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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
二章 私の気持ちと回る世界

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15.突然の告白

 涙が止まらない私と、なんとか目が開けられるようになった津さんを、茉莉さんが車で夜臼邸まで送ってくれた。


「『ひとならざるもの』は回復が早いから、大したことないで。平気や」

「毒や劇薬だったら、津さんの目が見えなくなってたり、副作用があったかもしれないんですよ」

「そういうのは手に入りにくいし、毒も効きにくいんや。そんなに泣かんといて」


 被害を受けた本人に慰められているという状況だが、私の涙は止まらなくて、着替えた後でリビングのソファに座った私に茉莉さんが暖かなお茶を淹れてくれた。

 泣きながらお茶を飲むって難しい。鼻水で息ができなくなるし、しゃくりあげるから気管に入りそうになる。

 湯呑を持っているだけで飲むことができない私の背中を、沈くんが小さな手でよしよしと撫でてくれていた。


「情けないところ見せてしもたし、こんなに心配かけてしもて、全然楽しくなかったやろ、ごめんな」

「津さんが、謝ることじゃないです」


 悪いのは佳さんの生徒さんを連れ去ろうとした不埒ものだし、津さんはそれを助けようとして間に入っただけで、なんの罪もない。人助けをしたと感謝されてもいいはずなのだ。

 私が泣いているというだけで、津さんが申し訳なさそうな顔をするのは何か違う気がして、必死に涙をハンドタオルで拭く。なんでこんなに泣けるのか、自分でも分からなかった。

 気が強いというか、意地っ張りで頑固だったので、私はあまり泣いているところを他人に見せたことがない。自分の姿がこの国では奇異に見られることも理解していたし、それに関して何か言われても、堂々とした態度で生きて来た。

 法律事務所でも「外国人を雇っているのか」と言われたことがあるが、きっちりと自分が日本国籍の日本人であることを告げたし、何より外国人を雇うことが悪いはずもないと言い返していた。

 その反面、産まれてくる子どもが自分に似た容貌かもしれないと考えるだけで、結婚にも恋愛にも消極的になっていたのは間違いない。

 コンプレックスでしかなかった容姿を、美しいと言ってくれるひと。綺麗だと称賛してくれるひと。生き方を褒めてくれるひと。

 こんな風に認められたのは、津さんと出会ってから。『ひとならざるもの』の世界に足を踏み入れることは恐怖ではあったが、どうしようもない事情があって、時間も選択肢もなかった。あの状況で正しい判断ができたからこそ、今の状態があるのだと分かっている。


「組織のボスが捕えられて、組織の部下が暴走してる感じがするわね」

「あまりにも雑やったもんなぁ」


 夜臼の日本舞踊の先生である佳さんが主宰する発表会で、誘拐を企むなど、津さんと茉莉さんに捕まえて欲しいと言っているようなものだ。それだけ組織は、早く『ひとならざるもの』の商品を揃えて売り払い、当面の資金を得なければならないくらい、追い詰められているのかもしれない。

 それが茉莉さんの見解だった。


「今仕掛ければ、組織を潰せるかもしれないけれど……」


 潰せるのは日本の組織だけで、それを陰で操る海外の組織を引きずり出す結果になる可能性がある。

 茉莉さんの言葉に、津さんがまだ目が痛むのか、目をしぱしぱさせながら、ティッシュで鼻をかんで、不敵な笑みを見せる。


「思う壺やないか。出て来てもらおうやないか」

「津さんったら、怒りで我を忘れちゃだめよ?」

「蜜月さんとのお出かけを邪魔されたんや、腹も立つわ。その上、蜜月さんは泣かせてしもたし」


 好戦的な津さんも格好いいのだけれど、今日は安静にしていて欲しい。まだ鼻水も出るみたいだし、目も開いて見えているが、瞬きの回数が多い気がする。


「今日はご飯は私が作ります。津さんはゆっくり休んでいてください。仕事の話は、今日じゃなくてもいいでしょう?」

「そうね。津さん、お大事に」

「みぃた……」

「大丈夫よ。ありがとう、沈くん」


 抱っこされて私を見上げる沈くんにまで、心配をかけてしまったようだ。茉莉さんが帰って行って、私は津さんの座るソファの周りに物を集めた。

 ティッシュの箱、ゴミ箱、タオル、テレビのリモコン、津さんの携帯電話、摘まめるお菓子、お茶の入ったポット……。


「重病人みたいにせんといて。ほんまに平気や」

「心配だから、じっとしておいてください」


 ついでにミネラルウォーターのペットボトルも置いて、私はキッチンに立った。冷蔵庫の中を覗くと、アジがパン粉付けまでされて下処理だれたものが入っていた。


「津さん、今日、アジフライのつもりでした?」

「そうやで。和己には、肉団子スープや」


 まだ奥歯が生えていない和己くんだが、食欲は旺盛なので、離乳食は終わっていて、硬くないものは食べられるが、アジフライはまだ早い。大人用にはワカメスープにして、和己くんには準備されていたアジのすり身の肉団子を入れて同じスープで煮込む。

