24.現れた探し人
チャコールグレイの三つ揃いのスーツを着た長身の男性は、連れて来られた私ともう一人の女性に、優雅に椅子を勧めた。拘束されて、無理やり連れて行かれるのだと思っていたから、その様子に、私は少なからず驚いてしまった。
何よりも、その長身の男性の髪の色と瞳の色、青白い髪と青い目には、どこか見覚えがあった。
「手荒な真似をしてすみませんでした。どうしてもあなたに手を貸して欲しくて。そちらのあなたでも構いませんよ?」
「手を貸して欲しいのならば、もっと丁重に扱うのではないですか?」
「気の強い方ですね。きっと先方も気に入ると思います」
穏やかな物言いも、どこか似ている。
「あなた、志築さんをご存じですか?」
「あぁ、彼女の探偵事務所から来たのですね。彼女はまだ、僕を探していると」
苦く笑うそのひとは、茉莉さんが探しているひとに違いなかった。
まさか、茉莉さんが十年間もかけて探していたひとが、組織のボスと呼ばれる人物だったなんて。
ショックを受けている私を無視して、そのひとは私の隣に座る混乱している女性に話しかける。
「年老いて死にかけている高貴な方がいます。その方の最期の望みは、優秀な自分の子を素晴らしい女性に産んでもらうことです。あなたは選ばれたひとなのです」
「騙されないで! そのひとは、幼児を競売にかけて、命を売りさばくブローカーなんです」
「命を売りさばくとは失礼な。僕たち、『ひとならざるもの』は数を減らし、人間に紛れてしか生きられなくなっています。かつてはどの一族も貴賎なく大事にされていたのに、人間社会に溶け込んでからは、数の少ない食物連鎖の頂点に立つような一族が、希少種と呼ばれて珍重されている。僕は、この現状を打開したいだけなのです」
『ひとならざるもの』の数が増え、種類に関係なく平等に扱われるように。
そして、人間社会から脱却するように。
「もともとは、人間が『ひとならざるもの』を畏れ、敬い、信仰の対象としていたはずなのに、今は人間に隠れてしか生きることができない。彼女のように、自分がなんであるかを忘れてしまっているものもいる。今こそ、『ひとならざるもの』が君臨する世界を作るのです」
そのためには、『ひとならざるもの』の優秀な血を増やし、残して行かなければいけない。
このひとは、自分の言っていることがどれだけ無茶苦茶か、分かっているのだろうか。
それが分からないくらいに洗脳されてしまったのだろうか。
「あなたは優しいひとだと、茉莉さんに聞きました。茉莉さんは、ずっとあなたのことを探していたのに、連絡もしなかったんですか? あなたは……洗脳されているんじゃないですか?」
洗脳されている相手にこんなことを言っても仕方がないのだけれど、言わずにはいられなかった。『ひとならざるもの』が君臨して、人間を治める世界を作り出すだなんて、想像もつかないが、それが平和な世界ではないことは分かる。
『蜜月さん、その男に、変わってくれる?』
そうだった、私はずっとワイヤレス式イヤホンを携帯電話と繋いで、茉莉さんと通話していたんだった。私の声は全部パソコンを通じて、スピーカーから茉莉さんにも、津さんにも、佳さんにも聞こえてしまっていた。
「スピーカーモードにしますね」
ずっと探していた相手が、人身売買組織のボスになっていた。それは茉莉さんにとっては、ショックなことだろう。スピーカーモードにした携帯から流れる声が、若干震えている気がした。
『それが、あなたの選んだ道なのね?』
「急にいなくなって、茉莉が僕を探しているのは知っていたよ。でも、もう、僕は出会ってしまったんだ」
『誰に、と聞いたら、あなたは答えてくれるの?』
「世界でこのプロジェクトを勧めようとしている教授と呼ばれる存在に」
さぁと私の隣りに座る女性の手を取ろうとする彼に、私は反射的に大鷲の姿になっていた。
蹴る場所は、藪坂さんに喜ばれながら、何度も練習した。顎の下を思い切り、下から上に。
