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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
二章 私の気持ちと回る世界

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10.ハプニングの同窓会

 同窓会の日は、秋に差し掛かっていたけれどまだ暑さは残る時期で、着物を着るのは無謀かと思われたけれど、佳さんが涼しい夏物の襦袢を買うことを勧めてくれた。


「蜜月さんは背が高いから、襦袢も誂えてもらう形になりそうだね」

「着物屋さんに行くんですか……ちょっと敷居が高いかも」


 躊躇う私に佳さんは、和己くんの甚平を買うついでだと、着物屋さんにもついてきてくれた。襦袢は縫うのにそれほどかからず、同窓会の日には間に合わせると、お店のひとは言ってくれた。


「流石に真夏は着られないけれど、それ以外の広い季節に着られるようにした方がいいだろう?」

「そんなに着る機会、ないですよ」

「たくさん来て欲しいと多加木さんも言ってたじゃないか。気軽に着ればいいよ」

「そうですけど……毎回佳さんにお世話になるのも申し訳ないですし」


 観劇に行くのや、博物館や美術館に行くのにも、着て行ったらいいという佳さんに、どうしても遠慮が先に立つ私。冷暖房のきいた室内ならば、真夏以外は着られると言われても、着物は普段着にできない。

 津さんみたいな美形だったら、さらっと着られるのだろうが、私はそういうのじゃないし。

 うじうじと考えていると、金魚柄の甚平を和己くんに買った佳さんが、家に戻って宣言した。


「修行だ!」

「え? 今度は何の修行ですか?」

「帯を結ぶのまでは無理かもしれないから、作り帯で良いから、着物を着る練習をしよう」


 和服用のブラジャーを付けて、胸を押しつぶす晒しを巻いて、着物の裾の長さを合わせて、おはしょりを作るところから教えてもらう。襟の形を揃えて、背中の折り目も綺麗に中央に来るようにして、作り帯を巻いて、お太鼓と帯締めを巻くだけなのだが、これが非常に難しい。

 裾が上手くいかなくて短くなりすぎたり、斜めになっていたり、背中の線が真っすぐにならなかったり、おはしょりの出る部分が綺麗に整わなかったり、悪戦苦闘して、佳さんの部屋で私は汗だくになっていた。


「着物は後ろのラインが大事だからな」

「はい、後ろ……」

「裾は少し斜めに上げて」

「斜めに……」


 ビシバシと鍛えられる私の脚元で、ぷっくりカボチャパンツの甚平を着ている和己くんがお尻を振って歌って踊っている。

 仕事前にときどき教えてもらって、お太鼓の作り帯でなら私はなんとか自分で着物を着られるようになっていた。

 帯は結べないが、それ以外は覚えればそれほど難しくない。

 当日は帯だけ佳さんに結んでもらった。髪はシニヨンに纏める。

 同窓会は夕方からで、仕事は休みで、津さんも仕事が終わっている時間だ。車で送ってくれる約束をして、茉莉さんもそれに甘えた方が良いと言っていたので、玄関に行くと、なぜか津さんは私とお揃いの着物と帯だった。


「津さんまで、なんで……」

「せっかくやから、合わせたかったんや」

「せっかくだからって……」


 私が着物を着る機会がないから、わざわざ合わせてくれたのかもしれないけれど、こんな豪華な運転手付きで同窓会に行って良いのだろうか。

 ドキドキしながら後部座席に乗ろうとすると、助手席のドアを開けられる。

 なんだか、エスコートされてません?

 意識してしまうから極力助手席には乗らないようにしていたのに、乗せられてしまって、同窓会会場のレストランまで運ばれていた。レストラン前で津さんが車を停めて、わざわざ助手席側に回ってドアを開けてくれて、手を貸して下ろしてくれる。


「着付け、頑張ったんやってな。楽しんでな?」

「は、はい。ありがとうございます」

「帰りも連絡してな」


 初心者の『ひとならざるもの』で、過去に空き巣に入られたり、狙われたりした私だから、これだけ心配してくれるのだろうけれど、丁重に扱われてしまうと胸が高鳴ってしまう。

