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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私
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13.変化の習得

 高いところが好きだった。

 幼稚園で木に登って、そこから飛び降りて、膝をざっくり切って、両親を泣かせたことがある。その傷はまだ薄っすらと残っているのだが、あのときにはなぜか飛べるような気がしたのだ。

 バイクに乗って出かけるのも、ほとんどが高台で、眼下に街を眺めるのが好きだった。

 就職した法律事務所は、ビルの高層階。

 全部、自分が大鷲だったというのならば、説明が付く。

 私は大鷲になることができなくても、自分が飛べるし、飛びたいという気持ちを無意識に抱えていたのだ。


「多分、できそうな気がします」


 夕飯を食べ終わって、居合道場の片付けをする津さんの元に、私は駆けて行った。佳さんも和己くんとお手手を繋いで、見ていてくれる。

 イメージするのだと佳さんは言っていた。

 広げた翼、長い尾羽、羽の一枚一枚、嘴の形。

 それだけではピンと来なかったが、もう一つ、私には足りていないイメージがあった。

 大きく翼を広げて、風を受ける。眼下に広がる街の景色。

 初めて飛んだのは、夜で、街の灯りが見えていた。


「蜜月さん、なれてるで!」

「すごいね。コツを掴めばすぐだと思ったけれど、こんなに早いとは思わなかった」


 津さんと佳さんにお褒め頂いた私は、大鷲の姿になっていた。羽根を羽ばたかせて、軽く飛び上がってから、道場の床の上に降りる。かちかちと鉤爪を鳴らしながら飛び跳ねて津さんの元に戻ると、津さんは難しい顔をしていた。


「戻れるんやろか? 戻れへんやったら、俺が責任取るけど」

「責任って、大げさですよ」


 戻れなかったら食事の介助やお風呂など、手伝ってもらわないとできないことばかりだが、なぜか私は怖くなかった。沈くんが私の手の中で小さな男の子になってくれたのが、背中を押してくれた気がする。

 あんなに怯えていたのに、沈くんは勇気を出して人間の姿になった。

 保護されてすぐに蝙蝠の姿になって、そのままずっと茉莉さんの胸にしがみついているところしか見ていなかった沈くんは、あれから一度も人間の姿になっていなかったようだったのだ。裸にオムツ一枚履かされていた格好も、保護されたときのままだった。

 沈くんができたことを、私ができないはずがない。

 人間の姿を思い浮かべるのは、大鷲の姿をイメージするよりもずっと簡単だった。濃い色の肌の手足、広すぎる肩幅、高すぎる背、癖のある長い黒髪。

 好きではない姿だが、津さんと佳さんは嫌みではなく、美しいと言ってくれる。蝙蝠の沈くんを私は可愛いと思うし、差別する気はないが、両親はいらないと売ってしまった。沈くんの価値を不当に決めた両親を許さないように、私は自分の価値を貶めているのは自分だと、そろそろ気付かなければいけないのかもしれない。

 35歳にもなって、他人の評価がどうだったから、過去に嫌なことがあったからと、自分は醜い、自分は違うといじけているのは、格好悪い気がしたのだ。


「戻れたな。凄い、習得しはった。さすが蜜月さんや」


 結局は私の覚悟と気の持ちようだったらしい。その夜、私は獣の姿になる方法と、元の人間の姿に戻る方法を習得した。1歳の和己くんでもできることが、35年間人間という縛りの中にいたからこそ、私には難しかったのだが、沈くんの存在がそれを変えてくれた。


