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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私
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19.高台の高原

 登山道から少し離れた見晴らし台は、平日だということもあって、人気は全然なくて、私たちの貸し切り状態だった。

 チャイルドシートに和己くんと沈くんをそれぞれ乗せて、佳さんと茉莉さんは車で、私と津さんはバイクで、登山道の入口にある駐車場まで行く。バイクから降りるとヘルメットとバイク用の皮のジャケットを脱いでパーカーに着替えて、鉄骨入りのブーツも履き替えて、見晴らし台までは歩いて登った。

 階段の一段一段がかなり大きくて、和己くんは両手を使って一生懸命登っていた。泣きながらも、沈くんは必死に茉莉さんに手を引かれて登っていく。屋根のある東屋があって、そこにベンチがあったが、ベンチでは届かない沈くんと和己くんのために、シートを敷いて、お弁当になった。

 街を見下ろせる見晴らし台は風が強かったが、お天気も良かったので寒くはなく、泣いていた沈くんも茶色のお目目を丸くして周囲を見回していた。


「もう少し登ったら拓けた高原があるから、そこで遊んだらええ」

「とっても広いわね。沈さん、びっくりしちゃった?」

「ひおーい……」

「そうねぇ、いっぱい走れるわよ」


 公園に遊びに行っても、周囲の子どもや親を怖がって、抱っこから降りることもできなかった沈くんの靴は、新品のようにぴかぴかだった。汚れて履きなれた和己くんの小さな靴とは対照的だ。

 まずは腹ごしらえとお弁当を広げる。

 膝の上に抱き上げられて、手を拭かれている間も、沈くんは泣いてはいなかった。お弁当箱を早く開けて欲しくて、和己くんは歌いながら、お手手を佳さんに差し出している。お手拭きで綺麗に手を拭いた後には、お待ちかねのお弁当だ。


「まつっ!」


 小さな両手を合わせて、いただきますをした和己くんは、遠慮なく素手で小さなおにぎりを掴んだ。おにぎりをもちゅもちゅと齧っている間に、佳さんがおかずを口に入れる。つられたのか、沈くんも、茉莉さんの膝の上で手を合わせて、おずおずと小さなお弁当箱の中のおにぎりを手に取っていた。

 重箱に入った大人用のお弁当箱の中には、おにぎりが一段分、おかずが一段分、残りはフルーツが一段分入っていた。

 豪華なそれから茉莉さんがおにぎりをとって沈くんに話しかける。


「ほら、沈さん、同じね」

「おんなじ?」

「そうよ、お揃いよ。とっても美味しいわ」

「おいち?」


 笑顔でおにぎりを頬張る茉莉さんに、沈くんもおにぎりを齧ってみていた。


「蜜月さん、出遅れるとなくなるで。あれで、茉莉さんも佳もめちゃくちゃ食うからな」

「良い格好見せようとして」


 紙の取り皿に津さんがおにぎりとおかずをとって、箸を渡してくれる。美形男子はこういうところも気が利くようだ。そう思っていたらにゅっと伸びた和己くんの手が、おにぎりを握り締めた。


「和己のはそっちじゃないぞ?」

「けー!」

「私に取ってくれたのか? なんて和己は紳士で気が利くんだ」


 ずいっと佳さんの前におにぎりを差し出す和己くんは、誇らしげな顔をしている。同じ調子でおかずも適当に手で握り締めて、佳さんのお皿に持って来るのを、佳さんは若干力加減ができず握り潰されて、手形が付いていても、受け入れていた。


「和己、こんなにいっぱい、ありがとう」

「ち?」

「うん、美味しいよ」


 褒められてリンゴのようにほっぺを真っ赤にして喜ぶ和己くん。沈くんは静かに茉莉さんの膝の上でおにぎりを齧っていたが、茉莉さんを見上げて、にこりと微笑む。


「まー、おいち」

「そうね、私の作ったお弁当、美味しいでしょう?」

「おいちーねー」

「なんて良い子なの」


 おかずにも手を伸ばし、しっかりとお弁当を食べる沈くんは、称賛されて嬉しそうだった。


「慣れるまで保育園は入れなくていいかと思っていたけれど、そうじゃなかったのかもしれないわ。沈さんを信じて、私も手を放さなければいけないのかもしれない」


 和己くんと一緒にいると沈くんが対抗するように成長していく姿に、茉莉さんは考えを改めたようだ。和己くんは早生まれなので、春生まれの沈くんと年は違うが、同じ学年だ。同じ保育園に行かせようということで、話は纏まったようだった。


