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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
二章 私の気持ちと回る世界

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6.お揃いの和服

 砂遊びから、襲われそうになって帰って来た和己くんと沈くんは、砂だらけ。和己くんに至っては、涎の垂れた口で、砂を食べようとしたので、口の周りまで砂でじゃりじゃりだった。

 お昼ご飯の前にシャワーを浴びて、お着換えをすると、お昼ご飯を食べる頃には、二人とも眠くなっている。子どものご飯はチャーハンと卵スープで、それを重くなる瞼と格闘しながら、必死に口に詰め込む和己くんと、スプーンを持ったまま子ども椅子からずり落ちそうになって、眠りかけている沈くん。

 朝も早かったし、外は暑かったし、お日様も照っていたので、二人とも体力の限界なのだろう。佳さんが和己くんの食事を終えて、茉莉さんは沈くんの食事を起きてからに切り替えて、二人を寝かせに行く。

 クーラーの効いた部屋のソファで、バスタオルをお腹にかけて、二人は仲良く並んで眠ってしまった。

 子どもたちのご飯が終わってから、ようやく大人の昼ご飯だ。


「簡単に冷やし中華にしたんやけど、ええやろ」

「タレがピリ辛ですね」


 ゴマの風味に、刻んだザーサイの入った中華風ダレの冷やし中華は、とても美味しかった。食べながら津さんが私に話を向ける。


「蜜月さんは今日からランニング始めたし、公園では変な奴に遭うし、疲れたんやないか?」

「ちょっと足は痛いです。でも、そんなに疲れてはないかな」


 気だるい疲れはあったが、耐えられないくらいではない。答えると、茉莉さんが冷やし中華を食べ終えて、麦茶をみんなに注いでくれる。


「沈さん、自分の能力に幼いながらに気付いてたのね。それで、大きな声は出さなかったんだわ」


 泣くときにでも声を抑えて、しくしくと静かに泣く沈くんは、感情を発露できていないのかと思っていたが、そうではなかったようだ。自分の声が凶器になることを幼いながらに知っていて、自制していたようである。


「蝙蝠が高値で売れるとは思えへんかったから、おかしいとは思うてたんよな」


 特に珍しい種類でもない、攻撃性が高いわけでもない、果物を主食とするフルーツバットが高値で売れるはずがない。それなのに、沈くんの競売の値段は、あの事件の廃病院のパソコン画面の中で、つり上がっていた。

 両親は沈くんが大声で泣いたのを聞いたことがあったのだろう。それを売りに高値で沈くんを引き渡した。

 そう考えると納得できるのだが、それならば和己くんはどうなのだろうと疑問が沸いてくる。


「和己くんにも、能力があるんでしょうか?」

「あるのかもしれへん」

「可愛いだけで十分だろう」


 お箸で細く切られた胡瓜の最後の一本を摘まんで口に運ぶ佳さんが、あっさりと言う。


「そら、佳にとっては、やな……」

「私の和己に何か?」

「いえ、なんでもないです」


 強い漆黒の獅子の津さんも、妹の佳さんには弱いようだ。

 兄妹っていいなと思いつつ、麦茶を飲んでいると、携帯電話を確認した茉莉さんが柳眉を顰めた。


「あのひとたち、ジャーマンシェパードの彼の両親に頼まれたみたいよ」


 警察の『ひとならざるもの』担当の犬伏さんに連絡をして、公園で耳を押さえて悶絶している男性たちは引き取ってもらったのだが、その出所は、先日の事件のジャーマンシェパードの男性の『お見合い』を仕組んだ両親のようだった。


「これからも狙われるかもしれないから、しばらくはお庭で遊んでもらいましょうかね」

「和己はお砂場が好きなのに……作るか、砂場」

「ちょっ! 佳、お前の和己に対する行動力はなんなんや!」


 本当にあの整えられた日本庭園に砂場を作ってしまいそうな佳さんを、津さんが止める。確かに佳さんの行動力ならば、作れないこともない気がしてくる。

 食事の片付けは佳さんと茉莉さんがしてくれるので、私は沈くんと和己くんが寝ている側で、椅子に座って二人の様子を見ていた。近付いてきた津さんが、私の側に座る。


「蜜月さん、和服に興味あらへん?」


 唐突な問いかけに、私は津さんの顔をじっと見つめてしまった。

 あぁ、やっぱり美形。

 じゃなくて、津さんも和服を着ているけれど、私もこの屋敷にいる間は和服を着なければいけないとか、決まりがあるのだろうか。もうここに来て二か月以上になるけれど、そういう話は聞いたことがない。


