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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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30.平常心はいなくなった

 津さんが好き。

 認めてしまうと、津さんの前でこれまでどうやって振舞っていたのか分からなくなってしまう。

 朝食を作ってもらって、配膳していると、津さんが私の手元を覗き込む。


「お魚、骨の少ない食べやすいところを和己にやってくれるか?」

「ひゃ、ひゃい!?」


 飛び上がって、声も裏返ってしまった。

 ちょっと、津さん、近くないですか!?

 今までもこの距離だったかもしれないけれど、意識してから津さんが側にいるのを感じると、飛びのいてしまう。


「佳……俺、蜜月さんに怖がられてるみたいなんやけど」

「自業自得じゃないのか」

「あの親戚のせいか!」

「きっちりお前が管理できてないのが悪い」


 怖がっているわけではないけれど、津さんを傷付けてしまったようだった。気付くまでは平気だったことが、意識すると妙に恥ずかしく感じられる。


「んま! う!」


 朝ご飯が早く欲しい和己くんに急かされて、私は配膳に戻った。和己くんの分は佳さんが気を付けて骨をどけて、魚を解してあげるのだが、私もお手伝いで骨は抜いておく。本来骨のある場所に骨がないのは、津さんも気を付けて骨を抜いているからだ。

 三人の大人の配慮があって、和己くんは口いっぱい、栗鼠のように頬張って美味しそうにご飯を食べている。まだ奥歯は生えていないが、食いしん坊なためか、お米もお粥ではなく普通に炊いたものを食べられるし、お野菜もお肉もお魚も、小さく切り分ければもちゅもちゅと咀嚼して一生懸命食べている。

 朝ご飯は佳さんだけ別に作るのも面倒だろうと提案したら、兄の津さんよりも「蜜月さんは私の食事に異物を入れたりしないだろう」と私の方が信頼されて、家事分担が決まった。

 当番制で食事を作るのは、シェアハウスにでも住んでいるようで楽しくはあったが、妙に津さんの一挙手一投足が気になって仕方がない。


「みぃ! ちょっち」

「はい、お隣りに座るね」


 呼ばれて和己くんのお隣りに座れたので、津さんから離れられたかと思ったが、津さんは食べながら話しかけて来る。


「お味噌汁、濃くなかったやろか?」

「ちょ、うど、いいです」

「お漬物、漬けてみたんやけど、どない?」

「おいひいれす」


 なんだか私、物凄く挙動不審だ。

 恋ってこんなに格好悪くて、無様なものだっただろうか。

 食事をしながら、佳さんが津さんと話している。


「津は自分が強い獣だという自覚がないのが悪い。蜜月さんには、まずは中堅クラスくらいまでを見せた方が良い」

「俺は強い……か。佳に言われると気持ち悪いなぁ」

「道場に通っている中にもいるだろう?」

「蜜月さん、今日は道場で何人か顔を会わせてもらっていいか?」

「ひゃ!?」


 急に話が私の方に飛んできたので、持っていた小鉢を落としそうになった。


「大丈夫、です」


 私があまりに様子が変なので、食事の後片付けをしていると、佳さんが和己くんの保育園の準備をしながら、近寄って来る。保育園の手提げには、今日の着替えとエプロンとお手拭きにオムツと連絡帳が準備されているのを、確認している。


