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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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25.不安な夜

 十年以上も探していたひとが、組織のボスになっていた。黒幕は他にもいそうだが、とりあえずはあのひとを茉莉さんは捕まえなければいけない。

 落ち着いているように見せているが、きっと狼狽しているであろう茉莉さんを、茉莉さんの弟さんに預けている和己くんを迎えに行くついでに、全員で送って行く。今までの十年間、あのひとを探し続けていた間よりも、これから敵対する事実の方が、茉莉さんにはつらいのかもしれない。

 コンシェルジュの横を通って茉莉さんの部屋に上がると、玄関前から泣き声が聞こえていた。佳さんの脚が早くなる。鍵を開けた茉莉さんの腕には、泣きながら沈くんが飛び込んできたし、和己くんはひっくり返って手足をじたばたさせて大泣きしていた。


「姉さんごめん……全然寝ないし、ご飯も食べなかった……」

「私が急に留守にしたせいよね。沈さん、大丈夫だった?」


 きゅっと口を真一文字に結んだまま、涙だけがぼろぼろと零れている沈くんと、はっきりと大声を上げてひっくり返って泣き喚いている和己くん。面倒を見ていたという弟さんは、若干げっそりしてみえた。


「和己! 帰ったよ」

「けー!」


 両腕を広げて和己くんを佳さんが呼べば、泣き腫らした顔で立ち上がってよたよたと歩いてくる。佳さんの胸に抱っこされてからも、しばらく和己くんは泣き止めずにしゃくり上げていた。


「茉莉さんのことやけど、探し人が見つかったんはええんやけど……組織のボスで」

「そういうことだろうと僕は思っていたよ」

(すみれ)くんは、気付いてたんか?」

「彼は元々酷い純血主義で、それで姉さんを口説いていたから」


 純血主義?

 どういうことだろう、後で津さんに聞いてみよう。

 とにかく、その日は遅かったので、沈くんと和己くんを寝かせなければいけないと、茉莉さんのことは菫さんにお願いして、家に戻った。帰りの車の中で、津さんが説明してくれる。


「俺は運命を感じたら、それが普通の人間でも構わへんて思うてるし、夜臼の家なんか、滅びるなら滅びてしまえと思うてるけど、志築の家はそうやない。血統を重んじて、同じ狼の一族が生まれるように、親戚同士、もしくは狼同士でしか結婚を許さへんところがあるんや」

「それが菫さんの言ってた純血主義ですか?」

「そういうのが嫌で、茉莉さんは家から出たんやけど、追いかけて来たのがあの男っていうわけや」


 年が離れた弟なので、茉莉さんにとっては、菫さんよりも彼の方が兄妹のようにして育った存在だったので、無碍にはできなかったという。


「茉莉さんは大丈夫でしょうか……」


 大丈夫、平気と、茉莉さんは自分で言っていたが、それが本当だとは思えない。10年以上探し続けた相手が、自分と敵対することになってしまったなんて、ショックでないわけがない。


「沈が、心癒してくれるかもしれないな」

「佳さん……」

「私も和己が来てから、心が穏やかになった」

「穏やかになって、あれなんやな」


 すかさずツッコミを入れた津さんは睨まれていたが、窓を蹴り破った佳さんの登場には私も驚いた。ああいう全面の大きな窓は、割れ方からしても粉々になっていたので、かなり硬くて、もしかすると防弾加工がしてあったかもしれない。

 車の前のランプを蹴り割る佳さんにとっては、簡単な出来事なのかもしれないが、私にとってはあまりにも非日常だった。

 家に帰ってからも眠れる気がしなくて、お風呂から出た後に髪を乾かしてリビングでソファに座っていると、津さんがココアを入れてくれた。温かなココアを飲みながら、津さんが真剣な目で私に語り掛ける。


「今回、自分がどれだけ危険なことをしたかは、分かってはるやろ?」

「はい……反射的に体が動いてしまって、ご迷惑をおかけしました」

「蜜月さんは、自分の価値を知った方がいい」

「自分の価値」


 『ひとならざるもの』として、純血主義や、血統主義のものたちにとっては、大鷲の私は非常に珍しく、喉から手が出るほど欲しい存在だということ。私に赤ん坊を産ませて、優秀な『ひとならざるもの』の血統の子どもを作らせようという輩は、あの組織以外にもたくさんいるということ。

 説明されても、恋愛もしたことがない、結婚なんて遠い話だった私にはあまりピンとこない。


「俺と簡単に二人きりになってまうのも、どうかと思う」

「へ?」

「俺が、蜜月さんに手ぇ出さへんと思うてる?」


 手を出す。

 どういう意味だったっけ?