「背が高すぎて、着られる着物がないんですよ」


 成人式のときに、祖母の振袖を仕立て直そうとしたけれど、私の身長と着物を見て、仕立て屋さんが「できる限り伸ばしても無理かもしれません」と申し訳なさそうに言ったのを覚えている。はっきりとは言いにくかっただろうが、やはり私の身体は大きすぎる。


「それに、和服の似合う体型と顔じゃないでしょう?」


 自嘲的に笑うと、津さんは真剣な表情で、携帯で検索した幾つかの画像を見せてくれた。そこには、アフリカ系のモデルさんが和服を着ている写真があった。凛と背筋を伸ばしている彼女たちの表情は誇らしげだ。


「仕来りとか、あるんですか?」

「へ? 仕来り?」

「この家に住むものは和服を着なければならない、みたいな」


 あまりに津さんが真剣なので、そういうものがあるのかと思い込んでしまった私に、津さんが朗らかに笑う。


「蜜月さんは綺麗やから、似合うんやないかと思って」

「綺麗って、この年ですし」

「蜜月さんは『ひとならざるもの』なんやから、年齢なんて関係ないし、そもそも、女性が着飾るのに、年齢もなんもないやろ」


 ただ、綺麗になりたい。

 そういう気持ちを津さんは尊重したいと言ってくれているが、その美しい顔で言われると、「和服デートでもせぇへん?」とナンパされている気分になるからダメだ。違います。津さんは……なんで私に和服を着せたいんだろう。


「なんで、急に和服なんですか?」

「お、お揃いとか、憧れるし」

「誰と誰が?」

「俺と蜜月さんが」


 ん?

 なんだか分からないことになって来たぞ。

 なんで私と津さんがお揃いになるのだろう。

 頭の上にクエスチョンマークを大量に飛ばしている私に、片付けを終えた茉莉さんが近付いてきた。


「津さん、ナンパみたいなことしちゃ、ダメよ」

「あかんの?」

「知り合いのデザイナーさんが、『ひとならざるもの』のモデルを集めて年に一度ショーをやるの。人間の姿の衣装と、本性との融合みたいなテーマで」


 そういうことか!

 それだったら、意味が分かった。


「この身長を活かして、モデルさんに混じって護衛をして欲しいってことですね」

「まぁ、そうなんだけど……モデル自体が少ないから、私や佳さんや津さんにもお声がかかるのよ。それの、和服部門で蜜月さん、出てみない?」


 モデルとしてショーに出る。

 それならば津さんの熱心さも分かる。津さんとお揃いというのも、お揃いのコンセプトで和服を作ってもらって、男女のパターンを見せようというのだろう。


「もう少しで口説けたのに」

「全然口説けてないどころか、空回りの大回転だったぞ」


 なぜかぐったりしている津さんに、洗い物を終えた佳さんも手を拭きながらやってくる。


「以前に一度、ショーの後にモデルが攫われたことがあって、それを助けた縁で、それ以後ショーを手伝っているんだ」

「私が、モデルに……ちょっと、わくわくします」


 デザイナーさんが私のために作る和服はどんなものだろう。

 近々そのデザイナーさんから正式な依頼があって、デザインを決めに全員で行くことが決まって、私はどきどきとしていた。

 気持ちは伝わっていなくても、津さんとお揃いの和服が着られるかもしれない。

 たまには、ちょっとくらい夢を見ても、良い思いをしてもいいんじゃないだろうか。

 私だって『ひとならざるもの』の世界に足を踏み入れて、戸惑いだらけの毎日をなんとか生きているのだから、ご褒美をもらってもいいのじゃないだろうか。

 期待に胸を膨らませて、その日を待った。


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