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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私
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10.真実の姿

 朝、起きて身支度をしてリビングに行ったら、自分の分の朝ご飯が用意されていた。

 大学に入学して一人暮らしを始めてから、実家に帰ったとき以外は、こんな贅沢な朝を過ごしたことはない。炊き立てのご飯に、卵焼きと、水菜と揚げの煮物と、お味噌汁。


「私も、明日から作ります」

「気にしないで良いよ。私は自分の作ったもの以外口にしないし、津はあなたに作りたいみたいだから」

「津さんが私に……」


 わざわざご飯を作ってくれる理由を考えてみれば、私はそれなりに自炊はしていたが、津さんほどマメではないことに行き当たった。美味しいかどうか分からない私の料理を食べるよりも、自分で作った方が良いと津さんが思うのも仕方がないのかもしれない。


「う! おぁ!」

「和己くん、お隣りに座っても良いの?」

「お!」


 昨日お風呂で助けたせいか、和己くんの態度が軟化している。怖がられずに隣りの席に座ることができて、ちょっと感動した。小さい子にずっと怖がられているのは、私が大鷲で、和己くんが小鳥だという本能だとしても、悲しすぎる。

 手を合わせて「いただきます」をすると、和己くんもぺちっと手を合わせていた。大きく開けたお口に、佳さんがご飯を運ぶ。鳥の雛のようで可愛い仕草に見惚れていたが、お味噌汁が冷めてしまうと、私も箸を手に取った。


「美味しい……!」

「お口に合ったんやったら、良かったわ」


 お出汁の味がしっかりとしていて、ふんわりとまろやかなお味噌の味が口に広がるお味噌汁。具はお豆腐とわかめというシンプルなものだったが、シンプルだからこそ、お汁の美味しさが際立つ。箸で割って食べた卵焼きは、綺麗に巻かれていて、味はほんのりとお砂糖の甘さ。水菜はしゃきしゃきで、お出汁をしっかり吸ったお揚げとよく合う。


「お料理、本当に上手なんですね」

「美味しいもの食べたかったら、自分で作るしかあらへんからね」


 『ひとならざるもの』の有名な家系の津さんと佳さんは、外食では油断ができない。どこに『ひとならざるもの』が人間のふりをして混じっていて、食事に異物を混入されるか分からないのだ。


「そういう環境やったから、佳は俺の作ったものもほとんど食べへんのや」

「自分で作るのが一番安心だからね。和己の分は私が作ってあげるよ」

「んまっ! んまっ!」


 美味しいとほっぺをお手手で叩いて主張する和己くんの笑顔を見ていると、この子に美味しいものをいっぱい食べさせたいという気持ちと、危ないものを絶対口にさせたくないという気持ちがわくのは理解できる。


「蜜月さんの分だったら、私が作っても構わないよ?」

「うわっ、当主よりも女帝な佳がどないしたんや?」

「誰が女帝だ、当主が情けなさ過ぎるだけだろう、蜜月さんを口説き落とせもしないで」


 兄妹ってこんな感じなのだろうか。

 兄弟のいない一人っ子の私には分からないが、険悪に言い合っているように見えるけれど、これが仲良しの証なのかもしれない。

 口説き落とせないというのは、事務員として雇えていないという意味ならば、私は津さんというよりも志築さんに口説き落とされているのだが、佳さんはそのことを知らないのだろうか。


「佳さんのご飯も食べてみたいです。あの、佳さんは、私が事務員になること、ご存じなかったですか?」

「知っているよ。あの日は、私は両親の方を締め上げていて駆け付けられなかったけれど、私の遠い親戚と和己を助けてくれてありがとう」

「いえ、そんな、お礼を言われるようなことでは……」


 子どもの命がかかっていたのだ、あそこで躊躇すれば、私は一生後悔していた。今、和己くんや志築さんの胸にへばりつく蝙蝠の赤ん坊を見て、しみじみとそう思う。


「私は興味のない人間には会話もしない。仕事であろうと関わらない。私があなたに敬意を払っているのは、名前も知らない、会ったこともない子ども二人のために、『人間』であることを捨てたと津から聞いたからだ」

