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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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26.気になる給与形態

 探偵事務所に就職してから、経費でワイヤレス式イヤホンやモバイルバッテリーも買ってもらっているし、隔世遺伝で自覚のない女性が攫われる事件も解決したが、私にはどうしても放っておけない疑問があった。

 前回は夜臼の親戚の沈くんと、一緒に捕えられていた和己くんを助けた。今回の事件では、『ひとならざるもの』として自覚のない女性を助けて人間社会に戻してあげた。

 どちらも、依頼人が来て、依頼を受けて、金銭が発生する事案ではなかった。


「津さんは居合道場の師範代、佳さんは日本舞踊の先生、茉莉さんはバーのママ、みんな本業を持っていますよね」

「そうやな」


 その日は津さんが待機の日で、事務所で私がデータを打ち込んでいると、コーヒーを淹れてくれた。お返しに記入漏れの書類を渡すと、微妙な顔をされてしまったけれど、記入漏れがあると、データにならないと茉莉さんに強く言われているので、ここは事務員として引けない。

 コーヒーを飲みながらデスクについて書類に記入し始めた津さんに、私はパソコンのキーボードを叩きながら問いかける。


「私の給料は、どこから出てるんですか?」


 依頼人が来て金銭が発生する事案ではなかったのだから、前回の事件も、今回の事件も、事務所への収入はなしということになる。沈くんが攫われた事件に関しては、夜臼の家からお金が出ていないとは限らないが、それにしても、本業を持っている他の三人に比べて、専業でこの事務所だけで働いている私の給料が、三人の稼ぎから出ているのだったら、申し訳なくて辞めたくなってしまう。


「依頼人がおるときには、依頼人から報酬はもろうてるし、なにより、組織に押し入ったり、ブローカーを捕まえたりしたやろ? あそこで押収した金銭の一部が、ちゃんと流れて来る仕組みになってるんや」


 警察の上層部にも『ひとならざるもの』が紛れ込んでいる。そういうひとたちと繋がりを持つことによって、ブローカーが捕えられるたび、組織のアジトが見つかるたびに、押収した金品の中から一部がこの探偵事務所に流れて来るようになっている。

 綺麗なお金かといえば、否だが、お金はお金。探偵事務所を維持するのだって、資金がなければできない。


「津さんや佳さんや茉莉さんが自腹を切ってるってことはないんですね」

「そうやったら、蜜月さんは辞めてまう?」

「そりゃそうですよ。申し訳ないじゃないですか」


 役に立っているのか分からない私を一人雇うために、津さんや佳さんや茉莉さんが真っ当な仕事で得た報酬を掠めとるなんて、冗談じゃない。

 そう主張するが、津さんの考えは全然違っていた。


「本業をしながら、探偵事務所の仕事もするのは、俺らも楽やない。その結果が、事務所に溜まってた書類や。蜜月さんも見たやろ?」

「十年分、分類するだけでも大変でした」

「正直、このままやったら、仕事が回らへんとはみんな気付いてたんや。それを円滑に回してくれるんやったら、ちょっとくらいの自腹は切っても、助かるだけや」


 自腹という言葉に、私は懐疑的な眼差しを津さんに向けた。


「自腹、切ってないんですよね?」

「ただの例えや。ほんまに俺らは自腹切ってないで。ただ、探偵事務所での稼ぎはもらってへんのは確かやな」


 私だけが給料をもらって、津さんと佳さんと茉莉さんはタダ働きをしている。その事実も、私には飲み込めないものだった。


「私だけもらっていいんですか?」

「事務所の維持費と、経費にほとんど使ってるからなぁ。俺らは本業で稼いでるから、特にいらへんし」


 そうだった。

 この夜臼津という人物は、やたらと広い庭のある日本家屋のお屋敷に住んでいる、由緒正しき『ひとならざるもの』の一族の当主だった。妹の佳さんも、お金に困ったことはないのだろう。茉莉さんだって、この前聞いた限りでは、非常に由緒正しい一族の生まれのようだった。

 コンシェルジュ付きの茉莉さんのマンション。あれだけ見ても、茉莉さんがお金に困っていないのは分かる。

 私のような庶民とは金銭感覚が違うのだろう。事務員に払う給料くらい、全く気にならないのかもしれない。


「津さんは、雲の上のひと……」

「蜜月さんの方が雲の上やないか? 美人で、気立てが良くて、真面目で、勇気があって、人を助ける人情がある」

「雲の上!? 私が飛べるからですか?」


 物凄く褒められた気がするけれど、美形はやっぱり、気軽にひとを口説くもののようだ。どさくさに紛れて津さんの家に住み込むことになってしまったけれど、それもそろそろ身の振り方を考えなければいけない時期に来ているのかもしれない。

