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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
二章 私の気持ちと回る世界

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9.気になる過去

 佳さんが14歳、津さんが15歳のときに、両親は家を捨てて海外に行ってしまって、未成年のままに津さんが夜臼家の当主になった。若すぎる当主では夜臼家の親戚全てを統率することができずに、その時期に何人もの夜臼家の『ひとならざるもの』の親戚が売られたり、攫われたりした。

 そんな状況を憂いて、婚姻関係で姻戚関係になっていた志築の家の茉莉さんが、住み込みで律さんと佳さんを助けていた。

 知っているのはそれくらいで、私は津さんの過去をあまり知らない。私も小さな頃の思い出を何度か話したが、それ以外では津さんに過去のことを話した覚えはなかった。

 居合の師匠に憧れて、喋り方を真似するようになったという津さん。よく話を佳さんに聞いてみると、真似したのは喋り方だけではなかったようだ。


「津が普段から和服を着てるのは、その師匠が来てたからなんだ」

「カッコいいひとだったんですね、津さんがそれだけ憧れるってことは」

「カッコいいし、美しい女性だったよ」

「女性……」


 ちくりと、胸に棘が刺さったような痛みが走る。

 津さんが憧れて真似をする師匠だから男性だとばかり思い込んでいたが、女性だったなんて。

 そのひとを津さんは愛したのだろうか。

 そのひとは今、どこにいるのだろうか。


「気になるって顔をしてるな。津に直接聞いてみればいい」

「津さんに直接……な、なにを、ですか?」


 居合の師匠が好きだったんですか?

 今もそのひとを想っているんですか?

 そんなことを聞いたら私の気持ちがばれてしまう。

 ただでさえ、身の程知らずの恋なのだ。隠れておかなければいけないのに。

 朝は茉莉さんとランニングをして、昼間には津さんや佳さんに手伝ってもらって、道場や教室の生徒さんの中で『ひとならざるもの』のひとの本性を見破らせてもらったり、街に車を出して通るひとの中に『ひとならざるもの』がいるのを見分けたりする修行をして、夕方から事務所に出勤する。

 佳さんに言われたその日に、津さんと同じ出勤日だったので、私は気まずい気がしたけれど、津さんはいつも通りにコーヒーを淹れてくれた。コーヒーを飲みながら、事務所に届いた郵便物を見ていると、私宛のものがあって、中身を確認する。

 夜臼邸に今のところお世話になっているけれど、若い当主の津さんとの間柄を、親戚に勘違いされるようなこともあったので、私の郵便物は茉莉さんにお願いして、事務所に届けてもらうようにしていた。

 前に住んでいたアパートは引き払っているので、新しい届け先を郵便局に登録するときに、事務所を選んだのだ。

 これから先、いつまで津さんと佳さんの元にいられるか分からない。『ひとならざるもの』としては若いと言っても、津さんもそのうちに好きな相手ができて、お付き合いをしたり、結婚をしたりするかもしれない。そのときには今までの感謝も込めて、邪魔にならないように速やかに出ていかなければいけない。

 自分の身を守れるようになったら出て行くというのでは、いつまで経っても達成できそうにないのが現状だった。


「蜜月さん、難しい顔しはって、変な手紙でも届いたんか?」

「え? これはただの同窓会のお誘いで……」


 高校のときの同窓会のお知らせが届いていたのだが、あまり同級生を覚えていないのは、私が周囲に埋没していたからかもしれない。


「あの着物、着て行くんか?」

「着物……あぁ、同窓会っておしゃれしますもんね」


 行く気はなかったけれど、着物のことを言われると、あの着物が着てみたい気になってくる。こういう機会でもないと、着物など着ることもないだろう。親しい友達もいないので、結婚式に招かれることもない。


「蜜月さんは、法律事務所にずっと勤めてはったんよなぁ」

「大学を出てから辞めるまで、ずっとですね」

「弁護士先生は……その、親しかったんか?」


 親しいといえば親しかったのだろうが、津さんの言い方が妙に気になった。私が事務所に就職したときには、弁護士の先生はもう50代で、結婚もしていて、子どもさんもいた。


「家庭第一の先生でしたから、飲み会もない職場でしたよ」

「そ、そうか」


 なぜかほっとした表情の津さんに首を傾げつつ、私も津さんにさりげなく聞いたつもりだった。


「津さんの居合のお師匠さんって、どんな方だったんですか?」

「めちゃくちゃ厳しい」

「厳しかったんですか?」

「居合に関しては、鬼かと思うくらい厳しいお人やった。けど、生き方に一本筋の通ったお人で、俺はあんなひとになりたいて思うてた」


 好きだったんですか?

