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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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20.狙われたのは私

 日中は沈くんと和己くんは保育園に行く。和己くんが早生まれで同じ年なので、同じ保育園の同じクラスになれて、沈くんは泣きながらも登園していったと茉莉さんは話してくれた。

 ピクニックで飛ぶ訓練も終わって、事務所に出勤初日、夜は店に出るために朝から昼間は休んでいたり、家事をしていたりする茉莉さんが、その日は事務所に来て私に仕事を教えてくれた。


「直接押しかけて来るひともいるけれど、それは藪坂さんに任せておいていいわ。電話が来たら、内容をメモしてくれる」

「電話の要件をメモですね」


 この辺りは法律事務所でもやっていたことだったので、慣れていると言えば慣れているのだが、その他に気になることがたくさんあった。

 事務所に入るとデスクの上に積み上がっている書類。

 私の視線に気付いた茉莉さんが、沈痛な面持ちで額に手をやる。


「書類を纏めないといけないと分かっているのだけれど、私たち、全員本職があるでしょう……それに、実のところ、こういうのが苦手で……」


 警察とのやり取りの記録や、過去の事件の記録など、書類は茉莉さんのデスク、津さんのデスク、佳さんのデスク、それぞれに分散している上に、書きかけのものも多いのだという。

 本業をしながら探偵事務所もだと手が回らないのは分かるが、これでは事務所が事務所として機能しない。


「ファイルやバインダーを買ってきても良いですか?」

「10年分くらいあるから、纏めてくれると助かるわ」

「分かりました」


 こういう事務仕事は得意だ。データとしてまとめた方が良いものなどを確認して、全部のデスクから書類を集めて、買ってきたファイルやバインダーに纏めていく。

 お昼ご飯は津さんの作ってくれたお弁当を食べて、夕方まで作業をすると、仕事を終えた佳さんが出勤してきた。


「お疲れ様です」

「デスクの見晴らしがよくなってる!」

「うお!」


 驚く佳さんに、保育園のお迎えを終えて抱っこされている和己くんも驚きの声を上げていた。

 通常では、特に事件のない日は、誰か一人が事務所の方にいて、他は休んで待機している。『ひとならざるもの』が人間以上の体力を持つとはいえ、通常の仕事もしつつ、夜に探偵事務所もだったら、過労で倒れてしまうだろう。

 日替わりで佳さん、津さん、茉莉さんで回して行って、藪坂さんが店を預かる日が週に半分あって、その間は茉莉さんが事務所にいるという変則的な勤務だったようだ。


「明日からは、蜜月さんも昼から夜までの勤務にしてくれるとありがたいんだけど」

「昼の間は書類を片付けて、夜には何をすればいいですか?」

「夜はほとんど待機だよ」


 欠伸をしている和己くんを部屋のソファに寝かせて、佳さんも添い寝をする。緊急で駆け込んでくる依頼者は、夜に多いのだが、来ない日もあるので、そういう日は待機の間佳さんは仕事の疲れを癒してベッドにもなるソファで和己くんを寝かせたりしていると教えてくれた。

 私は仕事は探偵事務所だけだったが、朝からずっと書類を纏めているので、多少は疲れがないともいえない。

 ゆっくりしていていいと言われても、作業途中の書類があるので、それに手を付けていると、津さんがやって来た。


「今日は津の日じゃないだろう」

「蜜月さんが初日やから、心配やったんや。なんも問題なかったか? 怖いひとが来たら、藪坂さんに頼んだらええからな?」


 私が『ひとならざるもの』初心者だから、津さんは心配してくれている。勘違いはしないように。顔が良いのでつい津さんにぽーっとなってしまうが、津さんは新人の私に紳士的で優しい理想の上司なだけなのだ。


「もう蜜月さん仕事終わりやろ。良かったら一緒に……」

「津さん、このファイルの書類に未記入のところがありました。佳さんも、未記入のファイルはデスクの上に乗せてます。未記入のところに付箋を貼っているので、ご確認ください」

「お、おう」

「茉莉さんの書類はほぼデータ化されていたので、今後は同じくデータ化して、どの地域で事件が多いのかの分析にも使うと茉莉さんが仰ってました。それじゃ、記入よろしくお願いします。お疲れ様です」


