13.事件の後先
警察に捕えられた志築明人は、高熱の中で尋問を受けている。医者の話では、こんな病気は初めて見たと、治療法も探せずに、そのままの状態で尋問をするしかないという。
報告を聞きながら、分からないことはその都度聞いてと言われているので、私は茉莉さんに問いかける。
「『疫病』の能力ってなんですか?」
「蜜月さんは知らないわよね。私たちだけで話を進めてごめんなさいね」
「いえ、蝙蝠には人間にうつる病気を持っていることが多いから、触っちゃダメって小学生のとき言われたのを思い出したんですけど」
「そうなのよ。蝙蝠特有の能力で、相手に現代では治療法の確立されてない病気をうつす能力なの。それを沈さんが持っているとは思わなかったけれど、そのせいで高値で売られたのかもしれないわ」
蝙蝠の中でも一部しかその能力は持っていないのだと、茉莉さんは説明してくれた。
志築明人に噛み付いた沈くんは、迅速にバーのお手洗いに連れて行かれて、うがいをして、口も拭かれていた。高熱を出した志築明人に目もくれず、沈くんの口の方を心配する茉莉さんが、あのひとを愛していたはずがない。
「酷いナルシストの勘違い男でしたね」
「昔はもっと優しいひとだったのだけれどね。組織で地位を得て、変わってしまったのでしょうね」
専門的な治療と引き換えに、情報を吐かせている警察には、その病気が『ひとならざるもの』の能力のせいなので、うつらないことは伝えてある。
小さいながらに、必死に茉莉さんを守った沈くん。
佳さんが小さな和己くんに運命を感じたように、沈くんはもしかすると茉莉さんに運命を感じているのではないかと思わずにはいられない。茉莉さんの方も、沈くんに対する態度は明らかに優しく柔らかい。
親子ほどの年の差があっても『ひとならざるもの』ならば、長く生きるのであまり関係ないのだと佳さんの話で知っている。茉莉さんの心を癒す沈くんが、いつか茉莉さんとロマンスがあったりしたら良いのにと思う私は、それなりに『ひとならざるもの』に染まって来たのかもしれない。
「血清を作るために、沈さんが協力しなければいけないかもしれないわ」
「やぁや……」
「そうよね、あのナルシスト男のために血を抜かれたりするのは嫌よね」
「まー……やぁ……」
「全部吐いて、情報を搾り取れるだけ搾り取ったら、恩情をかけてやらないこともないわね。沈さん、そのときはお願いできる?」
「うー……」
血清のために血を抜くということは、注射をするということである。怖がって涙目になっている沈くんの気持ちも分かる。
優しく茉莉さんに諭されて、最後には沈くんは涙目で震えながらこっくりと頷いていた。
『超音波』の能力があるために、いつも大きな声を出さずに囁くように喋る沈くん。穏やかな茉莉さんの物言いと、囁くような可愛い声との会話は、聞いていて耳に心地いい。
「尋問にはしばらくかかるみたいやから、それからやな」
「あれはトカゲの尻尾に過ぎないかもしれない」
日本での組織のボスだとしても、世界的には全く認められていなかったのかもしれない、志築明人。彼がどれだけの情報を持っているのか、吐き出させるのは警察の仕事だった。私たちは報告を待つだけ。
「後ろにもっと大きな組織が控えてそうなのよね」
「組織のボスが捕まっただけで、組織自体は解体できてへんし、次の頭にすげかえるだけかもしれへん」
暴走し始めていた志築明人は、組織にとっても邪魔だった可能性がある。頭を切ってしまって、次のボスにすげかえるというのも充分あり得る話だと津さんと茉莉さんは言っている。
真面目な話し合いが終わって、仕事に戻ろうとする津さんの袖を、私は摘まんだ。頭に眠っている小鳥の姿の和己くんを乗せた佳さんと、お膝に沈くんを抱っこして慰めている茉莉さんの視線が痛い。
でも、ここで言わなければ、言えないような気がするのだ。
「佳さんのお教室の発表会に、行きませんか?」
「俺を、誘うてくれるん?」
「い、忙しいならいいんです。私の修行に付き合ってくださった生徒さんも出るみたいだし」
「嬉しいわぁ。喜んで行かせてもらうわ」
成功しました!
