8.ショーの当日
濃い赤紫の無地の着物に、黒地に黄色のエキゾチックな模様の入った帯。これが私の衣装だった。津さんは濃い灰色から薄い灰色までグラデーションになっている無地の着物に、黒地に黄色の私のと同じ模様の入った帯で、羽織の紐が獅子の尻尾のようになっている。
「和己、最高に可愛いよ」
「けー!」
「私も似合っているか?」
「う!」
佳さんと和己くんはカジュアルなイメージで、佳さんは白地に銀色の虎柄の入ったパーカー、和己くんは鳥の羽を模したポンチョを着ていた。
茉莉さんは豪華な白い毛皮のコートに、胸に蝙蝠姿の沈くんが、コートを留めるブローチのように張り付いていて、それに合わせた赤茶色のスパンコールで飾られたドレスを着ている。
「じっとしていれば怖くないわよ」
「まー……」
「えぇ、一緒にいるわ」
優しく蝙蝠姿の沈くんを撫でる茉莉さんの表情は柔らかい。
運命というものがあるのならば、信頼していたひとに手酷く裏切られた茉莉さんを慰める沈くんが、そうであってほしいような気がするのは、私だけだろうか。
ひとの心配をするよりも自分の心配をしろという感じなのだが、津さんと並んで歩けると考えただけで、つい気持ちが浮かれてしまう。
「最後の仕上げよ」
多加木さんが私に羽織らせたのは、裾が白く、他が茶色の羽根を模したショールだった。
これで、ショーの準備はできた。
予測できていたことだが、ショーには他のモデルさんもたくさん出る。その中の数人が、津さんを取り囲むなんて、想定の範囲内だが、なんとなく胸がもやもやする。
「今年も出られてるんですね」
「相変わらず、和のコンセプトがお似合いで」
「凄くかっこいいですよ」
寄って行っているのは、みんな若い子に見えるのだが、『ひとならざるもの』は最盛期の年齢から死ぬ直前まで老いないというから、本当の年齢は分からない。ただ、そういう若い子のようにきゃーきゃーいうノリに、私がついていける年齢ではないことは確かなのだ。
気後れして津さんから距離を取ってしまう私に、津さんは素っ気なく「話すことないから」と言って、その囲みの中から出てしまった。
「蜜月さん、めっちゃお似合いや。ショールで完成された感じやな」
「あの……良いんですか?」
「何が?」
「あの子たち……」
「知らんひとやし、俺は蜜月さんと喋りたいんやけど」
知らないというわけではない気がする。
津さんは何年もこのショーに出ているのだったら、モデルさんたちとも親しくなっていておかしくはないのだが。
「興味ないひととは、喋らへんやろ、蜜月さんも」
「まぁ、そうですけど」
「俺には、興味ある?」
悪戯に笑う津さんの罪なこと。顔が良い自覚があるんだろう。
そうだ、せっかく好きなひとと一緒にショーに出られるのだ。
お揃いの着物を着て、一緒に歩ける。
そんな機会もう二度とないかもしれない。
「来年の私は何をしているんでしょうね」
「来年も、お揃いにしよ?」
「良いんですか、そういうこと言って。津さん、あんなにモテてたのに」
「嫉妬してくれたん?」
あぁ、美形ってずるい。
そんな顔で言われたら、何も言えなくなってしまう。
来年も変わらずあの探偵事務所に勤めていたら、モデルの仕事が来て、佳さんは和己くん、茉莉さんは沈くんと出るから、津さんは私を組むしかなくなる。そんな幸運が何年続くのだろう。
何年も、何年も、ずっと続けばよいなんて思ってしまいそうになる。
『ひとならざるもの』の世界に足を踏み入れたきっかけとなってしまったから、津さんは気にかけて、私に優しくしてくれる。それが恋愛感情ではないと自分に言い聞かせても、もしかするとそうなんじゃないかとか勘違いしそうになる。
「足が……」
「草履やから慣れへんか?」
「ちょっと痛いです」
