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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
二章 私の気持ちと回る世界

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14.発表会の後で

 日本舞踊の教室で和服で練習の準備をしている生徒さんや、佳さんを見たことはあるが、踊るところは見たことがない。発表会は小さな会場を貸し切って行われるため、その日は佳さんは和己くんをずっと小鳥の姿で頭の上に乗せていた。

 準備に追われる佳さんの頭の上で、羽を繕って、和己くんが寛いでいる。


「踊る間は和己くんのことは……」

「茉莉さんも来てくれるというから、沈と遊んでおけるように頼んでいるよ。蜜月さんは津に集中してやってくれ」

「津さんに、集中……」


 集中したら意識して、妙なことをしてしまいそうな気がするんですけど!

 そんな心の叫びが聞こえるわけもなく、佳さんは私の着物の帯を結んで、慌ただしく出かけて行った。

 発表会は生徒さんたちの上達ぶりを披露するもので、一般のお客さんも拒んではいないが、ほとんどが身内が見に来るのだという。時間には早かったけれど、津さんの様子を見に行くと、お揃いの着物を着ていた。

 ショールの必要な時期ではないので、羽のような模様の美しいショールは使えないけれど、お揃いの着物だけでも気持ちが浮き上がる。


「津さんは佳さんの発表会、見に行ったこと、ありますか?」

「見に行ったどころか、参加させられたことがあるわ」

「え? 津さんも踊れるんですか?」


 驚きはしたものの、夜臼の家が代々日本舞踊と居合を継承しているというのを聞けば、どちらもできるというのは、納得だった。


「佳も居合できるんやけど……あいつ、力が入りすぎて、刀折りよったんや」


 津さんの師匠から、佳さんは居合の才能はないと断じられた。その代わりに日本舞踊の才能があったので、自然と津さんが居合道場を、佳さんが日本舞踊の教室を継ぐことが決まったのだという。


「どっちもできるんですね」

「佳も、今は加減ができるやろうけどな」


 昔は『怪力』の能力の加減ができなかった佳さん。折れて天井に刺さった刀を抜くのは大変だったと津さんの笑いは、引き攣っていた。


「あのひとがボスだった組織が仕掛けてくるかもしれないと、茉莉さんは言っていました」

「そのときには助けに入るけど、今は、二人だけで楽しまへん?」


 綺麗な津さんの顔が花が咲くように微笑んで、私は固まってしまう。

 デートなのだ。これは純然たるデートで、それも誘ったのは私の方なのだ。

 急に恥ずかしくなって、耳が熱くなってくる。肌の色が濃いので、赤面しても目立たないのが唯一の救いだった。


「津さん……あの……」


――あの家は古い家ですよ。そこに嫁に入るということは、夜臼の当主を支える存在にならないといけないということ。隔世遺伝のあなたには、少し荷が重いのではないですか?


 何を私は口走ろうとしていたのか。

 耳に反響した志築明人の声に、自分の気持ちが揺らぐのを感じた。

 私は、津さんと結婚したいなんて、大それた気持ちは持っていない。けれど、私は津さんが好きだ。

 好きという気持ちが溢れそうになって、必死に蓋をするのに、どうしても隠しきれていない気がする。


「車を出すから、蜜月さん、助手席に乗ってや?」

「え、はい」


 一時期意識しすぎて後部座席に乗ったり、迷走していたのを、津さんは気にしているようだった。

 会場に行ってから、私は自分の迂闊さに気付くことになる。

 佳さんの教室なのだから、夜臼の関係者が来ていることは予測できたはずなのに、デートに浮かれて、すっかりと頭からそのことが消えていた。


「立派な体格のお方で」

「この腰やったら、丈夫な赤さん産めそうやなぁ」

「ご当主もええひと選らばはったみたいで」


 お揃いの着物を着て、二人で出歩いているのだ、誤解されても仕方がない。違うのだと声を上げる前に、津さんが私の肩を抱いた。


「ほんまに、ええひとやろ? 馬に蹴られたくなかったら、さっさと視界から消えてくれはります?」


 その言い方、誤解を助長しますよ!?

 いいんですか!?

