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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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22.集まる情報

「思い出したことがある」


 帰り道に私が襲われた後、日中に飛ぶ日になって、佳さんがこう切り出した。何を思い出したのかと、事務所で茉莉さんと津さんと聞いていると、夜臼の家に持って来られたお見合いの話だった。


「普段から見合い写真など見ずに返すんだが、あのときはしつこくて」


 中央アジアの富豪の一族の(トップ)が、老い始めた。死を数年後に控えて、彼は自分に相応しい後継者がいないことに焦ったのだと佳さんは聞かされた。


「後継者を産む間だけでもいい、国に来て欲しいと言われて、全員敷地内に投げ飛ばしてお帰り願ったが、私がそういうのを断っているのは知っているだろうに、やたらと粘っていたのが印象に残って」


 そうでなければ、記憶にも残さないという佳さんは潔いが、私はまだ『ひとならざるもの』の生態について知らないことがあった。


「『ひとならざるもの』は、若い姿のまま生きるんですよね?」

「そうやで。最盛期の姿で長く生きて、死ぬ直前で老いだす」

「老いが始まってから、どのくらいで亡くなるものなのですか?」

「個体差があるけど、1年から3年以内には死ぬもんがほとんどや。俺らの寿命も個体差があって、100年超すくらいの短命なのから、数百年生きる化け物みたいなのもおるし」


 とにかく、種類も豊富で個体差の大きい『ひとならざるもの』。それでも、老いが始まると急速に衰えて、死に近付いていくのだという。何百年生きたのか分からない中央アジアの富豪の一族の(トップ)は、人生の最後に悪あがきを始めた。


「それで、成人した女性が性急に必要になったんですね」

「正攻法の見合いで捕まらなかったから、闇に手を染めたのね……あの一族はまともだと思っていたのに」

「死を前にすると、ひとはおかしくなるて言うけど、あの品行方正な一族がな……」


 中央アジアの富豪の一族については、茉莉さんも津さんも知っていた。何度か売られた『ひとならざるもの』の子どもを買い戻すときに、手を貸して貰っていたというのだ。

 この探偵事務所に手を貸していたような一族の(トップ)が、死を前にして、恐れ戦いて、血を残そうと足掻いている。


「あのひとは『ひとならざるもの』の血が濃いから、少しは長く生きるやろうけど、数年内に自分が死ぬて分かったら、誰でもこうなるもんなんやろか」

「分からないわ……私たちには、きっと、まだ分からない」


 一族の高潔さを知っているからこそショックを受けている津さんに、茉莉さんが穏やかに言う。美男美女でこの二人は並んでいるととても見栄えが良い。

 深刻な話なのに、二人はお似合いだなぁなんて考えてしまう自分の平和ボケした頭が恨めしい。


「道を間違ったなら、正してやればいいだけのこと」


 女性が手に入らなければ、死の間際に狂ってしまった(トップ)もどうしようもなくて、誰か一族のものが真剣に止めに入るかもしれない。佳さんに言われると、全員が落ち着いてきた。

 できることは、事件が起きて、女性が攫われる前に助けることだけだ。


「屋上に行って来ます」


 何かあったらすぐに人間に戻れるように、通勤用のリュックを背負って、ワイヤレス式のイヤホンを付けて、屋上までの階段を登っていく。見送りに来てくれたのは津さんだけで、茉莉さんはデスクのパソコンで、私の携帯電話の通話を拾ってくれながら、位置情報を確かめてくれるはずだ。

