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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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29.自覚した恋

 津さんにとって、私がどういう存在か。

 考えるのを先延ばしにしていた事項が、目の前に突き付けられた。

 私は津さんと佳さんと茉莉さんの働く『ひとならざるもの』のための探偵事務所の職員で、津さんの家に住み込んでいるのも、和己くんが可愛いのが半分、自分の家が荒らされる事件があって身の危険を感じたのが半分。それに、私は身を守る術や『千里眼』の訓練をしなければいけない。

 ずっとそう考えていて、私が津さんをどう思っているかについては、棚上げにしていた。

 夜臼という日本でも有名な『ひとならざるもの』の家系で、広いお屋敷に住んでいて、代々居合と日本舞踊を受け継ぐ津さんと佳さんの二人。佳さんと津さんと家事分担を始めたのだが、それでも、そんなひとたちに食事を作らせて、お風呂の用意までしてもらうこともあるというのは、尋常じゃない状態だとは分かっている。

 津さんは、なんで私にこんなに良くしてくれるのだろう。

 遠い親戚の小さな男の子が売られたのを許せないと助ける正義感のある津さんだ、隔世遺伝で『ひとならざるもの』に目覚めて、もう元の人間社会には戻れないという私に、同情してくれているのかもしれない。


「津さんは……雲の上のひと」


 夜臼の親戚らしいひとたちは、私が津さんと結婚すると勘違いしていたようだった。大鷲という珍しい種類で、しかも女性。自分ではもう結婚も恋愛もないような年だと思い込んでいたが、『ひとならざるもの』にとっては、35歳というのは成人するかしないかくらいの年齢だと津さんが言っていた気がする。

 それならば、28歳の津さんはまだまだ結婚しなくて良いのだろうと思うのだが、当主となると早く結婚を迫られるのか。

 その相手が私と勘違いされているなんて、津さんに申し訳ない。

 部屋がノックされたとき、私は眠っているふりをしようかと物音をたてないようにした。今津さんと話しても、冷静に話せる自信がない。

 しかし、扉の向こうから聞こえたのは、茉莉さんの声だった。


「入ってもいいかしら?」


 この時間、茉莉さんはバーの仕事のはずだが、津さんが連絡して来てくれたのか。鍵を開けて扉を開くと茉莉さんが沈くんを抱っこして入って来た。スリングの中で、沈くんは健やかに寝息を立てている。


「蜜月さんに困ったことが起きたって、津さんがあんなに焦って電話してきたのは初めてよ」

「話は、聞いたんですか?」

「いいえ。蜜月さんから直接聞いた方がいいと思って」


 眠っている沈くんのために、声を落として話す茉莉さんを部屋に入れて、椅子に座ってもらう。広い部屋で窓際に籐を編んだ椅子のチェアセットがあるのは、茉莉さんが住んでいた頃に揃えた、趣味なのかもしれない。

 リビングに行くと津さんと会いそうでお茶も出せない私は、茉莉さんの向かいの椅子に座って俯いていた。


「仕事から帰ったら、玄関に津さんの親戚の方……多分、ヤマネコと山犬じゃないかと思うんですけど……そのひとたちがいたんです」


 そのひとたちに言われたことは、驚いてしまって詳細はぼんやりとしているが、内容は確りと覚えている。


「私が津さんと結婚するんじゃないかって……津さんがやっと結婚する気になったんだって」


 私が話すのを静かに聞いていた茉莉さんは、穏やかに問いかけた。


「蜜月さんは、津さんのこと、どう思っているの?」

「良いひとだと思います。かっこいいし、優しいし、料理も上手だし……」


 良い師匠で、良い上司。

 それでいけないのだろうか。


「私は、誰かを好きになったことがないの。誰に対しても、関心が持てなくてね。蜜月さんは、津さんに関心を持っているのよね?」


 恋ってどういうもの?

