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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私
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11.大鷲と蝙蝠

 美しいという言葉は、自分の容姿や体格がコンプレックスで生きて来た私には受け入れがたいけれど、そんな風に見えているのならば、そうなのだろうと納得することにする。

 とにかく、修行だが、まず大鷲の姿になるところから躓いてしまった。


「『ひとならざるもの』にとって、人間の姿と獣の姿は、全くの別物。カードの裏と表のようなものなんだ。傷付けられれば影響はあるけれど、人間の姿で着ている服が、獣の姿になると脱げているとか、ないよね」


 言われてみれば、大鷲の姿になっている間に、私が着ているものに影響は全くなかった。お風呂に入ったら自然と全裸になっていて、脱衣所に脱いだ服が置いてあったのも、『ひとならざるもの』ならば普通のことなのだろうか。

 津さんと出会ってから不思議なことがありすぎて、私の感覚もおかしくなっていたようだ。


「この姿と、大鷲の姿は、全くの別物というのは分かりますが、大鷲になっている間、私は周囲からどう見えているんですか?」


 もしまた戻れなくなったら、津さんや佳さんに連れられて、大鷲の姿で外出することがあるかもしれない。そのときの周囲の反応が怖いのだが。


「人間には、『ひとならざるもの』の本来の姿は見えない」

「見えない、んですか?」

「そう。存在する軸が違うとでもいうのだろうか、『ひとならざるもの』同士は見えているけれど、人間にはそこになにもないようにしか見えない」


 本当に、私は人間じゃなかったんだ。

 じわじわと恐ろしさが腹の底からわいてくる。

 大鷲の姿を、志築さんも津さんも佳さんも、あの廃病院にいた犬の本性の『ひとならざるもの』たちも見えていたから、自分が人間から見えない存在になるということが、想像がつかない。


「昔から狐狸の類はひとに化けるとか、妖怪が急に目の前に現れたとか、伝承があるだろう。ああいうのも、ほとんどが『ひとならざるもの』なんだ」


 世界的に言えば、幻獣や妖精など、どこの国でも色んな言い伝えがある。


「鬼なんかも、私のように怪力の『ひとならざるもの』だったという説が濃厚だしな」

「獣のときは見えないけど、人間に戻ったら見えるって、急に現れたような印象になりますよね」

「人間は排他的で、自分の理解に及ばないもの、人知を超えたものを認識できないからね」


 大鷲の私は見えていない。

 説明をされれば納得できることがある。夜とは言え街の上を大鷲の姿で飛んだのだ、誰か目撃者がいなかったはずはない。今の社会は、妙なものを見たらすぐに動画がネットに上がる。

 それをテレビ制作者が嗅ぎつけて、ニュースにするのだが、あの夜に大鷲が街の上を飛んだという報告は、私が目にした限りでは、どこにもなかった。


「和己くんとあの蝙蝠くんが写されてたカメラも?」

「『ひとならざるもの』以外が見たら、鳥籠だけが映っている映像に、次々と高値がついて、普通の人間はただのジョークだと思っていただろうね」


 こうやって、『ひとならざるもの』の犯罪は隠されていく。警察があてにならないという津さんと志築さんの言葉も、この説明でようやく理解ができた。『ひとならざるもの』ではない警察官にとっては、攫われた鳥籠の中の子どもたちは、見えていなかったのだ。


「それで、大鷲になれそう?」


 自分の翼をイメージして。

 羽根の一枚一枚、嘴、尾羽、大鷲になった自分の姿を想像して、自分を開放するのだと佳さんは教えてくれたのだが、どれだけイメージしても、私は大鷲の姿になれなかった。

 午前中いっぱい佳さんに付き合ってもらったのに、大鷲の姿になることもできない。

 昨日よりも修行が後退しているようで落ち込んだ私に、佳さんは津さんを呼んできた。


「気になることがあるから、津、蜜月さんの前で本性になれ」

「なれって、お前、ほんまに俺の扱いが雑やな」


 苦笑しながらも津さんが額をくっつけるくらいまで近くに寄って来る。手を握って間近で見る綺麗な顔に、心臓がどきどきと脈打ち始めた。


「蜜月さん、ええか?」

「は、はい」


 キスでもされそうな雰囲気かも。

 とか、ない、絶対ない!

