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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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5.春の宵の勧誘

 『ひとならざるもの』になってから、私は完全に変わってしまった。自分ではよく分からないが、夜臼さんや志筑さんの目には、私の髪先に白い色が入ったように見えていると言う。それも同じ『ひとならざるもの』だから分かることで、他の普通の人間には前のままに見えているらしい。

 年齢についても、夜臼さんと志筑さんから聞いたところによると、35歳の私はもう結婚も恋愛も諦めて、生涯独身で年老いたらどこの老人ホームに入ろうかと考えていたのに、『ひとならざるもの』にしては非常に若い部類に入るという。


「子どもとまではいかへんけど、成人するかまだかくらいやと思うたらええよ」

「それじゃあ、夜臼さんはもっと年上なんですか?」


 二十代半ばくらいにしか見えない夜臼さんの年齢について聞けば、夜臼さんは苦笑する。


「成人くらいまでは人間と成長が変わらへんのや。その後に、全盛期の姿のまま長く生きて、死ぬ直前に急激に老いて死ぬのが『ひとならざるもの』や」


 若い時期が長く続いて、死ぬ直前の1、2年で急激に衰えて死ぬのが『ひとならざるもの』と説明されても実感がわかない。年の割には若く見えると言われていた私も、大鷲の姿になって、正式に人間を辞めて『ひとならざるもの』になってから若返ったように見える。鏡を見て自分でも違和感があるから、周囲はどうなのだろうと不安で、化粧を濃いめにして誤魔化している。


「これからどうするか、考えたの?」


 バー「茉莉花」にお邪魔して、志筑さんと夜臼さんに『ひとならざるもの』について説明してもらって、毎日教えてもらうのが日課となった春の宵。名前の分からないノンアルコールのカクテルを飲みながら、志筑さんの言葉を聞く。


「人間社会に溶け込んで生活してるひとたちも、もちろんいるのだけれど、年を取らないというのは隠しようがないから、住む場所や職を転々としたり、戸籍も『ひとならざるもの』専門の課があって、新しく作ってくれるのよ」

「仕事、辞めないといけないんですか?」

「今はええけど、10年後、20年後に蜜月さんがそのままの姿やと、周囲の認知にも歪みが出てくるんや」


 ある程度は『ひとならざるもの』の擬態でどうにかなるようだが、背中から夜臼さんや志筑さんには羽が見えていた私である、擬態は上手ではない。そもそも、擬態が自分でできているのかを確かめる方法がないのだ。

 鏡に映る私は、髪の毛先が白くなっている大鷲のカラーなのだが、擬態した私は以前と変わらない。擬態している状態が、夜臼さんや志筑さんのように生まれたときから『ひとならざるもの』として生きてきたひとには分かるようだが、私にはどうすれば擬態の状態を見られるのかが分からない。


「蜜月さんは目が良すぎるんや」


 その上、『千里眼』を使いこなせていないようで、夜臼さんは漆黒の獅子なので髪の色も目の色も黒で日本人に見えるが、志筑さんの擬態した姿も自然と見ぬいているようで、志筑さんがどうしても黒髪で黒い目に見えないのだ。


「志筑さんや、夜臼さんはどうされてるんですか?」


 長年同じ場所に住めないのならば、生まれたときから『ひとならざるもの』のお二人はどうしているのだろう。

 問い掛ければ、まず、志筑さんが答えてくれる。


「私は店自体に擬態をかけてて、『ひとならざるもの』専門にしてるし、周囲の人間とはあまり接触していないの」


 それでも、ずっとこの店にはいられないと志筑さんは思っているようだ。


「俺は『ひとならざるもの』の一族の当主やから、そういう家だと認識されてるみたいやな」


 『ひとならざるもの』初心者の私などは全然知らないが、夜臼という家は日本で代々続く『ひとならざるもの』の家系で、色んな国の色んな動物と掛け合わせたので、様々な種類の子どもが生まれるようになっていると教えてくれた。

 以前に拐われた茶色の塊のような幼児は、今は志筑さんの胸に抱っこされて眠っている。下ろすと怖がって泣くので抱っこしたまま仕事をしているのだが、それも志筑さんのお店なので許されるようだ。