 大鷲の姿になって、皮の猛禽類用の手袋を付けた津さんの腕に乗る。

 鷹匠などで使う鷹や隼はもっと小さなタイプで、大鷲を狩りに使うというのは聞いたことがないが、大きすぎる私でも、津さんは落とさずにしっかりと支えてくれていた。


「蜜月さん、飛べるところまででええ。無理はせんといて」

「はい、行ってきます」

「必ず戻ってきて」


 送り出す津さんの腕の動きは緩やかで、私が飛び立ちやすいようにしてくれている。大きな翼を広げて、私は屋上から飛び立った。

 時刻はちょうど一般的に仕事の昼休みに入る、正午近く。街の上を旋回しながら飛んでいると、私に気付いている気配もちらほらとある。

 騒ぎ立てたり、写真を撮ったりしていないのは、人間に溶け込んで生きている『ひとならざるもの』たちなのだろう。

 あまり低く飛ぶと、高いビルに当たってしまいそうで、高く飛び上がる。


「茉莉さん、電波は大丈夫ですか?」

『聞こえてるわ。位置情報も掴めてる』

「もう少し遠くに飛べそうな気がします。隣り町まで行ってみても良いですか?」


 この街だけでは、見つからないだろうし、県を超えてまで飛べる自信はなかったが、周囲の街までなら十分に制限時間内に見て回れそうだった。

 明らかにおかしな動きをしているひとはいないかと、目を凝らすのだが、なかなか見つからない。


『13時になったら知らせるから戻ってきて』

「分かりました。それまでに行けるところまで行きます」

『くれぐれも無理をしないで』


 茉莉さんに指示されて、私は大きく羽ばたいた。

 どれくらいの時間飛んでいられるのか、どこまで飛べるのかは、まだ試したことがない。普通の大鷲ではなくて、『ひとならざるもの』なのだから、一時間くらいは飛べるのではないかと甘く見ていた。

 隣り町まで来たところで、私は疲れを覚えて来た。

 どこかに降りたい。


「茉莉さん、ちょっと、疲れてきたかもしれません。一度、適当なビルに降ります」

『ひとがいないかどうか、確かめてね』


 封鎖されていそうな高校の屋上の貯水タンクの上に降り立った私に、下から大声が聞こえて来た。


「見えなかったんですか? 物凄く大きな鳥……屋上に降りて来てましたよ?」

「先生、見間違いじゃないんですか?」

「残業続きでお疲れなんじゃ」


 笑われているのは、若い女性の教師だろうか。『千里眼』で確かめると、中庭から屋上の私を指さして、一生懸命そちらを見るように言っているが、一緒にいる教師たちは話を信じてもいないようだ。


「そんな大きな鳥が飛んでたら、影もさすし、生徒たちも騒いでますよ」

「生徒たちはいつも騒いでます」

「それなら、写真でも撮ってみたらどうなんですか?」


 言われて写真を撮っているが『ひとならざるもの』の獣の姿は、一般の人間には見えないし、写真を撮ることもできないのだと私は教えられていた。


「茉莉さん、見つけました。高校の教師で……あ、尻尾が見えてる!」


 津さんと初対面のときに私が擬態が下手で、羽がはみ出ていたように、目を凝らしてみるとその女性はお尻に尻尾が見え隠れしていた。丸いあの尻尾は恐らくは狸だ。


「狸です。珍しいですか?」

『猫や犬や小鳥よりは珍しいわね。勤務先まで突き止めたのね。大手柄だわ』


 茉莉さんに褒められて、私は大きく翼を広げて事務所に戻っていった。狸の本性を持つが、自覚がないであろう女性は、飛び立つ私を真ん丸な目で見つめていた。

 事務所の屋上に戻ると、津さんが迎えてくれる。戻ってくるタイミングを計って、屋上に上がってきてくれたのだ。皮の猛禽類用の手袋を付けた津さんの腕に戻って来られて、私は心底ほっとした。


「見つけたみたいやな」

「はい、勤務先も分かりました」


 いつまでも腕にいると重いだろうし、飛び降りて人間の姿になると、津さんと一緒に屋上の階段を降りていく。隣り町の高校の職員で若い女性ということで、茉莉さんはどういう手段を使ったのか分からないが、職員名簿をパソコン画面に広げていた。

 職員名簿の並んだ写真の中に、私が見た女性がいる。


「このひとです。間違いありません」

「かなり相手も焦って急いでるみたいだから、今夜あたり仕掛けるかもしれないわ」

「助けられますか?」


 私の問いかけに、茉莉さんは穏やかに言う。


「多分、このひとは人間として生きた方が幸せだと思うの。蜜月さんも、できることなら人間として生きて、死にたかったでしょう?」


 『ひとならざるもの』として売りに出されてしまえば、嫌でもそのひとは自分が人間でないことを知ってしまう。知ったうえで、望まぬ子どもを妊娠させられて、産まされるまで監禁されるかもしれない。

 人間としての人生を全て狂わせるようなそんな事件は、未然に防がなければいけない。


「茉莉さんや津さんや佳さんと出会って、和己くんと沈くんを助けたことは後悔してませんが……人間としての生活を簡単に捨てられたかといえば、そうじゃないですね」


 あのときには他に選択肢がなかったからそうしたけれど、切迫していない状態で、私の力が必要とされていなければ、私は人間として生きることを選んだかもしれない。

 今となってはもう推測しかできないが、私は選べるならば、人間としての生を選んだかもしれない。

 誰かに強要されて、無理やりにあの女性が『ひとならざるもの』としての生活を強いられることがないように、できることはしなければいけない。


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