 さすがにそれは聞けなかった。

 聞けない言葉が胸の中で凝って、もやもやとする。

 生涯に一度の運命の恋を夢見ている津さん。

 その相手がそのお師匠さんだったら、私は敵う気がしない。


「お子さんたちも強かったし」

「へ? 結婚してらっしゃったんですか?」

「そうやで。俺と歳の変わらへんお子さんがおって、一緒に修行してたけど、お子さんにもめちゃくちゃ厳しくて、態度が変わらへんのがカッコよかったわ」


 思い出したのか少年のような目をしている津さん。

 なんだ、結婚されてる方なのか。

 妙に安心してしまった私は、上機嫌で同窓会の出席欄に丸をつけていた。


「行くんか」

「着物、着る機会ないですし」


 親しい友達はもう結婚してしまっているし、事務所の後輩は私を結婚式に呼んだりしないだろう。


「最後かも、しれませんし」


 『ひとならざるもの』として覚醒した私は、他の一般のひとたちと違う長い時間を生きる。老いの速度が変わってくるから、もう同窓会にも訝しまれるため顔を出せなくなるかもしれない。

 最後の同窓会に行っても良いかもしれないと思ったのは、着物が着たい一心だった。


「着物やったら、移動が大変やろ。蜜月さん、バイクしか持ってへんし。俺、その日、送ったるわ」

「そんな、申し訳ないですよ」

「迎えにも行くから、連絡して」

「で、でも」

「心配やから、お願いや、させて?」


 真剣に頼み込まれて、勢いで私は頷いてしまった。

 一人での外出が心配なくらい、私は狙われやすいのだろうか。

 茉莉さんにその日は仕事に出られないということを話に、バーに降りて行ったら、根掘り葉掘り話を詳しく聞かれてしまった。


「『ひとならざるもの』になったら、普通のひととは時間が違ってしまうから、最後に同窓会に出てみたいっていうのもあるんですけど」

「そうね、会いたいひととは、今のうちに会っておいた方が良いかもしれないわね。既に、蜜月さんの姿が若くなっているけれど……擬態で大丈夫だと思うわ」

「それに、あの着物、もう着る機会がないかと思って」


 ショーで着た着物を着て行く場所が、私にはない。華やかな場所に出ることは、もうないだろうと思っていることを話せば、茉莉さんが苦笑する。


「ちょっとお洒落なドレスを着る感覚で着て良いわよ。着たいときに着て良いと思うけれど」

「それにしては、着物ってハードル高いじゃないですか。自分では着られないから、佳さんの手を借りるし」


 そこまで言ってから、私は津さんの迫真の表情を思い出した。


「私、そんなに、危ういですか?」

「ある意味ね。どうしたの?」

「津さんが送って行って、迎えにも来てくれるって言ってるんです」


 あんなに真剣に言われてしまったので、勢いで頷いてしまったが、良かったのだろうか。同窓会に男性に送られて来るなんて、関係を誤解されてしまうのではないだろうか。


「そういうところが、危ういのよ」

「着物、はしゃぎすぎですか?」

「もう、津さんの苦労が偲ばれるわ」


 それにしても、津さんも嫉妬深いこと。

 そう言って笑う茉莉さんの言葉の意味が、私にはよく分からなかった。

 私は津さんの過去に嫉妬した。津さんは、何に嫉妬するのだろう。


「甘えてしまいなさい」


 分からないなりに、茉莉さんの言葉を信じて、私は津さんに送り迎えをお願いすることにした。

 着物が着崩れたら、自分で直せないし!

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