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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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4.大鷲の翼と目

 決心がついたところで、夜臼さんが私と向かい合うようにして両手を握った。少し低い位置にある額が、触れそうなくらい接近していて、至近距離で見る整った顔立ちに、そんな場合ではないのに胸が高鳴ってしまう。

 黒目がちの目で真っすぐに私を見て、夜臼さんは真剣に言った。


「俺が巻き込んでしもたから、俺が蜜月さんの一生に責任を持つ」

「なんだかプロポーズみたいですよ?」


 恋愛経験のない35歳女性にそんなことを言うと、勘違いしてしまうじゃないですか!


「プロポーズと思ってくれてええで?」


 顔が良いとさらっとこういうことも言えるようだ。緊張をほぐすために笑わせようとしてくれているのだと判断して、私は深呼吸をした。

 『ひとならざるもの』が本性を現すときには、周囲の同族は構えていないと巻き込まれることがある。それを利用して、夜臼さんは自分が本性を見せるのに、私を巻き込んで私の本性を出そうとしていた。

 間近に見る美しい顔が、陽炎のように揺らぐ。夜臼さんが漆黒の獅子に姿を変えるのと同時に、私の姿も変わったようだった。

 何になったのか、自分では分からないが、身体が異様に軽いことだけは分かる。額を突き合わせるようにしていたので、私は思い切り夜臼さんの鬣に顔を突っ込んでいた。


「これは凄い……」

「見事な大鷲や」


 全長1メートルを超し、羽を開けば250センチにも達するという、日本で一番大きいと言われる鷲。それが私の本性だった。

 180センチ近い身長から、全長1メートルになった私。子どものように夜臼さんや志筑さんを見上げる形になって、挙動不審に首を動かしてしまう。


「私、どうなってるんですか?」

「見に行ってみましょう」


 視界から全て変わってしまった自分がどうなっているのか分からずに戸惑う私を、志筑さんがお手洗いに導いてくれた。洗面台に届かないということにショックを受けると、飛び乗るように言われて、なんとか飛び乗って鏡を見れば、しばらく声が出なかった。

 褐色に白の混じった翼と、黄色い嘴、鉤爪に長い尾羽。

 はっきり言って、あれだけ言われて、あれだけ格好良く宣言したが、自分が獣の本性を持つ『ひとならざるもの』であることを、どこかで疑って信じられていなかった。しかし、鏡に映った姿が、真実をこれ以上なく明白に伝えて来る。

 私は人間ではなかった。

 受け入れなければいけないことが多すぎて、頭がおかしくなりそうだが、今はパニックになっている場合ではない。後悔もするだろうし、まだ全然理解できていないので、分かっていないこともたくさんあるだろうが、今はそれを置いておいて、子どもを助けることだけに集中しよう。

 この瞬間にも夜臼さんの親戚の子どもは、売り飛ばされているかもしれないのだ。


「飛び方は身体が覚えていると思うの。屋上に上がりましょう」


 志築さんに連れられて、屋上に上がると夜の街に明るく灯が点っているのが見えた。大鷲は本来は夜目が効かないものだが、『ひとならざるもの』として『千里眼』の能力があると言われた私は、街の景色が非常に鮮明に見えていた。

 羽根を広げると、風を感じる。


「私が飛んで行った先が、追えますか?」

「俺が昼間に蜜月さんを見つけられたんは、どうしてか、聞かへんの?」

「ど、どうしてですか?」

「獅子は、鼻が利くんや」


 特に『ひとならざるもの』同士は、相性もあって、お互いの匂いをよく覚えているという。匂いよりも視覚の強い大鷲の私にはよく分からないが、夜臼さんにだけ分かる私の匂いがあるようなのだ。


「つまり、私、臭いんですか!?」

「違うわ。ええ匂いなんや」


 臭くはなかったようでちょっと安心。

 それではと、羽を広げて風を待つ。飛び立てば、眼下に広がる光景は、不思議なものだった。屋根がある家やビルの上を飛んでいるのに、その中が透けて見えるような気がする。

 注目したい場所には、ズームまでできる。

 なんて便利な『千里眼』!

