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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
番外編 夜臼家当主は恋をする

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31/86

難攻不落の恋

津視点の番外編です。

 気になってはいた子どもだった。

 産まれたばかりのときに、両親は人間、子どもは『ひとならざるもの』で、親戚のほとんどが『ひとならざるもの』だったために、劣等感を抱いていたその子の両親は、俺、こと、日本で平安時代以前から続く『ひとならざるもの』の家系の当主、夜臼(ゆうす)(しん)に、その子を売りつけようとしたのだ。

 2年前で、まだ26歳の俺に、そいつらはいけしゃあしゃあと言ってのけた。


「当主様は、気に入った相手ならば人間とでも結婚すると仰っているんでしょう?」

「『ひとならざるもの』の子どもがいた方が有利ではありませんか?」

「こんな珍しくもない弱い動物ですが」


 蝙蝠(こうもり)の赤ん坊は小さな籠に入れられて、ぬいぐるみに抱き付いてぷるぷると震えていた。両親にはこの姿は見えていないせいか、逃げないように上に網が張られて、動物でも飼うようにしているのも気になる。

 何よりも、俺が「好きな相手としか結婚せぇへん。好きでもない相手と結婚するくらいなら、夜臼の家など滅びた方がマシや」と言っていたのを、彼らは知っている。だからといって、自分の子どもを夜臼の跡取りにしようなんて考え、俺には到底受け入れがたかった。


「冗談やないわ。自分の子なんやから、自分で大事に育てろや」

「大事にしておりますが、私たちは人間」

「この子の本性は見えないのです」


 見えないから育成に困るというのは分かるが、網を張った籠に入れておくというのもどうなのだろう。可愛がっているのならば、子どもは本性に戻ったりせずに、人間の姿で両親に甘えて過ごすはずだ。

 怒りに任せて追い返してしまってから、ずっと気にかけていた二年間、家に連絡が入ったのは、早朝だった。


『あの子をブローカーに売ろうとしてる』


 電話の相手は、これまた親戚で、お互いに抜け駆けしないように、監視し合っているのは知っていたが、密告までするとはとぞっとした。それはそれとして、助けなければいけないのは確かなので、妹の(けい)に声をかけた。


「前に話してた子、ブローカーにツナギを取ったって」

「急がないと売られるな」


 純白に銀色の模様の虎の姿になった佳が駆け付けたときには、もう引き渡しは終わっていて、佳の姿を見て大急ぎで車を発進させるブローカーのワゴン車に、佳は蹴りを入れた。

 結果として、前のランプが割れたことは聞いていた。

 車の通って行った後を追いかけて、川沿いの桜並木の道を歩く。毎年桜は開花が早くなっていて、昔は入学式の頃に咲いていた気がするが、今は卒業式の頃に咲いている気がする。

 はらはらと散る花びらの下、美しい女性が立っていた。

 モデルのように背が高くて、肌の色は健康的な艶のある濃い色で、緩やかに波打つ髪を括った彼女。その背中に、先が白くて、他が褐色の美しい翼が見えていた。

 桜に見惚れているその姿は、絵画のようで、こんな事態でなければ、俺も見惚れてしまうところだった。


「俺は夜臼(ゆうす)(しん)言います。あんさん、この辺で働いてはるお人やろか?」


 自己紹介をして、事件について聞いて、彼女とは別れた。

 名前すら名乗らなかった彼女は、恐らくは大型の猛禽類の『ひとならざるもの』で、俺と喋る間も本性の一部を見せていたということは、俺に心許しているのだと信じ切っていた。


 これが、俺と瀬尾(せお)蜜月(みつき)さんの出会い。


 スモークガラスの車の中に鳥籠を見たという彼女は、俺が渡した名刺のバーに来てくれた。

 『ひとならざるもの』としての自覚がなく、隔世遺伝だと分かったのは、そのときのこと。驚いたが、あれだけ無防備に背中に翼を見せていた理由が、ようやく分かった。

 大型の猛禽類は、人間との共存が難しい。『ひとならざるもの』で数が多いのは、自然界と同じで、人間と共存できるもの。ペットとして飼われている猫や犬や小鳥やげっ歯類、それに人里に降りて来る猿、猪、狐、狸など。時々、熊などという凶悪なのもいるが、大抵は獅子である俺の敵ではない。

