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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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27.師匠は不評

 私は今、二人きりの居合道場で、津さんと見つめ合っている。

 良い雰囲気なのではない。それだけは絶対に違うと主張したい。

 道場の生徒さんが途切れた合間に入れてもらったので、津さんは白い居合の着物と袴姿だった。側に置かれているのは、日本刀だろうか。


「あれ、刃が潰してあったりするんですか?」

「いや、そのままやで。ちゃんと届け出て所有してるから問題ない」

「津さんはあれを抜くんですよね」

「そやけど、蜜月さん、集中してへん?」


 集中していないわけじゃないんです。

 美形と見つめ合っていると間が持たなくて、つい話し出してしまうだけで。生徒さんが来る合間だから、大鷲の本性になるわけにはいかない。そうなると、訓練は『千里眼』のためのものに限られて来る。

 津さんの正体は漆黒の獅子だと知っているけれど、『千里眼』で擬態している状態からそれを見抜けないかを練習しているのだが、一生懸命見つめれば見つめるほど、津さんが美形だと分かるだけだ。

 彫りの深いこってりとした私の顔と違って、津さんは黒い目も切れ長で、和風のあっさりした顔立ちをしている。それがまた真っすぐで艶々の黒髪によく合っていて、物凄くかっこいい。

 自分の顔が濃いからかもしれないが、私は和風のすっきりとした端正な顔立ちが好みだったようだ。

 綺麗なお顔。

 見惚れている場合ではないのだけれど、目をそらしてはいけない気がして、津さんと見つめ合うこと数分、やっぱり無理だと私は両手で顔を覆った。


「全然だめです……美形が美形にみえるだけ……」

「俺、かっこいい? 蜜月さんの好み?」


 えぇ、とても!

 なんてことは言えるわけがない。

 自分が美形だと自覚のある人間はこれだから質が悪い。


「別のアプローチしてみよか」

「何か方法が?」


 この見つめ合う気まずい時間が過ぎるのならば、何にでも縋るつもりの私に、津さんは少し離れるように言って、道場の床の上に正座をした。本当ならばそこに刀があるはずなのだろうが、津さんは何も持っていない。

 すっと立ち上がり、刀を抜く動作をした津さんが、中空をばっさりと切り捨てたのを見ていた私は、ないはずの刀を津さんの手に見ていた。


「い、今、刀、持ってなかった、ですよね?」

「見えたんか?」

「刀が空間を切り裂く感じで……」

「さすがやな」


 刀を鞘に納める動作までしてから、津さんは説明してくれた。


「これが、俺の隠してる『能力』なんや。あの刀は、通常の人間を切ることも、物を切ることもできへん。せやけど、あの刀は『ひとならざるもの』の本性を切ることができるんや」


 自分の能力はできる限り隠しておきたいものだけれど、私には特別だと教えてくれた津さん。そもそも、『千里眼』でもなければ、存在しない刀が津さんの能力によって具現化するのを、確認できないというのだ。

 『ひとならざるもの』の正体は見られないけれど、私の『千里眼』は確かに働いているようだった。


「津、生徒さんが来てるよ。蜜月さん、仕事に行くだろう? 車に乗せて行こう」


 時間を確認すると、出勤時間が近くなっていた。呼びに来てくれた佳さんに礼を言って、私は津さんにも頭を下げる。


「また明日もよろしくお願いします、師匠!」

「やから、師匠やなくて、津さんて呼んで?」


 敬意を払っているつもりなのに、津さんは私に支障と呼ばれるのが嫌みたいだった。

 部屋に戻って、フォーマルっぽく見える動きやすいパンツとシャツに着替えて、佳さんが待つ駐車場に行く。和己くんの保育園のお迎えを終えてから、佳さんはいつも出勤しているので、自然と保育園に寄る流れになった。

 私があまりに無謀なので、佳さんや津さんが、一人で出勤させてくれない。前回の事件で相当心配をかけたのは分かっているが、少しくらい動かないと増えた体重が元に戻らないのだが、それも自業自得というやつか。

 保育園の駐車場に車を停めて、佳さんが私を見た。


「どうする? 一緒に行くか?」

「行きます」


 可愛い和己くんとついでに沈くんのお迎えもするのだから、佳さん一人では大変だ。和己くんと沈くんは春生まれと冬生まれで一年近く誕生日が違うが、和己くんが早生まれなので、同じクラスに入っている。