 津さんに睨まれて、夜臼の関係者が散っていくのを見て、私は恐る恐る津さんに問いかけた。


「良かったんですか?」

「良いも何も、蜜月さんがええひとなんは、ほんまやろ?」

「そういう意味……も、もう、津さんったら!」


 期待して慌てた私が馬鹿だった。

 煩い親戚を追い払うために、津さんは方便を使ったのだ。

 それが真実でないとしても、私の心臓はどきどきと高鳴っていた。居合道場で刀を握る、しっかりと皮の厚い手が、私の肩を抱いた。


「佳にセクハラやって怒られてまうわ。急に失礼なことしてもて、ごめんな?」

「い、いえ、追い払う、ため、ですからね」

「そうやなくて、俺は……」


 その言葉の続きを聞くまでもなく、和己くんが足元にくっ付いてきた。よく見れば、発表会の会場のドアの後ろから、茉莉さんがじっとこちらを見ている。


「みぃ!」

「み、見てたんですか!?」

「助けが必要かもしれないと思ったんだけれど、平気だったみたいね」


 助けてくれようとしたのは嬉しいけれど、茉莉さんには何もかもお見通しな気がして、私は俯いて会場に入った。

 三味線と御唄に合わせて、生徒さんたちが踊りを披露していく。独特のすり足と、静かな動きでの首や手の所作は、とても美しく感じられた。

 これを津さんも踊っていたのかと思うと、見てみたい気がする。

 最後に佳さんが扇を持って踊る。

 凛とした姿に見惚れていると、いつの間にか膝の上に乗って座っていた和己くんが、佳さんを指さして、「けー! けー!」と騒ぎだした。

 最後まで見たかったけれど、和己くんを落ち着かせるために一度会場の外に出ると、津さんも付いてきてくれる。


「やぁ! けー!」

「佳さんは踊ってる最中なの。静かにしてないとダメなのよ?」

「けー! けー!」

「和己くんったら、佳さんが大好きね」


 宥めるどころか、更に興奮させてしまった和己くんを抱っこしてあやそうとすると、茉莉さんと沈くんもロビーに出て来る。


「着付けが崩れるわよ」

「あ、ありがとうございます」


 茉莉さんが和己くんを抱っこして「良い子ね。佳さんが見えたのね」と話しかけると、和己くんも「けー!」と元気よく答えていた。足元で沈くんは茉莉さんのパンツの裾を摘まんでいる。

 落ち着いてきたので、会場に戻ろうとしたら、もう演目は終わっていた。拍手が鳴りやんで、アナウンスが流れて、お開きになる。


「帰ろか」

「津さんの踊りも、いつか見てみたいです」

「せやなぁ、機会があったらな」


 和己くんを佳さんのところに返しに行った茉莉さんと別れて、駐車場の方に行くと、騒ぎが起きている気配がした。舞台裏から出て来た生徒さんを、車に押し込もうとしている連中がいる。


「蜜月さん、ここにおって」

「津さん!?」


 不埒ものを蹴散らそうとして走り込んだ津さんだが、何かスプレーのようなものを吹きかけられて、顔を押さえていた。慌てて私は大鷲の姿になって、スプレーを吹きかけた相手の顎に飛び付いて蹴りを入れる。

 咳き込みながらも、津さんが生徒さんを背中に庇っている間に、車に乗り込んで不埒ものたちは逃げてしまった。


「ぜんいん、ぶじか……?」

「誰も攫われてません。津さんは?」

「目と鼻が……」


 『嗅覚』の能力を持っているだけに、津さんは嗅覚が鋭い。そこを突いての催涙スプレーか何かでの攻撃は、あまりにも有効過ぎた。

 綺麗な顔が、鼻水と涙でぐしゃぐしゃだ。許せない。私は逃げて行った不埒ものたちに殺意を覚える。


「蜜月さん、大丈夫!?」

「私も生徒さんも平気ですけど、津さんが!」

「スプレーを噴射されたんや……目と鼻がやられとる」


 催涙スプレーを吹きかけられたらどうすればいいかなんて、私は知らない。慌てる私に、茉莉さんが津さんをお手洗いに連れ込んだ。女性用のお手洗いだったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 助けられた生徒さんが、「ここ、緊急で手当てのために使っています」とドアの前に立っていてくれるのがありがたい。


「触っちゃだめよ。水で洗い流して」

「津さん、分かりますか?」

「催涙スプレーは触ると催涙物質が皮膚の細胞に入り込むから、流水で流すのよ」


 着物が濡れるのも構わず、津さんの顔を洗面所に突っ込ませて、流水で洗い流す。髪も私の着物も、びしょびしょになってしまったが、そんなことを気にしている場合ではない。

 しばらく水で流していると、津さんが自分で顔を上げた。白い肌が赤く腫れている気がするが、相変わらず美形だ。


「かなりマシになったけど……なんや、せっかくのデートやのに、情けない姿みせてしもて……」

「良かったです。津さん、良かった」


 目も鼻も無事なようだ。

 ちゃんと津さんの目が開いていること、鼻も赤くなっているがちゃんと機能していることを確かめると、私はほっとして泣いてしまった。

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