 連絡事項を伝えて、鞄を持って私は探偵事務所に直接つながる階段から降りて、津さんの家に帰る。送ってもらえばすぐなのだし、優しい津さんはそのつもりだったかもしれないが、それに甘えてはいられないのだ。

 三食、作らなくても出て来る状況、しかも、お昼はお弁当まで作ってもらってしまう状況は、私を変えた。

 主に、体重面で。

 太ってしまったのだ。

 今はまだ1キロ程度の範囲で納まっているが、これが続けば、私は長身で体格がいい上に、デブになってしまう。それだけは避けたい。そう言えば、亡くなった祖父も写真で見るとたっぷりとしたお腹をしていた気がする。

 祖父にそっくりだと言われる私は、あのたっぷりとしたお腹の遺伝子を受け継いでいないとは限らないのだ。

 食事は食べ過ぎないように気を付けているが、作ってもらったものを残すのは申し訳ない。せめてものダイエットに、通勤は歩いていくことに決めていた。

 前の職場のように、パンプスにスーツという格好でなくて良いので、少しフォーマルに見えるジャケットと清潔感のある襟のあるシャツとパンツかスカート、それに、何かあればすぐに動けるようにフォーマルっぽく見える皮だが、スニーカータイプの靴を就職に当たって準備した。荷物はA4サイズの入る機能的だが可愛めのリュックサックで、朝は軽くジョギングしてから出かけるようにしているが、帰りはさすがに走れない。

 大股で早足でできるだけエネルギーを使おうとしていると、後ろに不穏な影が過った気がして、私は歩くのを更に早めた。身長があるので、歩幅が大きく、私は歩くのがかなり早い。それにぴったりと付いてくるのだから怪しい。

 津さんが心配して追いかけて来たのかとも考えたが、あの爽やかな雰囲気ではなくて、もっとねっとりとした奇妙な視線を感じる。

 逃げなければいけない。

 走りだそうとしたところで、腕を引かれて、人気のない通りに連れ込まれてしまった。


「放してください!」

「隔世遺伝か……これは高く売れる。ボスも喜ぶぞ」


 叫んで助けを求めようとしたが、私の腕を掴んでいる男性の言葉に、彼が『ひとならざるもの』だと分かった。携帯電話で津さんに助けを求めていたら間に合わない。

 こういう場合はどうするんだったっけ。

 落ち着け、私。

 息を整えて、私は風を切る翼をイメージする。私の姿が揺らいで大鷲になったのに驚いて手を放してしまった男性に、羽ばたきながら飛び上がって、顔面に蹴りを入れる。


「うぎゃ!?」


 顔面を蹴られて、男性が後ろに仰け反って倒れていく。大鷲は大きさがあるからその蹴りも強烈なのだと津さんが言っていた。

 やった!

 藪坂さんで練習した成果が見せられた。

 後は何も気にせずに飛び上がって、風に乗る。家に戻っても、津さんも佳さんも事務所でいないので、目指すは事務所の屋上だった。最初に飛び立ったのが屋上なので、場所はしっかりと覚えている。

 道を歩くのとは違う、障壁のない空をゆったりと飛んで、旋回しながら屋上に降りた。降りたところで人間の姿に戻ると、腰が抜けて座り込んでしまう。

 震える手で携帯を操作しようとして、何度も押し間違える。

 それだけ私は怖かったのだと今更ながらに実感した。


「し、津さん、帰り道で、襲われました」

『蜜月さん!? 今どこや?』

「事務所の、屋上です」


 なんとか津さんに電話をかけられて、津さんの声を聞くと、涙が出てきそうになる。訓練通りに体は動いて、荷物も私も無事だったが、怖くなかったわけがない。

 階段を上がって来る音がして、屋上の鍵を開けて津さんと佳さんが駆け付けてくれる。


「津さん、怖かった……」


 屋上の冷たいアスファルトに座り込んだまま、携帯電話を握り締める私は二人の姿を見て安堵に涙が零れた瞬間、私は津さんに抱き締められていた。

 抱き締められて……なんで?


「蜜月さん、無事で良かった」


 そんなに熱烈に私の無事を思ってくれるのは嬉しいんですけど、美形に抱きしめられるのはびっくりするので、ちょっと離れてください。


「津、セクハラ!」

「めっ!」


 容赦なく頭を叩かれて、和己くんを抱く佳さんに引き離された津さんは、申し訳なさそうな顔をしていた。でも、それだけ私が心配だったことだけは、伝わって来た。

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