 お米を研いで、炊飯器でご飯を炊く。

 蒸し野菜は和己くんには柔らかめにして、細かく切って、大人用はそのままポン酢で食べられるようにする。アジフライを揚げるために油の温度を調節していると、佳さんが帰って来た。


「うちの生徒から聞いたけど、津、大変だったみたいだな」

「あいちゃ?」


 痛いのかと和己くんに聞かれて、津さんが苦笑している。


「催涙スプレーを噴射されたんや。目が開かんで、鼻水も出るし、めちゃくちゃ情けないとこを蜜月さんに見せてもた」

「普段から情けないから、変わらないだろう」

「奮闘した兄に辛辣やな!」


 いつもの調子で話している様子にほっとする。

 津さんも元気が出て来たみたいだ。


「今後のことは後日話そうと茉莉さんが言っていた。警察で、あいつも吐き始めてるみたいだぞ」


 警察の尋問に答え始めたという都築明人。その情報から組織の拠点が知られる前に、高跳びしようとブローカーたちは佳さんの生徒さんを攫う計画を立てたのかもしれない。


「んまっ! みぃ、んまっ!」


 考えている間に脚元に来ていた和己くんが、熱意ある眼差しで調理台を見つめている。色々あったしお腹が空いたのだろう。晩ご飯を一生懸命1歳児なりに催促してくる。


「和己くんの分、先に出しますけど、佳さんもご飯先にしちゃいます?」

「そうだな、着替えて来る」


 部屋に着替えに行った佳さんがリビングに戻るまでに、佳さんの分のアジフライは揚げてしまって、和己くんの分の晩御飯と一緒にリビングのテーブルに並べる。

 お腹を空かせていた和己くんは、自ら子ども用の椅子によじ登って座り、一生懸命手を合わせて「いただきます」の動作をして、食べる準備に入っていた。

 着替えて化粧も落とした佳さんが戻ってきて、和己くんはようやく晩ご飯にあり付く。早めの晩御飯を食べてしまうと、佳さんは眠くなった和己くんをお風呂に入れて、部屋に寝かせに連れて行った。

 晩ご飯の準備をして、津さんと二人きりで食事をする。


「アジフライ、レモンかけちゃいますね」

「あ、ありがとな」

「ちゃんと見えますか?」

「平気やって言うてるやろ」


 細々と世話を焼きながら、津さんと食事をするのは楽しかった。もう私の涙は止まっていたし、津さんもかなり回復したようだった。


「今日は、格好悪いところばかり見せてしもて……」

「全然かっこ悪くないですよ。生徒さんを守った津さんはかっこいいです」


 落ち込みそうな津さんに、私は何度でも言うつもりだった。

 いつだって津さんはかっこいい。自分を盾にして生徒さんを庇った姿は、本当に凛々しかった。


「蜜月さんに誘ってもらえて、浮かれてたんやろか」

「私の方こそ……」


 浮かれていたのは私の方なのに、津さんは不思議なことを言う。

 会場でも、私のことを夜臼の親戚の前で恋人のように扱っていた。


「ええひとやろって……馬に蹴られたくなかったらって……津さん、あれは、どういう意味だったんですか?」


 さくりとアジフライを齧って咀嚼して飲み込んで、落ち着いて問いかけた私に、津さんの黒い目が真剣な色を宿す。


「俺にとっては、蜜月さんは大事なおひとってことや」

「大事な、同僚ですもんね」

「そうやなくて」


 静かに、それでいて力強く、津さんが私の言葉を否定した。


「俺は、蜜月さんが、好きなんや!」


 好き。

 どういう意味だったっけ?

 言葉の意味を忘れるくらい動揺してしまった。


「ど、同僚ですし、友達ですし?」

「分かってるやろ? 俺も男や。一人の男として、蜜月さんが好きなんや」


 ふぁー!?

 好きー!?

 私は津さんを好きだが、津さんが私を好きという想定はなかった。

 ぽろりとアジフライが箸から落ちて、皿の上に転がった。

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