28.撒かれた火種
最初はどこを見て良いのか分からなかった。
佳さんに、「あのひと」と言われても、どのひとか分からないうちに、人ごみの中に消えてしまう。
よく見ようとする前に流れていくひとの中から、『ひとならざるもの』を見つけるのは難しかった。
「あれ、もしかして……」
「本性は分かったか?」
「本性までは。ちらっとしか見えなかったですから」
健やかにチャイルドシートで眠っている和己くんのために、声は潜めていたが、私の呟きは佳さんにきっちりと聞こえていた。
青白い髪に青い目の茉莉さん、白い髪に水色の目の佳さん。私の鏡に映った姿も、髪の毛先が白くなっている。
それを思い出して、染めているのではないかと思われるような髪色の人物に注目しだしたあたりから、少しずつ私にも分かるようになってきた。本性までは分からないが、誰が『ひとならざるもの』かは分かる。
茶虎の模様のあのひとは、確信は持てないが、猫のような気がする。白と灰色の混ざった髪のあのひとは、ハムスターのような気がする。
「蜜月さん、色と柄だけで決めてない?」
「そ、そうです」
指摘されて、その通りだと私は白状した。
「『ひとならざるもの』を見分けられるようになったのは成長だけど、本性までは難しいみたいだね」
「私、才能ないですか?」
「まだ初日だろう? 津にも話して、こういう訓練をするように頼めばいい」
繁華街を歩いているひとは、早足で人ごみに紛れてしまうので分かりにくい。そのことを佳さんに伝えると、佳さんがにやりと笑う。
肉食獣を思わせる笑顔に、心臓が跳ねた。
美女は笑顔も迫力があります。
「津の道場に通ってる生徒さんと、私の教室に通ってる生徒さんの半分は『ひとならざるもの』だよ」
夜臼の親戚が通ってきているのもあって、津さんの道場と佳さんの教室には『ひとならざるもの』がたくさんいるようなのだ。
「本性を見破られるのを嫌がるひともいるから、津と私から話を通して、了承が取れた生徒さんにはお願いするよ」
「人ごみに紛れてるのも、そのうちすぐに分かるようにならないといけませんよね?」
「道場と教室での訓練と並行して、街での訓練も続ければいい」
頼りになる佳さんの言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。
全く進歩がなかったかもしれないと思っていたが、少しは前に進めそうである。
「津さんは自覚がないって、自分が美形だってことも気付いてなかったりします?」
「若干、あいつ、ナルシストだからなぁ」
「あ、自覚あるんだ」
美形だという自覚はあるのに、漆黒の獅子で擬態の能力が高いという自覚はないようだ。そう言えば、隔世遺伝の女性の狸の尻尾は見えたし、私を襲った相手は狐の尻尾が見えた気がするが、あれは驚いていたり、攻撃されて擬態が緩んだりしたからだろうか。
自分で姿を見せてくれなければ、津さんの本性は分からないし、佳さんも茉莉さんも、本性をまだ私は見たことがない。話では佳さんが虎で、茉莉さんが狼と知っているが、その片鱗を二人とも決して見せようとしない。
それくらい、『ひとならざるもの』にとって、本性とは隠しておきたい大事なもののようだ。
「津さんは、見せたがり?」
「ぶふぉ!」
信用させるためとはいえ、私に簡単に漆黒の獅子の姿を見せたり、修行のために漆黒の獅子になってくれたりした津さんは、本性を見せることに抵抗がないのだろうか。
そう思って呟いた言葉に、佳さんが盛大に吹き出してしまった。
「津は物凄く神経質で、自分の本性を聞かれるのも嫌がるのに」
「私には簡単に見せてくれましたけど……」
それだけ事態がひっ迫していたということなのだろう。
沈くんが売られて連れて行かれて、和己くんも売り先が決まったら海外に飛ばされる予定だった。二人が売られないようにするためには、私の協力が必要で、そのために津さんは見せたくもない本性を、渋々見せたのだろう。
修行のために私が獣の本性になれるように、巻き込んで一緒になってくれたのは、あれも仕方がなかったわけで。
「私、津さんにものすごく迷惑かけてる!?」
「迷惑どころか、蜜月さんが来て、津は丸くなったというか」
「太ったんですか!?」
「そっちの意味じゃなくてね」