「親戚が来たらしいが、それで嫌な思いをして、津のことが嫌になったのか?」

「い、嫌だなんて、そんな……」

「私は蜜月さんの味方だからな。津が無理やり迫ったら、私に助けを求めるといい」

「無理やり!? 迫る!?」


 そんなことがあるはずがない。

 津さんは紳士だし、穏やかで、強引ではない。私が親戚に嫌なことを言われて、戸惑っているときには、茉莉さんを呼んでくれる配慮までしてくれた。

 その配慮のおかげで、私は自分の気持ちに気付いて、態度が変になっているのだが。


「私、そんなにおかしいですか?」

「津が、怖いか?」

「怖い……?」


 怖いかと聞かれれば、怖くないと答えるしかない。

 近くによるとドキドキするし、意識してしまうので、変な態度になっているだけで、津さんのことは全然怖くない。


「私と同じで、興味がないものには冷徹だからな」

「佳さんは優しいですよ」

「蜜月さんと和己にだけかもしれないよ?」


 ふっと笑った顔が津さんと似ていて、私は妙に照れてしまった。佳さんは佳さんで中性的な格好良さがあるのだ。

 保育園の登園時間が近付いていたので、佳さんが和己くんを抱っこして連れて行く。佳さんに抱っこされたままで、和己くんは私に手を振ってくれていた。

 食器の片付けは終わってしまったし、道場に行かなければいけない。

 二人きりではないとはいえ、道場で津さんと向かい合うのは、ちょっと勇気が必要だった。


「初めまして」

「『ひとならざるもの』の生徒さんや。許可は取ってるから、正体を見てみてくれるか?」


 道場に行くと、津さんの隣りに道着姿の男性が正座していた。私の顔を見て頭を下げるので、私も「初めまして」と頭を下げた。

 顔を上げた拍子に、ぴょこんと長い耳が見えた気がする。


「ウサギさん、ですか?」

「当たりや。猫や犬や小鳥ほどやないけど、ウサギも人間の世界に紛れて暮らしてて、擬態は上手やからな。助かったわ、ありがとな」

「いえいえ、これくらいなら」


 生徒さんは答えて、居合の型の練習に行った。次に来た生徒さんも、津さんに呼ばれて私の前に来る。


「よろしくお願いします」

「話はしてあるから、遠慮なくどうぞ」


 私も「よろしくお願いします」と顔を上げて、その女性の生徒さんを見ていると、尻尾が見えた。細くて長いこの尻尾。分かるような、分からないような。


「名前が分かりません……鼠の一種じゃないですか?」

「テンジクネズミです」

「あー、それ!」


 名前が出て来なかった彼女の本性は、テンジクネズミだった。

 その後も三人ほど見せてもらったが、猫や犬、小鳥で、細かい種類は分からなかったが、本性がなんとなく見えることだけは分かった。


「ちらっと耳や尻尾が見えるだけで、クイズみたいです」

「本気で『千里眼』を使ったら、全部見えるはずなんやろうけどなぁ」

「まだまだ修行が足りないってことですね!」


 気合を入れて津さんと修行している間は、普通に振舞える。けれど、昼食を食べに出かけようと誘われると、どうしても意識してしまう。


「なんで、助手席やなくて、後部座席に乗ってはるの?」

「い、いや、なんとなく……」


 以前の私はごく普通に津さんの運転する車の助手席に乗っていた。あんな至近距離で過ごしていたのが、今はとても信じられない。

 後部座席に乗り込んだ私は、必死に言い訳を考えていた。


「チャイルドシート、そう、チャイルドシートが」

「和己はおらへんで?」

「えーっと、じゃあ、なんだろう、広いところに座りたかったんです!」

「そ、そうか」


 物凄く変なこと言っちゃったー!?

 迫力に気圧されて、津さんも不思議そうな顔のまま納得してるし。

 私は何がしたいんだろう。

 恋愛経験がないだけに、恋ってもっと暖かくて、優しくなれて、幸せなものだと憧れていた。それなのに、実際には不審者一名誕生しただけだった。

 これだと津さんも私に呆れてしまうだろう。


「俺が、怖くなった?」


 ふと漏れた津さんの言葉に、佳さんの朝の会話が重なった。


――親戚が来たらしいが、それで嫌な思いをして、津のことが嫌になったのか?

――津が、怖いか?

――私と同じで、興味がないものには冷徹だからな


 15歳で両親はいなくなってしまって、夜臼の家を押し付けられた津さんと佳さん。茉莉さんが保護者として来てくれたとしても、周囲に警戒して、怖がられていたのだろう。

 玄関で出会った親戚を思えば、あんなひとたちに囲まれていると、態度も厳しくなるだろう。


「怖くないです。津さんは優しくて、紳士で、強くて……かっこよくて……」


 好きです。

 とは、言えなかった。

 私から好きだと言われても、津さんは困ってしまうだけだろう。親愛の情かと思うかもしれない。

 そういう風に思われると、流石の私でも傷付く。

 傷付きたくないから、この気持ちは言葉にはしない。


「蜜月さん、おすすめのお店あらへん? 俺、ほとんど外食したことないから、分からへんねん」

「和牛のハンバーグが食べられるお店がありますよ」


 仕事の休憩時間に行きたかったけれど、いつも混んでいて、時間が足りないので行けなかったお店。仕事が夕方からになって、津さんも時間の余裕があるのだから行けるかもしれない。


「気になってたお店なんです」

「行ってみよか」


 好きが溢れて、津さんに伝わってしまわないように。

 どうか、平常心よ戻ってきて。

 私の祈りが叶うかはまだ分からない。

 『ひとならざるもの』になって、恋をして、私は、私の知らない私と出会い続けている。


これで一章は終わりです。

引き続き番外編と二章をお楽しみください。


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