思わず佳さんと茉莉さんを振り返ると、佳さんは深く頷いていて、茉莉さんは拍手をしてくれている。視線を戻すと、なぜか津さんもガッツポーズをしていた。
なんでガッツポーズ?
よく分からないけれど、喜んではもらえたようだ。
仕事を抜け出してきていた津さんと佳さんは仕事に戻って、私は事務所に残って書類仕事をしつつ、キッズスペースで遊んでいる和己くんと沈くんを見ていた。
今回の志築明人の逮捕で、日本での『ひとならざるもの』を売買する組織の動きが変わってくるはずだ。次の動きを予測して、茉莉さんは情報収集を行っている。
「デートの邪魔をするつもりはないのだけれど、仕掛けてくるかもしれないわよ」
「仕掛けてくるって……どういうことですか?」
「佳さんのお教室の発表会、『ひとならざるもの』がたくさん出るでしょう?」
それに私も行くし、津さんも行く。
一般客に混じって、組織の『ひとならざるもの』が入り込んできて、発表会で誘拐事件が起きるかもしれない。そのことを茉莉さんは心配しているようだった。
「佳さんも津さんもいますし、大丈夫……だと思いたいですけど」
「警戒のために、私も行った方が良さそうね。デートの邪魔をしてごめんなさいね」
一番近い『ひとならざるもの』の集まる場所が発表会だから、志築明人を失った組織がどう動くか分からない以上、茉莉さんが出て来てくれるのは心強い。
「あのひとは、これからどうなるんですか?」
「今までの罪状を問われて、『ひとならざるもの』専門の刑務所に入れられるでしょうけど……」
どこか歯切れの悪い茉莉さんの気持ちは、私にも分かる気がした。
私はよく知らないが、志築明人は茉莉さんと同じ一族で、『ひとならざるもの』の能力も持っているのだろう。脱獄しないとは言い切れない。
「あのひとの能力はなんなんですか?」
「『魅了』と『遠吠え』よ」
「『魅了』って……相手に好意を持たせる、あれですか?」
「そうね。自分の能力に過信してあんなナルシストになってしまったのでしょうけれど、心をしっかり持っている人物に、『魅了』は効かないの。蜜月さんも、津さん以外に心動かされることなんてないでしょう?」
その通りだったので、素直に頷くと茉莉さんは眉を下げる。
「誰もがそうじゃないから、面倒なんだけれどね。『遠吠え』は遠くからでも仲間を呼び寄せる能力ね。私も持ってるわ」
『遠吠え』に関しては、茉莉さんの一族はみんな持っていると教えてくれた。厄介なのは『魅了』だ。訓練された看守でも、長い時間をかけて『魅了』の能力をかけられると、志築明人を逃がしてしまうかもしれない。
「『疫病』治さない方が良いかもしれないわね、沈さんが痛い思いをすることなんてないんだし」
「まー?」
「注射嫌よね?」
「やぁ」
キッズスペースで遊んでいた沈くんが、呼ばれてぽてぽてと茉莉さんのお膝に上がって来る。ぎゅっと胸に抱き付く様子は、幼く可愛いが、この子が『超音波』に『疫病』という能力を持っているなんて信じられない。
「沈さんが怖い?」
「みぃた?」
「怖い? 怖くないですよ。とても可愛いです」
「良かった……蝙蝠は嫌われることが多いから」
能力は『疫病』と少し怖い気がするが、これだけ大人しい沈くんが、誰にでも見境なく能力を使うとは思えない。『超音波』の能力すら、必死に大きな声を出さずに、自制できているのだ。
「2歳なのに、沈くんは凄いと思います。私の先輩です」
今年の春先に『ひとならざるもの』に覚醒してから、今は秋で、私は『ひとならざるもの』として半年くらいしかまだ生きていないことになる。それに比べれば、2歳の沈くんは、生まれたときから『ひとならざるもの』で、自分の能力をきっちりと制御できる力もあるので、私にとっては先輩だった。
「発表会、なにもないと良いのだけれど」
茉莉さんの呟きに、私も津さんとのデートだと浮かれずに、警戒しなければと思った。
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