7.褒め殺しのデザイナー
「髪が長いのね。艶があってこしのある良い髪質。背が高くて、スタイルが良いわ。素敵よ。腰と胸がしっかり張ってるのも良いし、肩幅も良いわ」
今、私は褒め殺しにされています。
沈くんと和己くんの夏休みの最中に、正式に事務所に依頼に来たデザイナーの女性は、小柄でちょっと小太りで、フレンチブルドッグの本性が見え隠れしていた。デザイナーとして、モデルを頼みに来たのだが、新しく事務所に入った私に、彼女は興味津々だった。
「茉莉さんは今年はいかが?」
「人間の姿だけなら良いわよ」
「今年もいけずなのねぇ。まぁ、良いわ。津さんと佳さんも今年はよろしくね。あら、可愛い子。この子たちは誰のお子さんなの?」
早口で喋るのが止まらない彼女に、津さんが苦笑して、佳さんが誇らしげに和己くんを抱っこして見せている。
「私の運命だ。可愛いだろう? もっと言ってくれていいぞ。世界一のいい男に育てるんだ」
「名前は和己さん。こっちは沈さんよ。私に懐いてるみたいだから、私が育てさせてもらってるの」
佳さんに褒め捲られて誇らしげな顔で胸を張る和己くんとは対照的に、沈くんは紹介されて茉莉さんの脚元に隠れてしまった。初めての相手はまだ怖いみたいだ。
「蜜月さんは、和服を着たことがないんやて。多加木さんやったら、蜜月さんに似合う和服を仕立てられるんやないかと思うて」
「津さんからのご注文なんて珍しいわね。もしかして、お二人は、そういう関係なの? それだったら、気合を入れて作らなきゃ」
「そういう関係って、ないです、そんなの、絶対」
慌ててしまって必死に否定する私に、「ないのん? 絶対!? 断定!?」と津さんがなぜショックを受けているか分からない。
「あの……私、津さんより背が高いんですが……」
「津さん身長、確か、177センチだっけ?」
「私……最後に大学で測ったときには、180センチでして……」
その後伸びていたらショックだから、事務所の健康診断でも測らずに、ずっと180センチで通してきた。女性は早く成長期が終わるというが、それでも伸びていたら、ただでさえデカいのに、巨人女になってしまう。
「背が高いのは悪いことじゃないわ。とても素敵よ。足も長くて、胸回りも腰回りも、メリハリが効いてて、凄くあなた、魅力的よ。髪も長いからアレンジもできるわね。津さんの直々のご注文とあらば、燃えるわ」
自分の容姿にはコンプレックスしかなかったが、佳さんに言われて、ちょっとずつだが誉め言葉も受け取れるようになってきた。けれど、このデザイナーの多加木さんの誉め言葉は激流のようで、押し流されてしまいそうになる。
多加木さんのお店に、日替わりで採寸や合わせに行くスケジュールを立てて、その日は終わった。
「個性的な方でしたね……」
「よう喋らはるやろ。俺かて口が挟めんことが多いけど、腕は確かや」
過去の多加木さんのショーの動画のデータを、茉莉さんから見せてもらう。ランウェイを歩く、動物をモチーフにした衣装をまとったモデルが、正面で一回転して、動物の本性になって戻っていく。
『ひとならざるもの』でなければできない演出だ。
「『ひとならざるもの』の中には、能力を使ってお金を稼いでるひともいるから、そういう富裕層に愛されてるみたいよ」
「凄いですね……本性になる前から、本性が予測できるだけかと思ったら、ちょっとだけ予測させて、答え合わせするような衣装もある……」
裾が花のように分かれているなとほんの少しだけ動物の要素を入れて、本性に戻ってから、それがハチドリを表していたと納得させるような衣装もあった。
この華やかな舞台に、私も立つのだと思うと緊張してくる。
「和己、一緒に出ようね」
「おー!」
「沈さんも出る?」
「まー?」
佳さんは和己くんと一緒に出る気満々だし、茉莉さんは沈くんと一緒に出るようだ。二人一組ならば、私は津さんと出ることになるのだろうか。
津さんの隣りに並んで、お揃いの和服で歩く。
漆黒の獅子の津さんの着物は濃い色だろうか。濃い色の肌の私の着物は何色だろうか。
探偵事務所と言っても、事件ばかりではなくて、こういう仕事もあるのだ。
「何でも屋みたいですね。人探ししたり、ブローカーを追いかけたり、モデルを引き受けたりして」