 お迎えに行くと、クラスの先生から和己くんと沈くんの様子を教えてもらった。


「沈ちゃんは、ずっと和己ちゃんの後ろに隠れてますよ。和己ちゃんがいるから泣かないで頑張れてるのかな」

「沈、泣かなかったのか。和己、沈の面倒を見て偉かったな」


 抱っこされて和己くんは佳さんに飛び付いているが、沈くんは私のパンツの裾を握ってぷるぷると震えている。抱っこすると、ぎゅっと胸にしがみ付いてきた。


「茉莉さんの次に蜜月さんに懐いているんじゃないか?」

「そうですかね。そうだったら嬉しいな」


 小さな沈くんを私が抱っこして、和己くんと佳さんが手を繋いで、和己くんのよく分からない歌に合わせて駐車場まで戻る。チャイルドシートに寝かせようとすると、沈くんの目に涙が溜まった。


「茉莉さんのところに行くからね。それまで頑張ろうね」

「まー……」


 弱弱しく茉莉さんを呼んで、沈さんがぎゅっと拳を握り締める。助手席の和己くんは、お歌を歌って、上機嫌だった。

 バー「茉莉花」と事務所の入っているビルに着くと、まず、バーに入る。抱っこされて震えていた沈くんは、茉莉さんの顔を見るや否や、飛び付いて行った。


「晩ご飯を食べましょうね。和己くんも一緒よ」

「まー、まんま?」

「そうよ。食べ終わったら、抱っこしてあげる」


 晩ご飯を和己くんと並んで食べる沈くんは、もう泣いていない。和己くんと仲良くなってから、ご飯も楽しく食べられるようになったようだった。

 成長を感じつつ、私は事務所の方に上がる階段に向かった。途中で、佳さんに声をかけられる。


「食べ終わったら、付き合って欲しいところがあるんだが、いいかな?」

「私に、ですか?」


 和己くんの食事が終わったら付き合って欲しい場所。

 佳さんがそんなことを言いだすのは珍しいので、大人しく待っていると、食べ終わった和己くんは、沈くんの分まで手を出しそうになっていた。


「和己、それはダメだよ」

「んま!」

「足りなかったのかい?」

「沈さん、もうお腹いっぱいみたいだから、貰ってもいいわよ」


 茉莉さんに許可を得て、和己くんは残っていた沈くんのおかずも平らげていた。これは和己くんの方が幼児らしくむちっとして、沈くんがひょろりと細いわけだ。太っているというほどではないが、しっかり肉付きのいい和己くんは、背は高くないが、ころころして可愛い。

 食べ終わって、二人並んで手を合わせてご馳走様をするのを確認して、佳さんが和己くんの手と口を拭いて抱っこした。


「蜜月さん、本当に申し訳ないと思っているけれど、あのバカは自覚がないんだ」

「バカって誰のことですか?」

「津」


 駐車場に連れて来られて、車に乗せられて、チャイルドシートで和己くんが寝始める。車は夜の繁華街に入って、大通りに面した駐車場に停まった。


「津や私は、獅子と虎で『ひとならざるもの』の中でも力が強い」

「そうですよね、茉莉さんも、力が強いんですよね」

「だから、練習台にならないと、津は気付いてないんだ」


 え?

 ちょっと待って。

 あの美形と見つめ合った私の時間と努力は、全くの無駄だったってわけですか?

 ショックの余り呆然としてしまった私に、佳さんは人ごみを指さした。


「この中に、犬や猫や小鳥くらいの、力の弱い、人間に溶け込んで生活しているものがいる」


 津さんは訓練の実験台にならないから、佳さんはそれを分かって、私をこの雑多な繁華街に連れて来たのだった。

 ネオンと街灯の灯りの下、歩いていくひとたち。それを見て、その正体を見抜けと言う。


「分かったら、どうすればいいんですか?」

「私と答え合わせだ」


 どのひとがどんな本性の動物の姿か分かったら、佳さんに伝えて、答え合わせをする。これは津さんにはない新しい修行法だった。


「頑張ります、よろしくお願いします、師匠!」

「津と同じ括りは嫌だ」


 よく分からないけれど、師匠という言葉は、津さんにも佳さんにも不評なようだ。薄暗い大通りを歩いていくひとたちを、私は目を凝らして観察した。

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