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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
二章 私の気持ちと回る世界

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17.縁側の報告

 縁が丸くなっているビニールプールくらいの大きさの木の箱を組み立てて、佳さんが軽々と持ち上げた砂の袋の中身を、その箱の中に入れていく。ある程度中が砂で埋まると、満足そうに佳さんはお昼寝していた和己くんを起こしてきた。


「けー! おちゅなー!」

「そうだぞ、和己のための砂場だ」


 愛の力でDIY、佳さんは和己くんのために、日本庭園の木陰に砂場を作ってしまった。あまりのことに唖然として見ていた津さんは、文句を言おうとして、佳さんに睨まれて、何も言えないまま口を閉じる。

 桜に紅葉に椿の生垣と、美しく整えられた日本庭園に、突如現れる砂場。木の枠がシックなのだが、不似合いといえばその通りだった。

 大喜びで砂の中に飛び込もうとする和己くんを小脇に抱えて、先に着替えさせて、おやつを食べさせる。報告があったので茉莉さんも来ていたが、沈くんと和己くんは仲良く縁側に座って、砂場を指さしてよく分からない幼児語で話しながら、ジャムサンドを食べて、ミルクを飲んで、砂場に飛び込んで行った。

 まだ砂を口に入れてしまう年齢の和己くんなので、目は離せないが、ダイナミックにシャベルで砂を掘っている懸命さが可愛い。沈くんが持ってきたバケツに砂を入れようとしているが、まだ1歳と2歳の二人には難しく、なかなか入らないのも微笑ましい。

 保育園が休みの日、茉莉さんと佳さんに時間をとってもらって、私と津さんは報告をすることにした。


「津さんとお付き合いをすることになりました」

「蜜月さんも、俺のこと好きって言ってくれて、そうなったんや」


 二人で言えば、茉莉さんと佳さんが顔を見合わせる。


「ようやく通じたのね」

「良かったな、津。振られないように気を付けろよ」

「縁起の悪いこと言うなや!」


 茉莉さんと佳さんは、私の津さんに対する気持ちは知っていたはずだし、佳さんは津さんの私に対する気持ちも知っていたようだが、茉莉さんはどうだったのだろう。

 話をしている限りでは、知っていた感じがする。


「茉莉さんも、津さんの気持ち、知ってたんですか?」

「蜜月さんが全然気付かないから、空回ってるわねぇって見てたわ」

「本当に笑える空回りっぷりだったぞ」


 けらけらと笑っている佳さんも、苦笑している雰囲気の茉莉さんも、私たちがどうやって気持ちを伝えあったのかについて興味津々だった。


「どっちから告白したの?」

「津さんがしてくれたんですけど、私、びっくりしちゃって、全然お返事ができなくて、津さん、私に振られたと思って……」

「そしたら、蜜月さんが告白してくれて、俺、驚いてしもて」


 どちらも胸の中で悲鳴を上げるような、とてもロマンチックとは程遠い告白風景だった。詳細に話せば、「ぶふぉ!」と佳さんが吹き出し、茉莉さんが笑いを堪えて肩を震わせる。

 津さんが私のこと好きだなんて思わないから、仕方ないじゃないですか!


「ちらっとでも、教えてくれたらよかったのに……」

「恋って、他人に伝えてもらうものなの?」

「そうじゃないですけど」


 遠回りをした分だけ、津さんの色んな顔が見られたし、津さんと近くにいてその人柄をよく知ることができた。後悔はしていないけれど、全然気付いていなかったのは、申し訳なかったと思っている。


「じぇったー!」

「けー! けー!」


 砂場で遊ぶ二人は、なんとかバケツに砂を入れてひっくり返すことに成功したようだった。砂は零れて、固まってもいなかったが、和己くんと沈くんなりに満足して、佳さんと茉莉さんに見て欲しいと声をかけてくる。

 報告を聞き終えた二人は、砂場の可愛い子どもたちのところに行ってしまった。


「これからは、蜜月さんの部屋を訪ねてもいいか?」

「もちろんです……私、津さんの部屋に入ったことなかったですね」

「俺の部屋にも来て欲しい」


 気持ちが通じていないのに二人きりになるのは良くないと、津さんは配慮して、話をするときにはできるだけリビングでしてくれていたようだった。そういえば、道場で二人きりになったことも、事務所で二人きりになったこともあるけれど、私は一度も津さんを自分の部屋に入れていないし、津さんも私を自分の部屋に招くようなことはなかった。

