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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
二章 私の気持ちと回る世界

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11.同窓会の後で

 バーの冷房で、暑さでかいた汗が引いていく。この肌の色に合うファンデーションを見つける方が大変だから、私はリップグロスくらいしか化粧はしていなかった。仕事のときもすっぴんだが、肌の色が濃いのと顔の彫りが深いので、指摘されたことはない。


「蜜月さん、綺麗やなぁ。こんな美人さんと飲めるやなんて、役得やわぁ」

「ソフトドリンクですけどね」


 特にお酒を飲む習慣のない私は、津さんが運転で飲めないのに飲む必要はないと、ノンアルコールのカクテルを頼んでいた。

 それにしても、美形というのは息を吸うように誉め言葉が出て来るものだ。感心してしまう。

 店には常連のお客さんは来ているが、みんなそれぞれに距離をとって、静かに飲んでいる。

 シャンパンに似た気泡のあるノンアルコールカクテルのグラスを、津さんのものとカチンと合わせて、喉を潤した。


「お腹空いちゃった……」

「食べてへんの?」

「お料理取る前に、友達に捕まっちゃって」


 ビュッフェ形式だったが、その後はハスキー犬の男性に絡まれて、食べる暇がなかった。飲み物もろくに口にしていないと、ノンアルコールカクテルを飲んでようやく気付いた。


「帰ってご飯作ろか?」

「車で送ってもらって、ご飯まで作ってもらうなんて、してもらいすぎです」

「俺のご飯、美味しいて食べてくれるやん?」


 確かに津さんのご飯は美味しいのだが、甘えすぎている気がして、自分でできるときは自分でするし、食事は当番制にしてもらった。今日の当番は私ではないが、外食をすると言って家を出てきたのだから、作ってもらう権利はないはずだ。

 そう口に出そうとして、津さんを見ると、なんだか距離が近いような気がする。そんなに綺麗な顔が近くにあると、意識してしまう。


「蜜月さん、俺がこの着物を着た理由、ほんまに分からへんの?」

「着たかったから、じゃないんですか?」

「着たかったからには違いないけど、牽制するためや」

「牽制……」


 牽制ってどういう意味だっただろう。

 至近距離から言われて、私は言葉の意味もあやふやになるくらい動揺していた。

 同級生に『ひとならざるもの』がいるかもしれないと思って、そういうひとに絡まれたときに助けに入るために……助けに入るためになんでお揃いの着物が必要なんだろう。

 考えても分からなくて混乱する私に、茉莉さんが近付いてくる。


「津さん、近過ぎよ。お邪魔じゃなければご一緒してもよろしいかしら?」


 光沢のあるドレスを着た茉莉さんは、相変わらずゴージャスな美女だった。


「ど、どうぞ」


 異存はなかったので私の隣りの席を示すと、茉莉さんはグラスを持って隣りに座ってくれた。訳の分からない気まずい雰囲気が壊れて、私はほっとする。


「同窓会だったのですって? 私はもう行けないから、蜜月さんには楽しんで欲しかったのだけれど、そうではなかったようね」

「色々あったけど、津さんが助けてくれました。茉莉さんは、もう行けないって……」

「私も、津さんも、佳さんも、普通の人間に混じって学校に通っていたのよ」


 そうか。

 全く考えが及ばなかったけれど、『ひとならざるもの』専門の学校はないようで、茉莉さんも津さんも佳さんも、一般の人間の学校に通った。津さんはまだ28歳だと言っていたから年齢と外見がそれほど乖離していないが、津さんが15歳のときに既に成人していたという茉莉さんは、外見と年齢が離れてしまっているのかもしれない。

 人間の中で暮らすということは、そういうことなのだ。一定期間で関係をリセットしなくてはいけない。

 子どもが産まれたとか、すっかりおばさんになったとか話していた同級生とも、私の生きる時間はもう違ってしまっている。

 実感すると寂しさのようなものが胸にわいて、グラスを持って俯く私に、津さんが茉莉さんに説明していた。


「蜜月さんの同級生に、『ひとならざるもの』がおったんや」

「蜜月さんに声をかけてきたのね……」

「大鷲とは分からへんかったけど、大型の猛禽類やと思って、捕まえたろって思うたんやろな」


 二人の話を聞いていると、腕を掴まれた感触を思い出して、ぞっとしてグラスを置いて腕を摩る。指先の震えに気付かないほど、茉莉さんは鈍感な人間ではなかった。


「良い同窓会にはならなかったのね」

「津さんが、助けてくれて、ここに連れて来てくれたから……」

「着物、とても素敵よ」


 褒められて、私は茉莉さんの水色の目を見た。

 茉莉さんには、何でも聞いてもらえる気になってしまう。


「佳さんが着物の着付けを教えてくれて、暇なときは練習してたんです。裾をちょっと斜め上に上げるとか、背中の線を真っすぐにするとか、横のずれがないようにするとか、最初はすごく難しくてややこしくて、絶対無理だって思ったんですけど」