話題を変えて誤魔化して、私は津さんと並んでランウェイを歩いた。正面で一回りしてから、大鷲の姿になると、津さんも漆黒の獅子の姿で、私を鬣の上に乗せてくれる。
二人で歩いて戻ると、ランウェイに出る佳さんとすれ違った。和己くんと手を繋いで、ランウェイを歩いた佳さんは、正面で一回りして、純白の虎の姿になって、頭に小鳥の和己くんを止まらせて戻って来た。
茉莉さんは本性を見せることなく、胸にブローチのように沈くんを付けたまま、戻って来た。
ほんの数十秒だけの登場だったが、一生の記念に残るショー。
ショーは大盛況だったようで、動画も全世界に配信されたと聞いた。
打ち上げで、私は初めてこのショーの報酬を聞かされた。
「いいんですか? もらってしまって」
「あなたのイメージで作ったものですもの。お礼は支払えないけれど、毎回、作らせてもらったお衣装は差し上げる約束なの」
多加木さんの作ってくれた津さんとお揃いの着物を、私に報酬としてくれるというのだ。嬉しいような、困るような。
「私、着物、着られないんですよね……」
着物自体今回初めて着たようなものなので、着付けができない。
それに、津さんとお揃いだと、着るタイミングが被ってしまったら、気まずいことになるかもしれない。
ありがたい申し出だったが断ろうと私は口を開いた。
「せっかくですけど……」
私の言葉を遮るように、津さんが口を挟んでくる。
「俺が……したらセクハラやから、佳にしてもろたらええよ」
「喜んでいつでも着せるよ」
津さんは着物がお揃いということを気にしないのだろうか。
たくさん持っているから、被ることはないと思っているのかもしれない。それに、佳さんに着せてもらうのならば、タイミングも計れるかもしれない。
もらっていいものか悩んでしまったが、津さんと佳さんに背中を押されて、私はその着物を喜んでいただくことにした。
「こんなに素敵なお着物、ありがとうございます」
「たくさん、長く着てもらえるのが一番嬉しいから」
受け取ることを了承した私に、多加木さんも嬉しそうだった。
長く着れるように、和己くんの衣装はポンチョだったのかもしれないと、ようやくコンセプトに気付く。サイズのあまり関係ないポンチョは、成長の激しい幼い和己くんでも、数年は着られそうだった。
「沈さんも来年は、作ってもらえたら良いわね」
「まー……こあい……」
「嫌なら良いのよ」
どこまでも沈くんの意思を尊重する茉莉さんの姿勢を尊敬しつつも、やっぱり『ひとならざるもの』初心者の私には、疑問を隠し切れなかった。
ショーの仕事を終えて、家に戻ってから、佳さんと津さんに聞いてみる。
「お二人は、あまり本性を見せるのは好きではないみたいだし、茉莉さんは本性を見せなかったんですけど……」
「今日、どうして見せたか気になったんだろう?」
「茉莉さんの発案なんや。夜臼の家にならず者が入って来ぉへんように、たまには威嚇しといた方がええって」
本性を見せるのが嫌な二人でも、夜臼の家に入って来ようとする命知らずを牽制するために、年に一度だけ、あのショーでは本性を隠さないのだと教えてくれた。
「関係ないんですけど、津さんは訛ってるのに、佳さんは違いますよね」
ついでだから問いかけた返事は、意外なものだった。
「こいつ、そういうのをかっこいいと思ってる痛い奴なんだ」
「ちゃうわ! 俺の居合の師匠がこういう喋りやったんや。それでうつってしもうて」
「居合の師匠みたいに、強くなりたいって喋りまで真似する、痛い奴なんだ」
「兄に対して、痛い、言うなや!」
佳さんの意見が正しいのか、津さんの主張が正しいのか、私にはよく分からない。
分からないけれど、津さんの喋りは色気があって素敵だと思うので、そのままで良いと思う私だった。
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