 美しくて、百戦錬磨に見えるバーのママの茉莉さんが囁くように問いかける。

 恋とはどういうものだろう。

 私も、恋愛には疎くて、あまり縁がなかったからはっきりと分かっているわけではない。


「会えなくなったら、つらくて……会えたら嬉しくて……優しくしてくれたら有頂天になって……冷たくされたら悲しくて……全然甘くもなんともないです」


 津さんと一緒にいると楽しい。

 津さんがいないと少し寂しい。

 優しくしてくれると有頂天になって、いけないと必死で自制心を働かせる。

 冷たくはされたことがないけれど、前回の事件で無茶をしたせいで仕事を辞めて津さんの元から離れなければいけなくなるかもしれないと考えたときには、胸が冷たく凍えるような気がした。


「結婚したいとか大それたことは考えてないんですよ」

「結婚の話はしてないわ。それに、この国では結婚は両者の合意でのみ行われるのよ、蜜月さんはよく知っているでしょう?」

「津さんには継がなきゃいけない家が」

「好きなひとと結婚できないくらいなら、家どころか、『ひとならざるもの』も滅んでしまえって言うくらい津さんは情熱的なひとよ?」


 そういえば、そんなことも言っていた気がする。

 結婚してこの家に入ったら、私は財産目当てと思われないだろうか。私は場違いと思われないだろうか。


「津さんが私と結婚したら、肌の黒い子どもが産まれるかもしれないんです」

「肌の色で、津さんは蜜月さんに何か言ったことがある?」


 美しい。

 綺麗だ。

 津さんは私の容姿について、誉め言葉しか言わない。心も綺麗だと言ってくれる。


「津さんより背が高いし……」

「『No one is parfect.』って昔の映画のセリフであったけど、津さんだって完璧じゃないわ」


 茉莉さんにゆっくりと宥められて、頑なになっていた心が解けていく気がする。


「私、津さんを好きでも良いんですか?」

「ひとの心は誰にも縛れない。誰が誰を好きでも構わないのよ」

「迷惑をかけるつもりはないんです。仕事に支障は出さないし」

「蜜月さんが津さんを好きなことが迷惑かは、津さんに聞いてみないと分からないわよ。仕事はきっちりやってもらうけどね」


 恋愛が仕事の妨げにならないか。

 特に私たちは危ない橋も渡ることがある。そういうときに、津さんと恋愛関係にあったら、仕事が成り立たないのではないか。

 まだ恋愛関係になるとは限らないのに、そこまで考えてしまうのは、私が臆病で、津さんへの気持ちを認めたくないところがあるからだろう。


「同僚同士が付き合うってどう思いますか?」

「良いんじゃないかしら」

「良いんですか!?」


 あっさりと答えられすぎて、私は大きな声を出してしまった。

 色っぽい唇に人差し指を当てて、茉莉さんが「しー」と私を嗜める。茉莉さんの胸に抱っこされている沈くんが、「ふぇ」と小さく泣き声を上げたので、茉莉さんは立ち上がって沈くんを揺らし始めた。


「大きな声が怖いみたいなの……両親の元で、大きな声で怒鳴られていたのかもしれないわ。声を出して泣けないのも、泣くと両親に殴られていたからかもしれない」


 こんな小さな可愛い子を、沈くんの両親は虐待していた。挙句の果てに、ブローカーに売りに出した。それが許せなくて、津さんは取り戻しに行き、茉莉さんが甘やかして優しく沈くんを育てている。


「『ひとならざるもの』の血統を求めるためだけの、愛のない結婚がどういう結果を生むか、蜜月さんは沈さんを見て知っているわよね。私は津さんに幸せになって欲しいし、蜜月さんにも幸せになって欲しい」


 それに、と茉莉さんは付け加える。


「相手を守りたいと思う気持ちが、仕事にも大きく影響するかもしれないわ」


 そう言われてようやく私は認めざるを得なくなった。


「津さんが、好きです」


 あの桜並木で出会ったときから、私はずっと津さんが好きだった。

 初めは和風のすっきりと整った容姿に惚れたのかもしれないが、話していくうちに、気さくさ、優しさ、そして激しさに触れて、もっと好きになった。

 もうこの気持ちを隠しておくことはできない。


「津さんには、内緒にしてください」

「分かってるわ。私は蜜月さんの味方よ」


 茉莉さんに応援されて、具体的に何をすればいいのか分からないけれど、津さんを好きと言う気持ちだけは捨てないようにしようと思った。

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