「頑張ったのね」

「そうなんです。お太鼓の作り帯なら自分で着られるようになって……」


 努力した。

 それが簡単に壊されてしまって、なんのための努力だったんだろうと、疲れのような、諦めのような、悲しみのような、複雑な感情を噛み締めていたら、津さんがここに連れて来てくれた。

 津さんが綺麗だと言ってくれて、茉莉さんも素敵だと言ってくれて、嬉しかった。


「津さん……また、どこかに連れて行ってくれますか?」


 ハスキー犬の男性に引きずられそうになっていた場面で、颯爽と現れてくれた津さんは格好良くて、惚れ惚れした。助かった安堵感がすごかった。

 こんなに強くて優しいひとが私を守ってくれている。

 甘えてしまいなさいという、茉莉さんの言葉が頭を過る。

 ノンアルコールカクテルと雰囲気に酔ったのか、大胆なことを口にしてしまった私に、茉莉さんはにこにことしながら事の成り行きを見守ってくれている。


「光栄やな。どこにでも連れて行ったるで」


 笑顔で津さんが答えてくれて、私は嬉しくて浮かれてしまった。

 帰ったら足がちょっと痛かったけれど、津さんは軽めの夜食を作ってくれて、それを食べて、お風呂に入って眠った。

 着物を着ることを教えてくれた佳さん、綺麗だと言ってくれた津さん、素敵だと褒めてくれた茉莉さんのおかげで、私は機嫌よく眠ることができた。

 着物の着付けを教えてくれて、帯を結んでくれた佳さんにも同窓会の話はしておかなければいけない。最初は褒められて、仲の良かった同級生とも話せたのだが、途中から割り込んできたハスキー犬の男性に邪魔をされて、津さんに助けてもらったことを話せば、佳さんはなぜか動物園で妙に人気のあるチベットスナギツネのような顔で笑っていた。


「そうか、そいつは漆黒の獅子に追いかけられる悪夢に(うな)されるだろうな。自業自得だ」

「津さん、そんな能力が!?」


 知らなかったけれど、津さんにはそんな能力があるのだろうか。佳さんはその問いかけには答えてくれなかった。

 代わりに、私が津さんにまたどこかに連れて行って欲しいと頼んだことを告げると、チケットを二枚渡してくれた。


「今度うちの教室で、発表会をするんだ。蜜月さんも顔を合わせた『ひとならざるもの』の生徒さんが出るから、来てくれたら嬉しい」

「喜んで行きます。でも、二枚……?」

「津を誘えばいいだろう?」


 もしかして、これは、デートなのではないでしょうか?

 こんな大胆なことをしてしまっていいのでしょうか。


「着付けが自分でできるようになったから、多少着崩れしても、自分で直せるしな」

「着崩れ……できるだけ着てるときは大人しくしておきたいんですが」

「何が起きるか分からないよ?」


 同窓会でもまさか『ひとならざるもの』が同級生に混じっていたなんて考えもしなかったし、津さんを佳さんの教室の発表会に誘ったら、道中で何が起きるか分からない。

 本当に、何が起きるか分からない世界に生きているのだと、私は痛感していた。


「佳さんも、あんな風に迫られたりしたことがあるんですか?」

「私は迫って来る相手は、みんな投げ飛ばしてた」


 『怪力』の能力のある佳さんならば安心だが、私は武術もやっていないし、最近ランニングで体力はついてきたが、大鷲の姿になって飛んで逃げるくらいしかできないので、やはり一人の外出は怖い。

 そういう意味では夜臼邸に留まれているのは、安全面で助かっているのだが、たまには一人で出かけなければいけないこともある。

 話し終えて、佳さんは和己くんを保育園に送って、日本舞踊の教室に行ってしまって、津さんも今日は居合道場があるので、食事の買い出しのためにスーパーに行こうといつもの道を歩いていたら、目の前に異様なものが現れた。

 ごく普通のスーパーの入口には、全くそぐわない高級なスーツを着た長身の男性。


「こんにちは」

「ま、茉莉さんに連絡しますよ!?」

「その茉莉に、もう手を出さないと言ったら?」

「え?」


 その男性、志築明人は胡散臭い笑顔で私に手を差し伸べた。


「あなたがこちらに来るなら、茉莉に手を出さないと約束しますよ?」


 チャコールグレイの高級なスーツを着た悪魔は、スーパーの青果売り場の横で私に手を差し伸べていた。

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