「そういう大げさな話じゃなくて、ただ、見捨てたら、一生後悔しそうだと思っただけです」

「それでも、自分の生きて来た世界を捨てて、まだよく分からない『ひとならざるもの』世界に足を踏み入れた。二度と戻れないと知っていながら」


 そんな風に佳さんに言われると、私の決断がものすごく大きかったような気がしてくる。

 あのときの私は、まだ何も知らなかっただけで、今だって自分がどうすればいいのか、全く分かっていない。自分が後悔しない道を選んだ。ただそれだけで、そんな大きなことを考えていたわけではない。


「無鉄砲だったかもしれないと、今では思ってます」


 昨日、津さんに導かれて大鷲の姿になってから、全然戻れなかった数時間、あんなにつらいことがあるなんて思わなかった。和己くんですら軽々と鳥の雛の姿と人間の姿を使い分けているので、私もできると甘く見ていたのだ。

 大鷲の姿で過ごさなければいけなかった時間は、津さんが戻る方法を一生懸命考えてくれたり、色々と気遣いもしてくれたけれど、あまりにも不便だった。お茶を飲むのも一苦労で、晩御飯はシチューをまき散らした。


「そういうのは、無鉄砲やなくて、勇気があるて言うんやないかな」


 そんな風に言われると照れてしまう。

 この美形兄妹は、私を褒めて調子に乗らせるのが得意だ。

 今日は津さんは居合道場の準備や、門下生の指導など仕事があるので、仕事が休みの佳さんが私の修行に付き合ってくれることになっていた。シャツにパンツだけの姿でも、美女は様になるから羨ましい。

 修業なのだから普段着のシャツとパンツ姿だが、美形の津さん、美女の佳さん、可愛い和己くんと、この家の顔面偏差値の高さに、私はついていけてない気がする。


「昨日、お風呂で悲鳴を上げさせてしまったけれど、私は世間知らずらしい、何か失礼なことをしたかな?」

「世間知らずというより、佳さんは浮世離れしてるような気がします」


 天女が降りてきたらこんな感じなのだろうかという風情の佳さん。

 興味のないことには徹底的に興味がなく、無視して生きているから、世間のことはあまり知らないという。


「幼稚園のときにお泊り保育があったんですよ」


 まだ5歳程度だから、お泊り保育でお風呂の時間になったら、私はすぱっと勢いよく服を脱いだ。他の子どもたちの視線が、私に向いたのはそのときだった。


「肌の色が濃いのは、日焼けだと思われてたみたいで、露出してない部分も全部同じ色だったから、物凄く驚かれちゃって」


 黒い。

 変。

 なんで白いところがないの?

 素朴な子どもの疑問だったのだろうが、私は大勢に聞かれて、答えられなくて、泣いてしまった。幼稚園の先生は、他の子たちに「世界には色んな肌の色のひとがいる」ということを説明していたが、私は自分が日本で産まれて、日本以外に出たことがないので、完全に日本人だと思っていた。


「あれ以来、裸を見られるのが苦手なんです」

「あんなに美しくて魅力的なのに」

「ふぁー!?」


 変な声出ちゃった。

 私が叫んだせいで、佳さんの編んだ髪を巣のようにして寝ていた鳥の雛の姿の和己くんが、驚いて飛び起きてしまった。ぽとりと落ちて来た和己くんを、慣れた様子で佳さんが抱っこする。

 美しいとか、魅力的だとか、この兄妹は気軽に口にするけれど、ちゃんと私が見えているのだろうか。

 考えて、逆だと気付いた。


「佳さんや、津さんには、私が、『正しい姿』で見えてるんですね」


 人間の中で産まれた『ひとならざるもの』は、周囲から迫害されないように擬態して埋没して生きているのだと、津さんや志築さんに説明された気がする。

 津さんや佳さん、志築さんには、人間の私ではなく、『ひとならざるもの』の私が見えているはずなのだ。


「お世辞、とかじゃなくて……」

「私はお世辞は言わない。自分の思ったことを言うだけだ。津もそうだ」

「私が、美しい……」


 大鷲の私は、人間の私と違うように見えているのかもしれない。それを津さんや佳さんの感覚では「美しい」と感じるのかもしれない。

 私の知らない私が、津さんと佳さんには見えている。

 それは不思議な感覚だった。

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