 私を妙齢の女性として認識して、失礼のないようにこんなに大事にされていたのだと自覚すると、頬が熱くなる。


「津さんの配慮は……分かりづらいです」

「そうか?」

「でも、嬉しい……」


 強引なところがないのはちょっと寂しくもあるけれど、側にいて安心できるという点においては、津さんは完璧な紳士だった。触れてこようとしないし、下心を見せて二人きりになろうともしない。


「一つ、やってみたいことがあるんですけど……」

「なんでも、言うて?」


 言葉に甘えて、私は津さんに漆黒の獅子になってもらった。鬣のある頭を膝の上に乗せて、もふもふと撫でる。指で鬣を梳いて、耳の後ろを指で掻いて、頭を撫でていると、何とも言えない幸福感が溢れてくる。

 部屋はペット禁止だったので飼えなかったし、実家にいた頃もペットを飼ったことはなかった。公園の猫ちゃんは近寄ってくれなくなったし、夜臼邸に引っ越してから一度も猫に触っていない。


「ちょっと重いけど、幸せ……」

「蜜月さんが幸せやったらええけど……これ、膝枕やで?」

「ふぁ!?」


 砂場から佳さんと茉莉さんが、目を皿のようにして見ている。

 二人の見ている縁側で、獅子の姿とはいえ津さんを膝枕している。


「あー!? ごめんなさい!?」

「俺も幸せやからええけど」

「恥ずかしい! 見られちゃった!」

「見せつけたろ」


 どんと膝に頭を乗せたまま、津さんは動かず、恥ずかしくて砂場の方を見られないまま、私は無心で津さんの頭を撫でていた。

 私と津さんの関係は変わったが、仕事が変わるわけではない。

 出勤時間に事務所に津さんと車で来た私に、今日は全員での会議のために、佳さんと茉莉さんも集まっていた。和己くんと沈くんはキッズスペースでぬいぐるみを並べて遊んでいる。ぬいぐるみを寝かしつけているのか、和己くんは歌を歌って、沈くんがぬいぐるみのお腹をぽんぽんと叩いていた。


「あのひとの情報だと、組織は崩壊寸前だったみたいなの」


 『ひとならざるもの』の血統を守る名目で、交配させたり、将来子どもを作らせるために子どもを売り飛ばしていたりしていた組織は、世界中に広がっているが、日本の組織は分裂の危機にあった。

 崩壊を食い止めようと、できるだけ資金を稼いで、組織を建て直そうと焦った志築明人は、血迷って茉莉さんのところにやってきて捕まってしまった。茉莉さんを人質にして、私たち全員を捕えて売り払う計画だったようなのだが、思わぬところに『疫病』の能力を持った沈くんが伏兵としていたのだ。


「そうでなくても、俺らが簡単に捕まると思うたのが、奴の敗因や」

「私の憐れみを、自分への恋慕と誤解したこともね」


 組織に自ら飛び込み、闇の仕事に手を染めた志築明人を憐れみはしても、茉莉さんは愛したりしていない。恋をしたことがないと茉莉さんも言っていた気がするが、津さんのように運命を信じているのだろうか。


「ばらばらになって逃れている組織の人員も、雑な仕事をして、警察につかまりだしているようだし、そろそろ黒幕が現れてもおかしくはないということか」


 佳さんの日本舞踊のお教室の発表会で、生徒さんを攫おうとした組織の不埒ものの仕事も雑だった。そういう事件が続いて、警察も動いて組織の残った人員を捕え始めている。


「もう一度日本での闇の組織を構成し直すために、あのひとが言っていた教授という人物が出てくるかもしれない」


 最初から、私たちの敵は志築明人ではなく、その後ろで志築明人を操っている人物だったのだ。

 いつ招集がかかってもおかしくはない。

 沈くんや和己くんを売り飛ばそうとした組織に止めを刺せるのならば、私にできることは何でもするつもりだった。

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