 次の給料日に給料をもらったらとか考えていたら、事務所の資金繰りが気になってしまったのだった。


「津さんのご迷惑にもなるだろうし、お家を出ようと思っているんですが……」

「なんで!? 蜜月さん、俺のご飯、美味しいて食べてくれはるやないの。俺が何かした?」

「いえ、ダイエットにも協力してご飯を減らしてくれるし、至れり尽くせりなんですけど……」


 毎食ご飯を作ってもらって、昼はお弁当まで作ってもらって、このままでは地を這っていた家事能力が、消え失せてしまいそうな気がする。

 何より、津さんは夜臼の当主なのだから、いつお見合いの話が来て、誰かと付き合うことになるか分からない。


「ご迷惑やなんて、言わんといて。俺は蜜月さんと一緒に暮らせて嬉しいと思うてる」

「でも、津さんにお相手ができたら……」

「蜜月さんがおるのに、できるわけないやん。ほんまに、気付いてくれへんの?」


 私がいたら、お邪魔で恋人もできないというのは分かる。気付いているからこそ、家を出ようと言っているのに、津さんにはそれが通じない。

 話が噛み合っていないような気がしていると、階下のバーから茉莉さんが上がって来ていた。


「はいはい、痴話喧嘩はそこまでよ。蜜月さん、まだしばらくは津さんの家にいた方が良いわよ。あなた、自分が狙われたのを忘れたわけじゃないでしょう?」


 あ、そうでした。

 忘れたわけじゃないけれど、今度住む場所はオートロックでもうちょっと安全な場所にすれば済むと考えていた私の甘さを、茉莉さんは指摘してくる。


「『ひとならざるもの』は監視カメラに映らないの。『ひとならざるもの』が見ていたら見えるけれど、一般の人間にとっては、不審者の『ひとならざるもの』が本性の獣の姿になったら、何も映っていないように見えるのよ」


 オートロックも監視カメラ付きの部屋も、安全ではない。

 確実に安全なのは、津さんと佳さんという、漆黒の獅子とアルビノの虎のいる夜臼のお屋敷だった。

 そう言われると、絶対に出て行くとは言いづらい。


「身を守る訓練の他に、蜜月さんの『千里眼』がもっと使えないか、考えてみたのよ」

「私の『千里眼』がですか?」

「無意識に使ってはいるみたいだけれど、もっと精度を上げられないか……例えば、『ひとならざるもの』の正体が見えるようになったら、私たちが追うのもかなり楽になるわ」


 良い目をしていると、初めの頃に津さんと茉莉さんに言われた記憶がある。『千里眼』については、スモークガラスの車の中に鳥籠が見えたり、飛んでいると街がズームして見えたり、建物が透けるようにして中がみえたりして、とても便利ではあるけれども、その精度を更に上げられるなら、やってみたい。

 元々、津さんや茉莉さんのお役に立って、売り買いされる命を救うためにこの事務所に入ったのだ。私の能力が更に役に立つのならば、精度を上げる修行だって受ける気でいる。


「居合は実践向きやないけど、身を守る方法はある程度教えられるかもしれへん」

「教えてください、師匠!」

「いや、師匠て」

「津さんは『千里眼』の精度も上げられますか?」

「それは、実験台になるくらいしかできへんけど、とにかく、やってみよ」


 目標が定まった。

 津さんのお世話になりすぎているのは気になるが、茉莉さんの言う通り、不用意に家を出ることの方が、津さんに結果的に迷惑をかけかねない。


「その代わり、津さん」

「なんや。なんでも言うて?」

「ご飯、当番制にしませんか?」


 津さんのように上手じゃないけれど、私だって食事は作れる。あまり美味しくないかもしれないけれど、一緒に住んでいるのだったら、家事は分担したい。そうでなければ、私は津さんに寄生しているような状態になってしまう。


「帰ったら佳とも相談しよか」


 話は決まった。

 嬉しそうに津さんがにこにこしているのを、茉莉さんが笑顔で見ていたけれど、それがどうしてなのか、私にはよく分からなかった。

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