 飛ぶことは体が覚えていると志築さんが言ったが、その通りで、飛ぶことも、目標を定めることも、全て生まれたときからこの姿であったかのように自然にできる。

 前のランプの割れたワゴン車を見つけたのは、しばらく飛んだ、街の外れの廃屋の近くだった。土地の権利で争って、病院を建てるはずだったのが、途中で頓挫してしまっている場所。

 目を凝らせば、建物の中に数名のひとが動くのが見え、そこに鳥籠が吊るされているのも分かった。

 旋回しながら降りていくと、ワゴン車の上に止まって、羽を畳む。

 あれ? もしかして……。

 そこで、私は自分の無謀さに気付いてしまった。

 大鷲の本性になれたのはいいのだが、人間に戻る方法が分からない。大鷲のままで中に入っても、何をすればいいかも聞いていない。


「鷲だ! 希少種だぞ」

「捕えろ!」


 『ひとならざるもの』はお互いに分かると言うが、大鷲がこんな街中に旋回して降りて来るのは怪しすぎる。逆に、犬の姿になったブローカーたちに掴まりそうになって、慌てて翼を羽ばたかせて、飛び立つ。

 飛び上がって、翼に食いつこうとする犬の鼻面を、鉤爪で蹴っていると、暗闇に光る一対の目が見えた。

 匂いで夜臼さんは私が分かると言ったが、私の方は目で夜臼さんが分かるようだ。低く唸り声を上げて、私に群がる犬の姿のブローカーたちを、夜臼さんが蹴散らしていく。


「ご、ごめんなさい、どうすれば元に戻れるのか分からなくて」

「あぁ、そうやな。俺は普通に小さい頃からこれやから、気が付かへんかった」


 獅子の姿になるのも、元に戻るのも、生まれたときから『ひとならざるもの』としての自覚のある夜臼さんには、息をするよりも自然なこと。それをわざわざ教える方が難しいのだろう。

 このまま戻れなかったらどうしよう。

 私こそ、鳥籠に入れられて、脚に足輪を付けられて、飼われなければいけないのではないだろうか。


「やっと追い付いた……蜜月さん、大丈夫?」


 車で駆け付けてくれた志築さんの腕に止まると、ほっとして涙が出そうになる。蹴散らされた犬は拘束して、志築さんが呼んだ警察の『ひとならざるもの』に対する特殊部隊に渡された。漆黒の獅子の姿の夜臼さんと、ひとの姿の志築さんと共に、廃屋の中に入って行くと、ブローカーはもう捕えられていて、鳥籠が二つ、カメラの前に置かれていた。

 カメラはパソコンに繋がっていて、ネット上でその鳥籠の中身が取り引きされている。流れていく数字の桁の多さに、小市民の私は目が飛び出そうだった。


「お、お金で子どもを売り買いするなんて……」

「最低な輩よね」


 ぶちっとカメラをパソコンからむしり取って、志築さんが鳥籠に近付いていく。小鳥用の小さな鳥籠には、片方に茶色の塊が、もう片方に、鳥の雛が入っていた。どちらも震えて、酷く怯えているのが分かる。

 志築さんが茶色の方の鳥籠を開けると、檻から出た瞬間、茶色の塊は解けるように茶色の髪の毛の幼子になった。裸で、オムツしか履かされていないその子は、志築さんの胸に飛び込んで、大声で泣き出す。


「この子、ですか?」

「間違いない、この子や。せやけど、こっちの子も、売られてたみたいやな」


 売り先が決まってから、海外に持っていくつもりだったのだろう。

 震えている小さな鳥の雛は、夜臼さんの親戚の子と同じ状態ならば、裸にオムツだけで寒いに違いない。鳥籠の置かれた机の上に飛び移って、鉤爪で鳥籠を開けると、中からころりと黒髪に黒い目のまだ1歳くらいの幼児が転がり出て来た。

 抱き留めてあげなければいけない。

 寒いだろうから、ジャケットをかけてあげなければいけない。

 伸ばしたときには、両手は人間のものになっていて、私はしっかりとその子を抱っこしていた。スーツのジャケットを脱いで、裸にオムツだけのその子に巻き付けていると、夜臼さんがひとの姿になりながら、驚いたように目を丸くしていた。

 どうしたのだろう。


「蜜月さん、自分で戻れたんやな」

「あ、戻れましたね」


 目の前の子どもを抱き留めなければということしか考えていなくて、自分がひとの姿に戻っていることに気が付きもしなかった。

 その日、私は人間ではなくなった。

 35年間人間だと思って生きて来た全てを、二人の子どもを見捨てるという罪悪感の前に、捨ててしまった。

 けれど、夜臼さんがいて、志築さんがいて、この子たちがいて、私は一人ではない。

 私はまだまだ、これからも、私の知らない自分に出会っていくのだろうが、それも一人ではないと思えば、怖くはない気がした。


「と、友達に、なってください」


 まずはそこから。

 私は志築さんと夜臼さんという、『ひとならざるもの』の友達を手に入れた。

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