 大型の猛禽類の彼女に強く惹かれたのは、『ひとならざるもの』の説明をして、俺が本性を見せた後。本性を見せるのには抵抗があるものだが、彼女には見せてもいいと思った。

 彼女には俺を知って欲しいと感じたのだ。


「人間の中で生きてるお仲間は、何も知らへんまま、人間と同じ時の長さで死んでいくんや。日常に帰りたいんやったら、俺はあんさんの選択を尊重するで」


 人間として生きてきて、『ひとならざるもの』となる重みを、俺は想像することしかできない。『ひとならざるもの』として生まれて、周囲も同じならば、同じだけの時間を生きて行けるのだが、人間として育っていれば、人間の友人や家族がいるわけで、それよりも遥かに長い時間を生きなければいけない、しかも獣の本性を抱えて、という状況は過酷なものだろう。

 愛していた家族が、仲の良かった友人が、自分より先に老いて死んでしまう。

 『ひとならざるもの』は最盛期の姿のままで長く生きて、死ぬ直前の数年に急激に老いて死ぬので、年を取った姿に擬態したとしても、長くは一か所にいられない。

 夜臼の家や、志築(しづき)の家のように、『ひとならざるもの』が固まっていて、ある程度知られたところならば、家自体に(まじな)いのように擬態の能力が先祖代々かかっているので、特に動くこともないのだが、そうでなければ、『ひとならざるもの』は年を取らないままに見えてしまうので、どうしても周囲からずれが出てしまう。

 人間として生きている隔世遺伝の彼女は、そんな世界に耐えられるのか。人間として生きていくつもりならば、もうこっちの世界には足を踏み入れない方が良い。

 彼女の幸せを願った俺の言葉に、茉莉(まつり)さんも色々と説得したが、彼女の意思は変わらなかった。

 突然のことに戸惑って、全てを理解はできていなかったのだろう。それでも、彼女は決断した。


「分からないけど、目の前に困ってるひとがいて、どこかに売られようとしている子どもがいると聞いて、それを助けられたかもしれないのに、放って元の生活に、戻れますか?」


 凛と響く声。

 真摯な眼差し。

 なんて美しいひとだろうと、心が揺れた。

 俺は、彼女に恋をした。

 初めての恋に俺は浮かれた。

 事件も無事に解決して、戻って来た親戚の子は、茉莉さんの胸から離れなくなったし、もう一人売られていた子は妹の佳が気に入って引き取った。


「結婚しろいうのを、その子を理由に断るつもりか?」

「お前は、運命を感じたことがないのか? この子は私の運命だ。私が世界一いい男に育てる」


 運命。

 蜜月さんと俺は運命。

 天啓のように、その言葉が俺を貫いた。

 『ひとならざるもの』の中では、運命というものが重視される。いわゆる、魂の相性のようなもので、出会った瞬間に、恋に落ち、お互いに分かるというのだ。

 運命のひと、蜜月さん。

 訓練だの危険だのと理由を付けて、同居に持ち込んだが、佳の眼差しは冷ややかだった。


「あれだな……ハムスターの回し車を、デカい獅子が回してる感じの空回りっぷり」

「はぁ? 俺の気持ちが通じてへんってことか?」

「復唱、結婚は両者の同意があってのみ。性行為も同じく」

「無理やりするかー!」


 そんなことをしたら蜜月さんに嫌われてしまうし、避けられてしまう。俺は蜜月さんと幸せな恋愛をしたいのであって、下衆な親戚が考えるように、蜜月さんに種付けをしたいわけではないのだ。

 まぁ、この年で誰とも付き合ったことがないんだけど!

 『ひとならざるもの』としては非常に若い部類だし、なにより、周囲の親戚から『見合い』と称して種付けを強要されそうになったこともあるので、俺は恋愛の相手には慎重になっていた。

 付き合うのも初めてだから、大事にしないとと思っているのだが、どうやら、俺と蜜月さんは付き合ってもいなかったと、後で知る。

 好きと言ったつもりなのに。

 気持ちは充分に伝えているつもりなのに。

 それなのに、何もかもが蜜月さんに通じない。


「お二人は本当にお似合いですよね。夜臼さんは、志筑さんがこの店で働くの、心配でしょう」


 茉莉さんとの仲を勘違いされたこともあった。

 いや、茉莉さんと仲はいいけど!

 俺と佳を15歳と14歳で当主として家に残して、両親が出て行った後で、保護者として駆け付けてくれた遠縁の茉莉さん。茉莉さんの一族と俺の一族の誰かが結婚したとかで、縁があったのだ。

 感謝はしているけれど、茉莉さんはそういう対象ではない。


「蜜月さん、お前に恋人がいるんじゃないかとか言ってたぞ」


 佳にも言われたが、そんなものいない!

 なんで誤解されるのか全く分からない。

 俺は蜜月さんだけしか視界に入っていないのに。

 空回りと佳に言われる俺の恋は、前途多難だった。

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