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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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21.掴んだ手がかり

 事務所に戻ると、茉莉さんもすぐに駆け付けてくれた。胸に付けているスリングの中で眠っていた様子の沈くんも、目を覚まして、うるうるの瞳で私を見つめる。


「みぃ?」

「みーた?」


 和己くんと沈くんにまで心配されてしまった。というか、沈くんに私、認識されている!

 和己くんとはずっと一緒に住んでいるし、お風呂も一緒に入ることが多いのですっかり懐いてくれていたが、沈くんは茉莉さんのことしか見えていない様子だったのに、今、私の名前を呼んでくれた。


「相手は正体を見せた?」


 沈くんに認識されたことで浮かれてしまった私は、茉莉さんの深刻な表情に現実に引き戻される。前に盗撮をしていた相手は、尻尾が見えたような気がするが、今回は暗がりだったし、練習通りにやらなければいけないと緊張しすぎて、相手が倒れた後に確認する余裕もなかった。


「こ、怖くて、何も分かりませんでした。すみません」

「謝らなくてええんやで。襲われるなんて、大変なことやからな。蜜月さんが無事で、戻って来られただけで充分や」

「何か手がかりでも掴んでいたら良かったのでしょうけど……逃げることだけに必死で」

「それでいいのよ。次からも、一番は逃げることに集中して。それで、もし何か見たら、それを報告するくらいで構わないわ」


 とりあえずは私が無事で良かったと、津さんも茉莉さんも言ってくれるが、何の手がかりも得られなかったし、相手も逃がしてしまって逃げて来たことが、なんだか申し訳ないような気がした。


「ボスが喜ぶって言ってました」

「そのボスを私はずっと追っているの」


 茉莉さんの一族は、珍しく同じ種類の群れで固まって暮らしていて、結婚も遠縁の同種の相手とすることが決まっている。一族の中だけではなくて、同種ならば一族の外からでも構わないのだが、茉莉さんはそういう閉鎖的な群れが嫌で、一族から離れて、お店を持って一人で暮らしていた。


「私のことをすごく心配してくれたひとがいて……そのひとからプロポーズもされていたのだけれど、私はそのひとのことは兄のような存在にしか思えなかったの」


 プロポーズを断り続けても、茉莉さんの元へ通って来るその群れの仲間が、攫われたのはおよそ十年前。


「愛してたわけじゃないけれど、私の元に来る途中で攫われたと聞いて……私はあのひとを探さないといけないと思ったのよ」


 結婚する気もプロポーズに応える気もないけれど、茉莉さんのせいでそのひとが攫われたのならば、茉莉さんは責任をとらなければいけない。そのひとが元の群れに戻れるようにしなければいけない。


「成人した『ひとならざるもの』の男性は種付け役として、女性は胎を借りて出産させるために、高値で取り引きされるのよ」

「種付けって……サラブレッドとかでやってる、ああいう感じですか?」

「もっと生々しくて……薬を飲まされて、興奮状態にして、相手の女性の排卵日に合わせて性交を無理やりさせるみたいな……」


 沈くんや和己くんもいるので声を抑えた茉莉さんは、攫われた同族のことを思って、眉を顰めていた。


「私も、攫われたら、子どもを産まされていた、ってこと、ですか?」

「簡単なのは、沈や和己みたいに、小さい頃に攫って、それを買って、それ以外選択肢のない状態で育てて、子どもを作らせることなんやけど、大人の『ひとならざるもの』も薬で排卵を誘発させたり、興奮状態にして、操って、それを商売にしてる阿呆がおるんや」


 赤ん坊は、新たに生まれて来る命である。

 その命に値段を付けて、売り買いするだけでなく、新しく種付けをして、胎に植え付けて、無理やりに産ませる。そういう行為が商売として成り立っていいはずがない。


「私が隔世遺伝だから狙われたんですか?」

「多分、相手もそこまで認識してなくて、蜜月さんが俺らに訓練されて、『ひとならざるもの』の獣の姿を使いこなせて、攻撃したり、逃げたりできるとは思わへんかったんやろな」


 大鷲の姿で飛んだ日から、私は茉莉さんの同族を攫ったかもしれない闇のブローカーの目標に定められてしまった。計算外だったのは、私が津さんに訓練を受けて、『ひとならざるもの』の獣の姿と人間の姿を使いこなし、獣の姿で攻撃して逃げることができるようになっていたことだろうが、そうでなかったら、私も和己くんや沈くんが売られかけたように、競売にかけられていたかもしれないのだ。


