお店で合流することになった。
話をするので事務所の方に行くのかと思えば、気の利く茉莉さんは、バーを貸し切りにして待っていてくれた。沈くんと和己くんのための幼児食も準備されている。
「まー、たらま」
「お帰りなさい、沈さん。お手手を洗ってご飯にしましょうね」
「んまっ! んまっ!」
「和己もお手手を洗おうな」
今日は佳さんが二人のお迎えに行ったので、沈くんはお店のドアを開けるとすぐに茉莉さんに飛び付いていく。手を洗って、和己くんが顔を突っ込むようにして晩御飯を食べているのに反して、沈くんは自分からはあまり手を出さない。お口に運んでもらえば食べるのだが、自分で食べようとしない沈くんに、普段の和己くんの食いしん坊を見ているだけに心配になる。
「沈くん、まだあまり食べないんですか?」
「食べたいものを指さしてくれることはあるんだけど、スプーンで食べるように保育園で教えてもらってから、挫折しちゃったみたいなのよ」
トイレトレーニングでは失敗して落ち込み、スプーンがうまく使えないことに今は悩んでいる。2歳児はあまりにも複雑だった。手づかみでバクバク食べている和己くんが眩しく見える。
和己くんは大らかでマイペースで、沈くんは繊細なのかもしれない。
「どこでこんなええひと探してきたのん?」
「沈と和己を売り払おうとするブローカー探しの事件で、蜜月さんは隔世遺伝で人間として暮らしてたのに、こっちの世界に踏み込む決意をしてくれたんや。子どもを見捨てたら、それの方が後悔するて」
「そうなんか……夜臼の名を持つうちからもお礼を言わせてください。うちの親戚を助けてくれて、津の側におってくれてありがとう」
感謝されて、私は挙動不審になってしまった。
津さんに愛されるなんて、私にとっては分不相応なのに、晶さんは当然のように私を認めてくれる。
「私でいいんでしょうか?」
「蜜月さんやないと、あかんのです。口が悪い思われるかもしれへんけど、夜臼には金目当てで子どもを売ったり、血統目当てで『見合い』をしたりする輩がたくさんおる。蜜月さんみたいなごく普通のひとにこそ、津は癒されるんやと思います」
保護者のようなひとから認められた。喜びに頬を染めていると、津さんの脇腹を晶さんが肘で突く。
「どないやって口説いたんや?」
「お師匠さんの旦那さんが言うてたやん。『胃袋を掴め』って」
「あぁ、うちの可愛いひとやな」
「それから口説いたけど、全然通じてへんで……」
その話になると、堪えきれないのか、佳さんが吹き出してしまう。
「見事な空回りっぷりだったぞ。獅子がハムスターの回し車を回してるようだった。告白しようとしてもスルーされるし、口説いても気付かれないし」
「ストレートに言えて、うちのひとは教えへんやったんやね」
けらけらと佳さんと二人で笑っている晶さんは、親戚だというのもあるが、確かに凄く雰囲気が似ている気がした。
「親戚って、関係的にはどの辺に当たるんですか?」
「津と佳の祖父の一番下の妹や」
「祖父……ふぇっ!?」
『ひとならざるもの』は死の直前まで老いることなく、全盛期の姿で生きる。聞いて知ってはいたが、まさかそんなに年上とは思わずに、私は奇妙な声を上げて驚愕してしまった。
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