 考えていると津さんの手が私の頬を撫でた。

 何かがおかしい。

 ココアのマグカップを置いて、そろりとソファから逃げると、津さんは追って来なかった。


「俺も男やし、我慢してるんやで。とはいっても、蜜月さんに警戒されてしもたら悲しいから、耐えるけど」

「男……津さんはモテそうだから、そんなに困ってないんじゃないですか?」

「俺は、蜜月さんのことが……」


 津さんの目が燃えるように私を見ている。漆黒の炎のような目を見ていたら、どうにかなってしまうそうで、私は後ずさった。

 その瞬間、するりと津さんの首に誰かの腕が回った。


「津……一族から犯罪者を出してしまうなんて。問答無用だ、私が介錯をしてくれよう」

「わー!? 佳!?」


 いつからいたんですか!?

 いつの間にか佳さんが津さんの後ろに立っていて、腕で津さんの首を絞めていた。

 それ、気管締まってませんか!?

 津さんの顔色が青くなって、べしべしと佳さんの腕を叩いている。


「佳さん、お、落ち着いて。ほら、和己くんが」

「けー?」


 お布団から佳さんがいなくなったので、半泣きで探しに来た和己くんの声に、佳さんは素早く津さんから離れて、和己くんを抱っこした。和己くんは今日、菫さんのところに置いて行かれたのが不満だったようで、「め! やぁ!」と佳さんが寝ているのにいなくなってしまったことを責めていた。


「すまない、和己。兄を犯罪者にさせるわけにはいかなくてな」

「犯罪者にさせたくないから殺すって、どういう神経やねん!」


 華麗なツッコミが和己くんを抱っこする佳さんに入って、私は笑ってしまった。


「兄妹っていいですね」

「これ見て、ええと思わはるの?」

「不本意だな」


 津さんと佳さんは嫌な顔をしているけれど、兄弟のいない一人っ子の私からしてみれば、二人の関係は遠慮がなくて羨ましい。

 弟さんはまだ大学生で、年が離れているというから、茉莉さんとあのひとも、こんな風な気安い関係だったのだろうか。


「あのひとは、なんていう名前なんですか?」

「確か、志築(しづき)明人(あきと)やなかったっけ?」


 ずっと探し続けていた相手が、犯罪者になってしまった茉莉さんの気持ちは分からないが、女性を容易く誘拐して、丸め込んで売ろうとした相手の名前を、私は覚えておきたかった。

 これから、私が敵対する組織のボスの名前。


「あのひとは、教授(プロフェッサー)に目覚めさせられたと言っていた気がします」

「その人物が、黒幕やろ。各国にいるボスたちを纏めて、一つのネットワークで繋いで、『ひとならざるもの』を流通させようとしとる」

「流通って、ものみたいな……」

「『ひとならざるもの』の世界を築くとは言っていても、奴らにとっては、自分たちが頂点に立って、それ以外の『ひとならざるもの』は繁殖のための家畜程度にしか思っていないのだよ」


 抱っこで背中をぽんぽんと叩かれて眠り始めた和己くんのために声を潜めていても、佳さんの怒りは伝わって来る。

 『ひとならざるもの』が君臨する世界とはどんなものなのだろう。想像はつかないが、それが人間にとっても、人間に溶け込んでいる『ひとならざるもの』にとっても、良いものではない気はしている。


「あのひと……明人さんを捕まえても、黒幕の教授(プロフェッサー)を捕まえない限りは、次の人員が追加されるだけですよね」


 話が世界規模になってしまうと、海外旅行も行ったことのない私にとっては、想像もつかない領域になってしまうが、それでも、人間の見えないところで世界の危機がじわじわと広がっているのは理解できる。

 それを茉莉さん、佳さん、津さんに、中途半端な私の四人だけで止められるのか。

 不安ばかりが胸に募った。

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