「茉莉さんの同族は探す方法はないんですか?」

「悪趣味なことに、一定数、その組織は種付けのできる男性を拘束しているみたいなのよね」


 種付けのために男性を派遣して、行為が終わったら、また回収して、他の相手にまた種だけを売り付ける。女性を拘束していないのは、妊娠期間が10か月以上かかる女性の場合には、貸し出す期間が長すぎて、採算が合わないからだと言われて、ぞっとする。


「それだけ、薬漬けにされて、茉莉さんの同族の方は……」

「もう十年近く経つから、生きているかも分からない……でも、生きているなら、助けたいの」


 茉莉さんが『ひとならざるもの』専門の探偵事務所を設立して、それに津さんと佳さんが協力している理由が、私にも分かった気がした。成人するまで茉莉さんにお世話になっていたという津さんと佳さんは、茉莉さんに恩返しをしようとしているのかもしれない。


「私、囮になれませんか?」

「あかん、危ないことをさせるためにここに入ってもらったんやない」

「でも、私も、茉莉さんのお役に立ちたいです」


 人間に戻れないことを分かって『ひとならざるもの』の世界に足を踏み入れようとした私に、茉莉さんはきちんと説明して、止めてくれたし、その後も私が『ひとならざるもの』として初心者であることを配慮して、色んなことを教えてくれる。

 隔世遺伝で隙だらけで捕まえられるかもしれないと私が甘く見られているうちに、組織の中に入り込めば、そこに茉莉さんを導くことができるのではないか。


「蜜月さん、馬鹿な考えはやめてちょうだい。私はもう、誰も奪われたくはないの」

「私は茉莉さんのお役に立てませんか?」

「充分に立っているわよ。組織のボスが女性を求めていることは分かったもの」


 組織で拘束して、薬漬けにして貸し出されるのは、男性だけとその組織では暗黙の了解で決まっている。しかし、狙われたのは私だった。

 隔世遺伝で自覚が薄く、隙が多いはずだと踏んで狙ったのだろうが、私は既に津の訓練を受けて、自力で逃げ出せるくらいになっていた。


「もう蜜月さんが『ひとならざるもの』として覚醒してること、私たちと繋がりがあることは知れていると思うから、囮にはなれないのよ」

「その代わりに、相手の次の狙いが分かったってことだよ。蜜月さんは、ただ逃げて来ただけじゃなくて、ちゃんと相手の次の狙いを探って来た」

「私、役に立ててました?」


 私を狙うのは難しいかもしれないと、もう組織には知れ渡ってしまったが、その代わりに、別の女性を狙うかもしれない。

 次の狙いが、『ひとならざるもの』の成人女性で、隔世遺伝か、自分の身を守れないものと分かっただけでも収穫だと言われて、私はほっとして涙が出そうになってしまった。

 あれだけ怖い思いをしたのに、何も収穫がなかったなんて悲しすぎる。そうではなかったことに、私は安堵していた。


「蜜月さんは、これから役に立ってもらうわ。『ひとならざるもの』の隔世遺伝の自覚のないひとについては、組織も目を付けているひとがいるかもしれないけれど、私たちはあまり情報がないの」

「蜜月さんの『千里眼』で探して欲しいんや」


 街の上空を旋回しながら、『ひとならざるもの』を探す。


「隔世遺伝ってどうやったら、分かりますか?」

「蜜月さんが見える相手だよ」


 日中に大鷲が飛んでいたら、『ひとならざるもの』ならば同族だと思うだろうが、隔世遺伝で自覚がないひとならば、驚いて指さしたり、他のひとに言ったりするかもしれない。通常の人間の目には大鷲の私の本性は映らないし、『ひとならざるもの』として自覚があれば、飛んでいてもそんなに大騒ぎはしない。

 大騒ぎをしているひとを確認して、津さんと茉莉さんと佳さんに伝えればいいのだ。

 日中の街を飛ぶのは初めてだが、茉莉さんの話を聞いて、私は役に立ちたい一心で、計画を実行する日を待った。


「それにしても、怖い思いをさせてしもて、俺が送って行けばよかったなぁ」

「そ、それなんですけど……私、ダイエットしようと思って」


 しみじみと津さんに謝られて、私は自分の体重が増えてしまったことを白状するしかなかった。


「そうか……蜜月さんが美味しいて食べてくれるから、作りすぎてしもた。女性はそんなん気にするのに、気付かへんでごめんな」


 謝られたけれど、津さんのご飯が美味しいのは確かだったし、食い意地の張っている自分がただただ恥ずかしかった。


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