夜臼の家を15歳で継がされて、周囲は全員敵だと思っていた。油断をすれば親戚が攫われて売られていく中で、津さんは、警戒心を強めて行った。
佳さんの話によればそうなのだけれど、私にあまりに親切なので、津さんがそんなに尖っているとは思えない。別人の話のように聞いていたが、それを佳さんは苦笑しながら見ていた。
事務所に戻ると、寝てぐにゃぐにゃになっている和己くんを抱っこして、佳さんがベッドにもなるソファに寝かせる。夜の間は保育園は預かってくれないのだけれど、小さな子どもが家でぐっすり眠れない日があるのは、成長に良くないのかもしれない。
和己くんも沈くんも、後4年もすれば小学校にもいくだろう。その頃には私は40歳近く……。
「そういえば、佳さんは和己くんと結婚するって言ってましたよね?」
「私が育てた最高の男と結婚するんだ。良いだろう?」
「『ひとならざるもの』って、年の差婚が普通なんですか?」
「運命に出会う、とよく言うね。お互いに相性の良い相手は一目で分かる」
まだ1歳の和己くんを、佳さんは運命だと思って育てている。
「津さんにも、運命のひとが?」
「気付かれてないみたいだけどね」
「いるんですね!?」
どうしよう。
本格的に私、お邪魔虫じゃないですか?
家を出ようとしても、茉莉さんも佳さんも津さんも止めて来るし、本当にこれでいいんだろうか。
「蜜月さんは、自分が珍しいって、自覚がある?」
「私、珍しい……んですよね」
突然話題が変わったので、ついていけなくなりそうだったけれど、佳さんに言われて、しみじみと『大鷲』という動物について考えてみる。漆黒の獅子やアルビノの虎ほどではないが、確かに珍しい動物ではあるのではないだろうか。
珍しいから狙われる。
それも分かっているのだが、価値がとかそういう話になると、私はよく分からない。私が『ひとならざるもの』のどの辺の位置にいるのか、全く見当がつかないのだ。
「擬態も上手になってるから、もう見破られることはないだろうけど、蜜月さんは自分が高値で取り引きされる存在だと覚えていて欲しい」
組織のボスの明人さんは、あくまで連れて来た女性を洗脳しようとしていたが、それは私が大鷲で、明人さんの言葉に懐疑的だから、洗脳も説得もできないと考えたからだ。
言葉で無理ならば、彼らは自我を失わせるような違法な薬物を使う。
「私、薬で操られてたかもしれないってことですか?」
「その危険性もあったと覚えていて」
自分でも無茶なことをしたという自覚はあったが、具体的になにをされていたかを想像すると、恐ろしくなる。
ぞっとしながら帰りは茉莉さんに送ってもらうと、茉莉さんの車を見送ってから、玄関に見知らぬひとたちの姿を見た。私が近寄ると、値踏みするようにじろじろと見つめて来る。
和服姿だから、津さんや佳さんの関係者かもしれない。
「ようやく結婚する気になったかと思うたら、外国の血が混じってる隔世遺伝か」
「せやけど、珍しい匂いがしはりますわ。どんな相手にせよ、当主が血を残そう思うたんやったら、それが『ひとならざるもの』なら歓迎せな」
「あんさん、それで、幾ら欲しいんか?」
何か、酷い勘違いをされている気がする。
私が津さんと結婚するとか、そういう話をこのひとたちはしていないだろうか。
目を凝らせば、ヤマネコと山犬の本性を持っているような気がする、この二人。
「お金なんて、いりません」
「愛し合ってるんやなぁ。その調子で、良い血統の子をぽんぽん産んでくれはったら助かるわぁ」
良い血統の子ども。
私は子どもを産むための機械ではないし、津さんは子どもを作るための機械でもない。
「通してください!」
「蜜月さん……あんさんら、何しに来はったんや?」
声が響いたのか、玄関先に津さんが出て来てくれる。津さんの顔を見たらほっとして、私は二人の横を通り抜けて家に入った。
「何を言われたんや?」
「津さんがやっと結婚する気になって、その相手が私だって……」
そんなはずはないのに。
そんなことは絶対に起こるはずがないのに。
津さんに私が想われることも、津さんに私が吊り合うこともない。
そう思うと胸が痛んで、私は津さんを置いて足早に自分の部屋に戻っていた。
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