「蜜月さん、食べ終わったら、上に登ろうか」

「あ、はい」


 沈くんの成長と、和己くんとの触れ合いを見て、すっかり心が温かくなって、私は自分の目的を忘れていた。今回は人目につかない場所で、飛ぶ練習をするために来たのだった。

 お弁当を食べ終わったら、猛禽類用の皮の手袋を用意していた津さんと一緒に、高台の高原に上がる。食事を終えた和己くんと佳さん、茉莉さんと沈くんも上がってきて、和己くんと沈くんは追いかけっこを始めたようだった。


「すっかり仲良くなりましたね」

「茉莉さんにへばりついとるビビりが、ちょっとは治ったかな」

「津さん、沈くんには厳しいんですね」

「和己に厳しくしてみ? 俺の命が危ないわ」


 和己くんは佳さんがものすごく可愛がっている。兄妹というのはこんなものなのかもしれないが、津さんは佳さんには非常に弱い。いつも皮肉を言われて言い返せないでいる気がする。


「そしたら、練習しよか」


 促されて、大鷲の姿になろうとした私を、津さんが止めた。


「携帯電話、持ってはるやろ? ワイヤレス式イヤホンも。それ着けて、俺と通話状態にしてくれる?」

「ここ電波入るんですか……あ、大丈夫だ」


 ワイヤレス式のイヤホンを耳に装着して、携帯電話を通話状態にすると、津さんもワイヤレス式のイヤホンを耳に装着して準備していた。津さんのお声が耳元で聞こえるのは、心臓に良くないけれど、これも仕事が始まれば通常になって慣れるのかもしれない。


「じゃあ、飛ぼか」


 大鷲の姿になって、津さんの腕に乗ってから、私は奇妙なことに気付いた。津さんの声が耳元で聞こえる。


「これ、イヤホンから声が聞こえてるんですか?」

「不思議に思えるかもしれへんけど、人間の姿から獣の姿になっても服が脱げたりせぇへんように、携帯もイヤホンも身に着けてたら、そのまま利用できるみたいなんや」

「どういう原理なんですかね?」

「原理は知らんけど、携帯の操作はできへんけど、通話状態にしてたら、電波が通じる限り通話ができる。便利やから、深くは考えたことない」


 説明はできないけれど、人間の姿と獣の姿は全くの別物であると同時に、人間の姿のときに携帯電話をセットしておけば、獣の姿になってそれが見えなくても使えるようになっているようなのだ。


「茉莉さんなんかは、普段は獣の姿が別の次元にあって、人間の姿と入れ替わるけど、人間の姿で使えてたもんは利用できるとか、説明しそうやけど、俺にも詳しくは分からへん」

「よく考えてみれば、詳しく分からないけど、便利だから使ってるものっていっぱいありますもんね」


 携帯電話とワイヤレス式イヤホンだって、どうやって繋がっているのか分からないけれど、繋がって使えるから、原理は分からなくても便利だから私は使っている。そんな風に説明ができないけれど、便利だから使っておこうというものはいっぱいあるのかもしれない。

 腕から放たれて、風に乗って高く舞い上がる。旋回すると、眼下に和己くんと沈くんの追いかけっこをする姿が見えて、それを茉莉さんと佳さんが見守っているのも見えた。


『順調か?』

「すごく気持ちいいです。もっと遠くまで飛べそう」

『あまり最初から無理せぇへんようにな』


 携帯電話を通してだろう、津さんの声が聞こえて来る。

 一度、地面に降りると、沈くんと和己くんが駆けて来た。小さい子に囲まれて、飛び上がることができなくて、私は動けなくなってしまう。


「おっちー、まー、おっちー」

「おっ! おっ!」


 茉莉さんを呼んで、私の姿が大きいと報告する沈くんと、興奮して触ろうとする和己くんを、素早く佳さんが回収して行った。


『降りて、ああいう状況になったら、すぐに人間に戻った方がええ』


 『ひとならざるもの』は傷の治りが早いとしても、小さい子に力任せに乱暴に扱われてしまうと、鳥の骨格は非常に繊細なので、傷ついたり折れたり、羽が欠けたりしてしまうかもしれない。


「そっか、戻らないといけないんだった。まだ慣れてないから、すぐに戻れませんでした」


 近寄ってきてくれる津さんの腕にもう一度止まると、ほっとしてしまう。飛んでいても携帯電話で津さんと話せて、指示が受けられるという事実は、私をとても安心させた。

 何もないまま一人で飛んでいくのは、やはり勇気がいる。


「もう一回飛ぶか?」

「お願いします」


 津さんの腕の動きに合わせて飛び立つのにも、慣れなければいけない。巨大な大鷲を軽々と操る津さんに頼もしさを覚えつつ、私はもう一度、大空に舞い上がった。

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