 胸に張り付いた茶色の塊は、小さな可愛いフルーツバット……蝙蝠(こうもり)だったのだ。


「そういえば、もう一人の子は?」

「俺の妹が『こんな可愛い子は初めて見た』と喜んで育ててる」

「妹さん……」


 出会ってからまだ二週間も経たなくて、夜臼さんのこともよく知らないが、夜臼さんには妹さんがいる。親戚の子の虐待を疑って、家に押しかけたときに、連れ去るブローカーを見て、ワゴン車の前のランプに蹴りを入れて割ったという武勇伝持ちの妹さん。

 『ひとならざるもの』は私の「千里眼」のようにそれぞれ能力を持っているようなのだが、妹さんが持っているのは怪力なのかもしれない。


「それだけ強い妹さんに守られてたら安心ですね」

「せやな……『運命』とか言うてるから、逆光源氏計画やろかって怖いんやけど……」


 育てた子と結婚する。

 そういう物語がこの国の古典にあった気がする。

 寿命の長い『ひとならざるもの』の一族では、親子くらいの年齢差も気にならないのかもしれない。


「夜臼さんにも怖いものがあるんですね。妹さん、会ってみたいです」

「妹も会いたい言うてるねん。会わへんか?」


 軽い気持ちで口にしたのが、お家へのご招待になってしまった。

 顔が良い男は、招待もさりげなくスムーズにするようだ。

 ナンパされているようで気分が良いのは、ノンアルコールカクテルに雰囲気だけで酔ってしまったからかもしれない。


「私たち本業は別に持っているけれど、この店を拠点に、探偵のようなことをやっているの」

「探偵、ですか?」

「警察に『ひとならざるもの』専門の課はあるけれど、あまりあてにはならないのよね。それで、私たちで困りごとを解決しようって思ってね。今は、特に多いのよ」


 胸にへばり付く赤ん坊の蝙蝠を撫でながら、志筑さんは眉をしかめて痛ましい表情になる。

 その蝙蝠が売られたように、血統のために『ひとならざるもの』の子どもや、隔世遺伝で自覚のないものが売り買いされている。元締めを捕まえて警察に引き渡したいのだが、日本の警察組織自体が腐っていて、金品を受け取ってそれを見逃している可能性があるという。


「人手も、時間も足りないって、そういうことだったんですね」


 初対面で『ひとならざるもの』の自覚のない私にまで頼らなければいけないくらい、志筑さんと夜臼さんは切羽詰まっていた。


「蜜月さん、仕事を辞めることになったら、こっちで働いてくれたら良いのだけれど」

「ふぁ!? 無理ですよ!?」


 色気あるバーのママの志筑さんのように、ドレスを着て、化粧をして、髪を巻いて、夜の蝶になるなんて、無理すぎる。

 あまりに私が変な顔をしていたのだろう、夜臼さんがころころと笑いながら言葉を添える。


「このバーの上、探偵事務所になってるんや」

「あ、事務員……そうですよね! 私がバーで働けるわけないですもんね!」


 あー勘違いして恥ずかしい。

 事務員として誘われたのに、バーで綺麗なドレスを着て接客をするものだと勘違いしてしまった。


「酔っ払いの相手をさせたら、津さんに怒られちゃうわ」

「同じ『ひとならざるもの』の相手を探しに来る輩がいないとも限らへんからな」


 ここは人間社会に隠れている『ひとならざるもの』の出会いの場所でもあるらしい。それならば、尚更場違いだと、夜臼さんが怒ると志筑さんが言う理由も分かる気がした。


「お二人は本当にお似合いですよね。夜臼さんは、志筑さんがこの店で働くの、心配でしょう」

「え? 俺と、誰が?」

「やだぁ、私と津さんはそんなんじゃないわよ。どうしましょ、津さん、あれだけ口説いてるのに、気付かれてないわよ」


 声を上げて志筑さんに笑われてしまって、私は首を捻る。

 事務員として働いてほしいとそんなに熱心に夜臼さんが私を口説いていたのか。全然気付いていなかった。


「事務員、考えときます」


 私はまだまだ私を知らない。

 気が遠くなるような時間を、これから生きていかなければいけないことにも実感がない。

 『ひとならざるもの』の先輩である、夜臼さんと志筑さんに習わなければいけないことはまだたくさんあった。

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