「沈くんのおかげなんです」


 私の胸に張り付いていた沈くんが、勇気を出して人間の姿に戻って、茉莉さんに抱っこを求めてくれたこと。その話をすると、なぜか津さんの眉間にぴしりと皺が寄った。


「あいつ、蜜月さんの胸に張り付きよったんか!」

「まだ小さいですし」

「津、2歳児に嫉妬するのか?」


 おかしいと腹を抱えて笑う佳さんに、なぜか不機嫌な津さん。よく分からないけれど、私が沈くんを抱っこしたのが良くなかったようだ。

 あれだろうか、大鷲にとって蝙蝠は獲物だから匂いが付くといけないとか。


「そう言えば、津さんの能力は『嗅覚』で、佳さんの能力は『怪力』ですよね?」

「それだけやないけど、残りは一緒に仕事をしていくうちにおいおい分かって来ると思うわ」

「私は『聞き耳』もだよ。獲物の心音は聞き逃さない」


 あまり自分のことは明かさないし、話してくれない佳さんが、珍しく話してくれている。


「私の本性は虎。津がメラニズムの獅子で、私がアルビノの虎なんだ」

「アルビノの虎!」


 津さんは漆黒の獅子で珍しいと思っていたけれど、佳さんも非常に珍しい種類のようだった。メラニズムという色素が過剰になる遺伝子を持つ漆黒のの獅子と、色素がほとんどない遺伝子を持つアルビノの虎。


「獅子と虎だから、当主なんですか?」

「そうするつもりで、親は俺らを置いて行きよったんやろな」

「蝙蝠は、『ひとならざるもの』の中では価値が低いと茉莉さんは言っていました。私は大鷲で、価値があるから津さんは声をかけてくれたんですか?」


 はっきり大鷲と分かってはいなかったけれど、津さんの目には、私の翼がはみ出して見えていたと言っていた。大型の猛禽類で役に立つから声をかけてくれたのならば、仕事上はもちろん手を貸すつもりだが、津さんが沈くんの立場について、どう考えているかが知りたかった。


「気にはかけてたんや。蝙蝠の子はあまり大事にされへんやろって。俺は獅子やけど、色んな血が混ざって偶然そう産まれてきただけで、蝙蝠やったかもしれへんのや。蝙蝠やからって、俺はあの子を見捨てるつもりはなかったし、手加減して鍛えへんつもりもない。きっと、あの子には恨まれるやろし、憎まれるやろうけど、『ひとならざるもの』の中でしっかり生きて行けるように、当主として、親戚として、鍛えるつもりや」


 蝙蝠だから価値がないなど言わない。

 津さんの答えに、ほっと息を吐く。攫われた蝙蝠の子どもを助けようとしただけでなく、将来的にも『ひとならざるもの』の中で生きて行けるようにしようと津さんは考えている。


「良かった。それを聞いて、安心して働けます。ボス、私に仕事を教えてください」

「ちょっと、ボスって嫌やわぁ。名前で呼んで?」

「上司じゃないんですか?」


 きょとんとして津さんを見降ろす私に、佳さんが笑い出した。よく笑っているけれど、佳さんの笑いのツボを私は無意識に押してしまっているのだろうか。


「そこまで相手にされてないと、哀れを通り越して、滑稽だな」

「お前、面白がっとるやろ?」

「他人の悲劇ほど面白いものはない」


 大笑いされている意味が分からなくて首を捻る私の手を、小さなお手手が掴んだ。見下ろすと、和己くんが背伸びをして、私の手を引っ張っている。


「んっ! うあー!」

「どうしたの、和己くん?」

「昨日一緒にお風呂に入ったのが気に入ったみたいだな。広い風呂だから、嫌でなければ一緒にどうかな?」

「え、い、一緒に、ですか?」

「実は、和己が風呂で転んだのは初めてじゃないんだ」


 髪を洗っている間や、身体を洗っている間、危ないとは分かっているけれども、和己くんを一人で湯船に入れておかなければいけない。湯船から出しておくと、和己くんは冷えてしまって、風邪を引くのだ。

 その間に、和己くんが転んだり、なぜか沈んでしまって、溺れかけたことが、以前にもあったと佳さんは話してくれた。


「風呂の安全のために手伝ってくれると嬉しい。ほら、和己もお願いして」

「ね?」


 可愛く小首を傾げる動作は、誰から習ったんですか!?

 そんなに可愛くお願いされて断れるわけがない。結局お風呂に一緒に入ることになったが、脱衣所で服を脱ぎながら、やっぱり少しは肌の色や体の大きさを気にしてしまう。


「私はこの通り、色素がないから、蜜月さんの肌は健康的でとても美しく見えるよ」


 佳さんの髪も肌も、言われてみれば色素から見放されたように白かった。その白さを美しいと思う私と、私の肌の色の濃さを美しいと思ってくれる佳さん。


「ありがとうございます」


 容姿に対する誉め言葉を素直に受け取れたのも、今日が初めてかもしれなかった。


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