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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
二章 私の気持ちと回る世界

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16.ロマンチックは家出した

 生まれてから35年間、恋愛にも結婚にも縁がなかった。

 私自身に劣等感があったというのもあるが、私のことを認めてくれて、人間として尊敬できる異性が側にいなかったというのが現実だ。背が高すぎるのも、肌の色が濃いのも、顔の彫りが深いのも、劣等感ばかりだった私を、掬い上げてくれたひと。

 テーブルを挟んで、アジフライと蒸し野菜とワカメスープに白米の晩御飯を食べている美形、夜臼津さんが、私を好きと言った。


「す、す、好きって……」

「一目惚れやった。初めて見たときから好きやった。俺の遠い親戚のために、『ひとならざるもの』の世界に入ってくれると決意した勇気に、ますます惚れた。一緒に暮らすのもチャンスやと思うたけど、蜜月さんのそのままが好きやったから、身の危険を感じへんように、我慢はしてた」


 情報量が多すぎて頭がパンクしそうなんですけど。

 ど、どういうことでしょう。

 初めて会ったときから、津さんは私のことが好きだったなんて、そんなこと全く気付いていなかった。


「し、知らなかった……」

「何度も、好きて言うたつもりやったんやけど、ずっとスルーされてるから、蜜月さんは俺の気持ちを受け取ってくれへんのやろうて思うてた」

「言いました!?」

「言うてたよ?」

「えぇ!? 聞いてない!?」


 二人してスープが冷めるのも構わずに、食事を中断して話し込んでしまう。

 好きと言われた覚えはないし、そんな態度を取られたかもしれないと私は勘違いしないように、必死になっていたのに、津さんは自分の気持ちを気付いてはいるけれど、私が流していたのだと思っている。


――それだけ蜜月さんが想ってくれるのは、幸せだと思うわ。だから、蜜月さんは、もう少し、津さんの言葉を聞いて、態度を見た方がいいんじゃないかな?


 ジャーマンシェパードの彼が両親に無理やり『お見合い』をさせられた事件の後、もし津さんがあんな目に遭っていたら私は無謀でも助けに入ってしまうかもしれないと茉莉さんに言ったとき、茉莉さんが答えた言葉。

 その言葉の意味が、じわじわと分かって来る。

 意識しないように、視界から外していたけれど、私は津さんに好かれていた。

 告白されていたのに、気付いていなかったなんて、私はなんて酷い女なんだろう。しかも、好きなひとにだ。


「津さんは、私が、好き……」

「好きやで」


 囁くように言ってから、津さんが箸を置いて俯く。


「こんなこと言うてしもたら、もう蜜月さんはここにおってくれへんやろうけど……でも、本気や。生涯に一度しか巡り合えない運命の相手が、目の前に現れたんやと思うたんや」


 初めて会ったとき、私も津さんに惹かれた。

 二人同じ気持ちだったのに、何を間違えて、こんなに遠回りしてしまったのだろう。

 津さんが美形で、日本でも有名な『ひとならざるもの』の家系で、居合道場の師範代で、私の手の届く相手ではないと、自分で勝手に思い込んでいただけ。

 誰を好きになっても自由なのだと何度も茉莉さんが言ってくれたように、津さんも自由な心で私を好きになってくれて、私も想うだけなら自由だと津さんを好きだと認めた。


「今まで通り、仕事に支障は出さへんし、普通に接するから、蜜月さんを好きなことだけは、許してな」


 あれ?

 待って、色々考えてる間に、私、津さんを振ってる感じになっていませんか?

 違うのだと私は椅子から立ち上がった。


「私、この通り、津さんより、背も高いし、隔世遺伝だから『ひとならざるもの』の子どもが産まれるか分からないし、子どもが産まれても肌の色も私に似てるかもしれないし……」