 着物で草履だからこけないようにと、手を貸して貰ったのも、美形はこんなにもスマートにエスコートができるのだと驚いてしまった。

 同窓会会場に入ると、何人か見覚えのある顔が見えた。

 高校のときの同級生で、仲の良かった子たちだ。


「瀬尾さん?」

「素敵な着物ね、見違えちゃった」

「私なんて子ども産んで、おばさんになっちゃったのに」


 声をかけられて、照れ臭く笑う。


「知り合いが着付けを教えてくれて、習う機会があったから思い切って着物で来ちゃった」

「とても似合ってるわよ」


 高校時代は肌の色の濃さや顔立ちの違いを気にして、地味に目立たないようにしていた。その分だけ、今になって着物を着ている私は目立つようだ。

 子育ての話や、結婚生活の話を聞いていると、高校時代から長い時間が経ったのだとしみじみする。


「すっごくかっこいいひとに送ってもらってきてたけど、瀬尾さん、ついに?」

「へ? あのひとは知り合いで……」

「結婚するの?」

「着物も何気に帯がお揃いだったじゃない」


 言われて私は狼狽えてしまった。

 女性というものは見ていないようでよく見ている。二人とも着物で、車で送って来られた時点で、誤解されても仕方がないのだが、私と津さんはそういう関係ではない。


「違うのよ。ちょっと、色々あって、職場が変わって、そこの上司で……」

「凄い目で睨んでたね」


 急に話に入って来た男性を、私はよく覚えていなかった。目を凝らしてみると、頭に尖った耳、スーツのスラックスのお尻にはふさふさの尻尾が見える。

 ハスキー犬だろうか。

 『ひとならざるもの』は人間社会に溶け込んで、擬態して生きているものもたくさんいるというが、彼もその一人のようだった。高校時代の私は、『ひとならざるもの』の世界を知らなかったから、彼がそうであるなんて、知るはずもない。

 彼の方も私が『ひとならざるもの』だと気付いたのは、高校時代ではなく、今日の同窓会が初めてだろう。


「ちょっと、瀬尾さんをお借りするよ」

「え!? いや、あの……」


 特に喋ることもないと、高校時代の友人に隠れようとした私は、引き離されて二人きりで部屋の端に連れて行かれてしまう。

 ドリンクバーで取った飲み物を渡されても、なんとなく口をつけたくなかった。


「君がそうだったなんて、思いもよらなかった」

「いや、あの、なんのことかなぁ?」

「しらばっくれてもだめだよ。着飾ってきて、男あさりに来たんじゃないの? それだったら、僕にしといたらいいよ」


 うわー、なんか、気持ち悪い!

 顔も悪くないし、背も私よりぎりぎり高いくらいで、外見も『ひとならざるもの』だから若く見えるのだけれど、彼の言動一つ一つが気持ち悪くてならない。

 津さんは、こういうことは言わない。

 津さんなら、もっと紳士的に話しかける。


「男あさりなんて、失礼じゃないですか?」

「僕も、期待してはなかったんだけど、高校時代から君は変わったから」


 『ひとならざるもの』だということは、こういうことなのかと、現実を突き付けられた気がした。

 私は自分が何も変わっていないつもりなのに、『ひとならざるもの』というだけで口説かれてしまう。目の前の彼は、私に『ひとならざるもの』であるという価値以上を見出していないのではないだろうか。


「帰ります」

「待って。送るよ」

「いりません!」


 同窓会は途中だったが、彼から逃れたくてレストランを出ると、私は携帯電話で津さんの番号を押していた。


「まだデザートも出てないよ」

「いらない! 近寄らないで!」


 レストランを出ても追いかけてこようとする彼に、腕を掴まれて、振り払おうとしていると、津さんの車がレストラン前に停まった。降りて来た津さんは、にこやかに彼に挨拶をする。


「うちのひとが、何かしはりましたんやろか?」

「なっ……い、いや……」

「帰りましょか、蜜月さん」


 車に乗せられて、私はどっと疲れて脱力してしまった。


「同級生に『ひとならざるもの』がいるなんて思いもしなかったです」

「なんもあらへんやったか?」

「大丈夫です……けど、せっかく着物着たのに……」


 あまり楽しめなかったという私に、津さんは車の行き先を変えた。

 行き先はバー「茉莉花」。


「飲み直そうか? 俺は車やからソフトドリンクやけど」


 バーには茉莉さんもいるけれど、お揃いの着物で、デートのような気分になる。

 本当に生きたかったのは、同窓会ではなくて、津さんとのお出かけだったんだ。

 それが叶って、私は中途半端に帰ってしまった同窓会のことは忘れて、津さんが嫌な男性に絡まれたことを慰めてくれるひとときを楽しむことにした。


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