「『ひとならざるもの』に関することはなんでも引き受けるから、ある意味、何でも屋やな」
私の呟きに、津さんが同意してくれた。
多加木さんのお店に行く日には、佳さんも和己くんを連れて行くので、車に一緒に乗せて行ってくれた。
「いつも送ってもらってて申し訳ないです」
「一人だと危険な目に遭うかもしれないし、和己は蜜月さんに懐いてるから一緒だと嬉しそうだから、気にしないで」
遠慮はしたものの、すぐに思い直す。
ジャーマンシェパードの彼の両親が、『ひとならざるもの』を雇って私たちに嫌がらせをしてきたのは、つい先日のこと。一人だったら対処できるかもしれないが、複数人に囲まれてしまったら、私も逃げられないかもしれない。
「ご迷惑ばかりおかけして……」
「何も迷惑と思ってない。迷惑と思っていたら、最初から声をかけてないよ」
素っ気ないけれど、佳さんの言葉はいつも心が籠っている。取り繕うことがない分、佳さんは正直で、それが私の気持ちに抵抗なく入って来た。
「私、最近、挙動不審じゃないですか?」
ぽろりとこぼしてしまった言葉に、佳さんが信号待ちで車を停めて、ちらりとその青い目をこちらに向ける。
「蜜月さんは、津のことを意識しているのかな?」
「わ、分かりますか? 津さんにもバレバレなのかな……」
「津は自分のことで精いっぱいで、周りが見えてないから、気付いてないけど、茉莉さんは気付いてるだろうね」
「茉莉さんに言われて、気付いたんです」
津さんが好きだということ。
口にしてしまうと、恥ずかしいような、申し訳ないような、複雑な気分になって来る。佳さんは津さんの妹なのだ。そんな相手に相談していいものなのだろうか。
「一歩前進といったところかな」
「え?」
「蜜月さんは、そのままで良いってこと」
アクセルを踏んで車を動かした佳さんの表情はもう見えなかったけれど、後部座席で、私は佳さんの言葉について考えていた。
片思いをするだけならば自由ということだろうか。
お店の入っているビルに着くと、車を駐車場に停めて、二階の作業スペースに通される。採寸をされるということで、脱ぎ着のしやすい服装で来たが、個室に通されて、鍵をかけると、ブラジャーまで外して、和服用のブラジャーに付け替えて、採寸された。
ブラジャーを付けた状態で採寸してから、胸を潰す晒しを巻いて、もう一度採寸する。
「胸は若干潰す形になるけど平気かしら?」
「短時間なら大丈夫です」
「津さんとは、どういう仲なの?」
「上司と部下です。……同僚? いや、世話を焼いてくれる師匠と弟子?」
一度ははっきりと答えたが、しっくりこなくて言い直す私に、多加木さんがころころと笑う。
「自分とお揃いでなんて、津さんから注文を貰ったのは初めてだから。ごめんなさいね、困らせちゃって」
「いいえ……」
日本でも有名な『ひとならざるもの』の家系の当主の津さんと、隔世遺伝で家族の中に『ひとならざるもの』のいない私とでは、立場も違うし、血統的にも違うのではないだろうか。
万が一、私が津さんと結婚して子どもを産んだとして、その子が濃い色の肌であることばかりに気を取られていたが、それ以前に『ひとならざるもの』ではなかった場合には、津さんは他の相手を探すかもしれない。それが今まで見て来た『ひとならざるもの』の世界の常識のように思えてならないのだ。
そんなことになるくらいなら、この恋心は秘めておいた方がいい。
佳さんにも茉莉さんにもバレているし、多加木さんにも薄々勘付かれているのならば、津さんにも気付かれていてもおかしくはないのだが、津さんの態度は変わらない。それはつまり告白する前からお断りされているのではないだろうかと気付いて、私は立ち尽くしてしまった。
「大丈夫?」
「あ、はい。ちょっと気分が、悪い、かも……」
「胸、押さえすぎたかもしれないわ。脱いで、着替えて寛いで」
採寸は終わっていたので、和服用のブラジャーと胸を潰す晒しを外して、負担通りの格好になると、気分は落ち着いてきた。個室から出ると、待っていた佳さんと和己くんと入れ替わりに、ソファで寛ぐ。
香りのいい紅茶を飲みながらも、私は津さんのことばかり考えていた。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。