「子どものことまで考えてくれるんか!?」

「あ、気が早かった! えっと、で、でも、津さんとお付き合いをするって、そういうことじゃないんですか?」


 『ひとならざるもの』は血統のために子どもを作るビジネスがあるくらいなので、一足飛びで子どものことを考えてしまった。気が早すぎて恥ずかしい。

 そうじゃなくて、今私が言うべきことは、一つだけ。


「津さんが、初めて会ったときから、好きです」

「ほんまに、迷惑を……はぁ!?」

「好きなんです!」

「好き? 蜜月さんが、俺を?」


 今度は津さんの方が驚愕する番だった。

 津さん曰く、ずっと告白し続けていたけれど流され続けていたので、その話題には触れて欲しくない、自分には気がないと思っていたのに、私の告白である。

 驚いても仕方がないのだけれど、告白し合っているというのに、お互いにロマンチックの欠片もない。


「み、つきさん、抱き締めても、ええか?」

「は、はい。どんとこい、ですよ……あ、ご飯冷めちゃう! ご飯の後にしましょう」


 気持ちを確かめ合った私と津さんは、そこから先に進みたい気持ちはあったのだが、完全に冷めてしまった食事を片付けなければいけない。齧られたアジフライも、蒸し野菜も、冷めたワカメスープも、味がよく分からないままに食べて、二人でキッチンに並んで食器を片付けて、それから改めてリビングで向かい合う。


「抱き締めても?」

「ど、どうぞ」


 緩く両腕を開いた津さんの胸に、ぎゅっと引き寄せられた。温かくて、安心して、涙が出てきそうになる。

 津さんに恋人ができたら、この家は出て行かなければいけないと思い込んでいた。けれど、その津さんの恋人に、私がなった。

 好きという態度を取り続けてくれていたみたいだが、津さんは襲われかけた私に一度抱き付いたことがあるが、それ以外は、今日親戚から守るために肩を抱いたくらいで、強引に接触してくることはなかった。


「津さんの、紳士なところ、好きです」

「蜜月さんが俺を好きって分かったら、紳士でいられへんかもしれん。キスだってしたいし、その先も……」

「そ、それは、もうちょっと、待って……」


 恋愛経験のない私に、そういう経験があるはずがない。この年でおかしいと言われそうだけれど、津さんと出会うためだったのならば、それはそれでいい気がしてくる。


「実はな、俺……経験が、なくて」

「津さんも、ですか!?」

「蜜月さんもか!?」


 運命の相手だけを求めている。

 それ以外は相手にしない。

 ロマンチストな津さんは、私と同じく、恋愛経験がないと恥ずかし気に教えてくれた。美形だから慣れてそうとか、引く手数多だったんじゃないかとか、私の勝手な妄想を打ち消す言葉。


「そういうのは、好きなひとだけでええ。そういうもんやないんか?」

「私も、そう思います。同じですね」


 ぎゅっと津さんの背中に腕を回して笑って答えると、津さんも微笑んだ気がした。

 これ以上は幸せが溢れて零れそうなので、一度離れて、お茶を淹れてソファに座ってこれからのことを話す。


「茉莉さんと佳にも報告せなあかんな」

「茉莉さんは、気付いていたんでしょうか」

「佳は俺のこと、嘲笑ってたで。全然通じてへんて」


 こうなっては笑い話だが、そのときの津さんはつらかっただろう。私も相当悩んだし、津さんの側にいつまでいられるかを数える日々だった。


「他に好きなひとができたら……」

「誓ってもいい、できへん。蜜月さんが俺の運命なんやから」


 いつでも身を引くと伝えようとしたら、きっぱりと宣言された。こういうところも潔くてかっこいい。

 出会って半年、色んなことがあったけれど、津さんは初めから私を好きで、私も初めから津さんが好きだった。

 これが絵本ならばめでたしめでたしなのだろうが、まだまだ私には対面しなければいけない現実がたくさんある。

 志築明人の吐いた情報を元に、組織を壊滅に追いやらないといけないし、その後で出て来るであろう海外の組織も日本から追い払わなければいけない。話のスケールが大きくなっているが、することは事務所に通って、大鷲になって飛んで情報を元に拠点を探してと、いつも通りだ。

 今までと違うのは、津さんが私の恋人になること。


「恋人、ですよね?」

「恋人や。恋人でええよな?」


 若干不安になってお互いに聞いてしまうのは、まだ恋愛も初心者なので仕方がないこと。

 明日、佳さんと茉莉さんに、二人で報告しようと話して、その日はお風呂に入って眠ったが、津さんと付き合うのだという実感がじわじわとわいてきて、心臓が煩くて、なかなか眠りにつけなかった。

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