鉤爪で引っ掻かれて血が出ながらも、後ろに仰け反ったその男性が倒れていくのを確認しつつ、私は人間の姿に戻って女性の手を引いた。
「逃げますよ!」
「ど、どうやって!?」
放心状態で話の意味も分からず聞いていた女性は、立ち上がったが、私も彼女をどこに導けばいいのか分からない。近くの大きな窓に駆けて行っても、鍵がかかっていて、開かない。
『蜜月さん、部屋の端に下がって』
「はい!」
携帯電話から聞こえた茉莉さんの指示に、私は女性の手を引いて部屋の端に逃れた。物凄い音がして、窓が粉々に蹴り割られる。蹴った体勢のまま佳さんが、私に手を振っていた。
ぱらぱらと降るガラスの破片を避けながら、津さんと佳さんが中に入って来た。少し遅れて、ノートパソコンを持った茉莉さんが入って来る。
「どうしても邪魔をしたいようだね」
「あんさんのしてることは、ひとの命を売り買いする、最低なことやって、気付いてはりませんの?」
「お見合いの仲介料をもらっているだけだよ」
「ここは警察に包囲されてるわ。逃げられるなら逃げてみなさい」
茉莉さんの言葉に、青白い髪の男性の姿が揺らいだ。彼の本性は狼だったようで、巨大な青白い毛皮の狼が青い目で、茉莉さんを見つめる。
「君には、一緒に来て欲しかった。君はこの国の女王になれたのに」
「そんなこと、望んでない」
はっきりと断られて、青白い毛皮の狼は、高く跳躍して逃げていく。
『ひとならざるもの』の警察が追いかけたとしても、彼を探すことはできないだろう。そうやって、彼は十年間、逃げ続けたのだ。
「茉莉さん、大丈夫ですか?」
「私は平気よ。そちらの方を日常に戻してあげないと」
呆然としている攫われた女性は、非日常を垣間見てしまったが、まだ日常に戻れるだろう。今後も狙われないとは限らないので、警察の方で説明をして、警備は増やすようだった。
「茉莉さん、こんなことになってしまって、ショックかもしれないが」
「大丈夫よ、佳さん。嫌な言い方かもしれないけれど、こういう結末も覚悟していなかったわけではないから」
薬で洗脳されて、全てに従う探し人の姿も想像していなかったわけではないだろうが、それが組織のボスだったなんて、茉莉さんでもショックは隠しきれていない。
「出会ったって言うてたな。あいつを操ってるもっと上の奴がおるってことや」
「今回は逃したけれど、次はあのひとを捕まえて、その点もじっくりと聞かなきゃいけないわね」
前向きに言ってから、茉莉さんがノートパソコンを閉じて、長く息を吐く。
「生きててくれたのは良かったけれど、最悪の結末だったわね」
「更生は無理かもしれへんなぁ。探偵事務所、どないする?」
あのひとを探すために茉莉さんが設立した探偵事務所だ。それを今後どうしていくかは、茉莉さんにかかっている。
「続けるわ。あのひとも、あのひとを唆した奴も、全員捕まえて、活動ができないように組織をバラバラにしてやらないといけない」
「今回ボスに会えたのは、蜜月さんのおかげだな」
「ダメよ、佳さん。蜜月さんは、無謀なことをしたと反省してもらわないと」
「蜜月さんは本当に勇気がある」
「佳、蜜月さんを唆すなや」
佳さんは褒めてくれるけれど、茉莉さんと津さんに心配と迷惑をかけてしまった自覚はしっかりとある。深々と頭を下げて謝って、私は俯きながら問いかけた。
「ごめんなさい……私、解雇ですか?」
「蜜月さんを辞めさせるなら、私も辞めるよ」
「佳!」
「解雇はしないけれど、もうあんな無茶はしないと誓って?」
本当に心配したと茉莉さんに言われて、私は素直に「はい」と答えた。
答えたのだが、またあんなことがあれば、反射的に体が動かないとは限らない。
懲りない私は、もっと戦い方を学ぶべきなのかもしれなかった。
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