 部屋には佳さんも、佳さんの髪の毛で寝ている和己くんもいるんだから。

 脳内でツッコミを繰り広げている間に、津さんの姿が揺らいで、漆黒の獅子になる。太い前脚を握って、私は人間の姿のまま、突っ立っていた。


「なれ、ない!?」

「俺が獣の姿になるのに巻き込まれへんかったな」

「嘘!? なれない!? 役に立てない!?」


 ショックの余り取り乱してしまう私に、人間の姿に戻った津さんが、穏やかに言う。


「それも進歩なんや。近くで誰かが獣の姿になるたびに、巻き込まれてたら、本性丸見えで困ってまう。蜜月さんは、自分の意志で『ならない』ことを習得したんやな」

「でも、今度は『なれない』んですよ」


 私が大鷲になれなかったことを、津さんは責めたりしない。

 本当に美形な上に、人間もできたひとだ。責められないのはありがたいのだが、大鷲の姿になれなければ、元に戻る練習もできないので、やっぱり修行は進まないどころか後退してしまった気分になる。

 落ち込む私に、佳さんが和己くんを抱っこして提案した。


「昼ご飯は、外食にしようか」

「佳が……あぁ、茉莉さんのとこか」


 自分の作ったもの以外食べない佳さんが例外として、食事を摂る場所がある。それが、バー『茉莉花』。

 バーのママの志築さんはそれだけ佳さんに信頼されているのだ。

 昼間は店を開けていないのだが、佳さんが連絡すると、志築さんは快く迎えてくれるようだった。

 佳さんの運転する車の助手席のベビーシートに和己くんが座って、後部座席に私と津さんがお邪魔させてもらう。


「お仕事、良かったんですか?」

「昼の休憩くらいはあるから、心配せんといて」


 『茉莉花』の駐車場に車を停めて、店に入ると、志築さんがロングシャツにパンツ姿で、胸に蝙蝠の赤ん坊をへばりつけていた。蝙蝠の赤ん坊は眠っていたようだが、津さんと佳さんを見て、びくりと震えて、ちいちいと泣いて志築さんに訴える。


「いらっしゃい、佳さん、津さん、蜜月さん、和己くん。この子、津さんと佳さんの本性のせいか、怖がっちゃうのよね」


 佳さんは知らないが、津さんは漆黒の獅子である。食物連鎖の頂点にいるような猫科の大型獣は、やはり怖いのだろう。私が和己くんに怖がられていたのと同じだ。


「簡単なものしか出せないわよ。パスタとサンドイッチ、どっちがいい?」

「全員パスタで構わないよ。和己の分は持ってきた」


 慣れた様子で佳さんが決めてしまうのに、津さんも文句は言わない。私も人様にご飯を作ってもらうのに、文句を言うはずがない。

 可愛いお弁当箱を取り出して、和己くんはお手手を拭いて、先に食べ始めた。中身は小さなおにぎりと、お魚と、お野菜。おかずは柔らかく煮てある。

 おにぎりを潰しながら握り締めて、もちゅもちゅと齧り、その途中で佳さんにおかずをお口に入れてもらって、ほっぺたを膨らませながら、和己くんが一生懸命食べている。

 春キャベツとベーコンのパスタを作って、それぞれお皿に盛って持ってきてくれた志築さんは、和己くんが食べている姿に驚いていた。


「食べるのが上手ね。食いしん坊さんなのね。この子は……全然人間の姿に戻らないから、ご飯を食べさせるのが大変なのよね」


 警戒して胸から離れず、人間の姿に戻らない蝙蝠の赤ん坊も、生きているのだからお腹が空く。動物用の哺乳瓶でミルクはあげているし、フルーツバットだから果物は少し食べるのだが、人間の食べるものを口にしようとしないという。


「栄養的に蝙蝠としては足りてても、この子は人間でもあるから」

「私、昨日大鷲から戻れなくなって、晩御飯を大鷲のまま食べたんですけど、物凄く食べづらかったです。佳さんは人間の姿と獣の本性とは別って言ってたけど、人間の食べ物を食べなかったら、どうなるんですか?」

「蜜月さんと逆のことが起こるわ」


 隔世遺伝で自分が『ひとならざるもの』と知らないままに育った私は、あのまま放っておけば人間として生きて、人間としての生を終えていた。津さんに声をかけられて、『ひとならざるもの』の世界に足を踏み入れたから、人間の枠をはみ出てしまって、元には戻れないけれど、獣の姿と人間の姿を自由自在に行き来できない中途半端な状態になっている。


「その逆で、このままだと、この子は蝙蝠になってしまう」


 人間であることを放棄して、蝙蝠としての一生を終えることになる。

 志築さんの説明に、私はその蝙蝠の赤ん坊が他人とは思えなくなってしまった。


「一緒に、修行しましょう」


 ぎゅっと両手を拳にして蝙蝠の赤ん坊に話しかけると、潤んだ茶色の目が開いて、怯えたように私を見ていた。


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