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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私
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1.桜並木で出会った美形

 枠から外れたことのない人間だと思っていた。

 祖父がアフリカ系なので濃い色の肌と癖の強い髪、黄色っぽく見える目と女性にしてはやたらと高い身長を持つくらいで、性格は大人しく、特に目立ったところはない。

 仕事も大学を出てから入った法律事務所の事務員をずっと続けていて、他に何の経験もない。

 恋愛だって、180センチ近い長身と大柄な体付き、濃い顔立ちで遊んでいると思われているが、全く縁のないまま35歳の誕生日を迎えて、結婚もしないまま、一人で施設にでも入って老後を過ごすのかと考えていた矢先のこと。

 私、瀬尾(せお)蜜月(みつき)に、大事件が起きた。

 これは、私が自分の知らなかった私と出会う物語である。


 美しい男性に声をかけられたのは、桜の木の下でのことだった。

 和服姿に長めの黒髪、美しく整った和風の顔の男性が、黒い伏せ目がちの目で私を見ている。

 なんで私を? そりゃ、背も高いし、大柄だし、肌の色も濃くて目立つんだけど、そんな露骨に見てくることなくない?

 はらはらと散る桜の花弁を見ているのか、それとも後ろに誰かいるかと確認していると、声をかけられた。


「俺は夜臼(ゆうす)(しん)言います。あんさん、この辺で働いてはるお人やろか?」


 柔らかく聴き心地のいい声が、形の良い唇から溢れてくる。聞き惚れてぼーっとしていた私は、聞かれていることが脳に到達するまでかなり時間が必要だった。

 なにこれ!? 新手の詐欺!?


「あ、御丁寧に。私は……この近くに勤めてますが」


 丁寧に相手が名乗って来ているのは分かっていたが、こんな綺麗な男性が声をかけるのだ、偽名でキャッチセールスや宗教の勧誘だっておかしくはない。わざと曖昧に答えても、彼、夜臼さんは気にしていないようだった。


「妙なもんを見ぃひんかった?」

「妙なもの?」


 夜臼さんの言葉に浮かんだのは、鳥籠の映像だった。

 先ほど、仕事に行く前にゆっくりと桜並木を眺めて歩いていたら、乱暴な運転で遊歩道に乗り上げて道を曲がっていった車があった。スモークガラスで中が見えないはずなのに、私はその中に、鳥籠を二つ見たような気がしたのだ。

 小動物を閉じ込めておくような、鳥籠の下がった車内が、スモークガラスだったのだから見えるはずがない。見間違えだと何度考えても、あのワゴン車の乱暴な運転と共に、記憶の中の鳥籠の形は鮮明になるばかり。


「見はったんやね?」

「見間違いだと思います」


 見透かすような黒い目に、どきりと心臓が跳ねる。美形って間近で見るとど迫力で心臓に良くない。

 何かを勘違いしたのだと私が言うのに、彼は確信を持ったような言い方をしてくる。


「見間違いや言うても、心当たりがあるんやな」

「スモークガラスの車だったので……」

「なんでもええ。俺の遠い親戚が拐われてしもたんや。助けると思うて、あんさんの妄想でも構わへんから、話してくれへんか?」


 そこまで言われると、断れない。

 遊歩道に乗り上げて道を曲がって行ったワゴン車のことを話せば、黒い目が見開かれる。


「良い目をしてはる」

「は、はぁ」


 こんな綺麗な男性とお話をする機会などないし、身長は私の方が高くて、年も上だろうが、一応は私も女である。褒められて嬉しくないわけはないのだが、褒められた内容が気になる。

 スモークガラスの中身など見えるはずがない妄想を、夜臼さんは信じているのだろうか。

 出勤の時間が近付いていたので、一礼して去ろうとした私に、夜臼さんはポツリと呟いた。


「綺麗な羽根やな」


 羽根。

 ごく普通の地味なパンツスーツ姿の一般人が、羽根を背負っているはずがない。どこかに劇のエンディングで羽根を背負って、大階段を降りてくるショーがあった気がする。あれは非常に重いらしいし、そんなものを日常的に背負う社会人がいるはずがない。いたら注目の的を通り越して、捕まりそうだ。

 聞き間違えと判断して、私は足早にその場を去った。朝から美形に声をかけられてラッキーと思ったのは少しだけ。きっとキャッチセールスか宗教の勧誘だったのだと、時間が経つにつれて、あの妙な会話を思い出す。

 スモークガラスのワゴン車の中に、鳥籠が二つ見えたなど、誰が信じるのだろう。初めは妙な話でも親身になって聞く素振りを見せて、そのうちに結婚詐欺でも仕掛けられるに違いない。

 完全に今朝の出来事を疑い始めていた私が、昼休みに呼び出された時に、夜臼さんが警官と一緒だったことに驚いた。


「この周辺で事件が起きておりまして、こちらの事務員さんが不審な車を見られたとか」


 職場どころか名前も教えていないのに、なんでこの法律事務所が分かったの!?

 相手が美形とはいえ、個人情報を軽々しく渡すほど、私の危機管理能力は落ちていない。空恐ろしく夜臼さんを見れば、親しげに手を振られた。

 思わず振り返しちゃったけど、このひと、めちゃくちゃ怪しくないですか!?

 警察には協力しないわけにはいかないので、鳥籠の幻影のことは外して、ワゴン車の特徴を答える。


「遊歩道に乗り上げて曲がっていたので気になったのですが、黒いスモークガラスで車内の見えないワゴン車でした」


 車には詳しくないので、それ以上の情報もなく、ナンバープレートも見ていないと答えてから、ワゴン車について思い出したことがあった。乱暴な運転だったので、驚いて脇に避けたときに、車の前のランプが片方、割れて付いていなかったのだ。


「事故を起こしたのか、左前のランプが割れていました」

「妹が蹴ったときのやな」

「ふぁ!?」


 今、妹が蹴ったとか言いませんでした!?

 聞き込みをしている警官は、全く夜臼さんの言葉が聞こえていないように振る舞っている。幻影が見えるようになった後は、幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか。

 最近残業も多いし、疲れてるのかもしれない。

 人間が車を蹴ったら、危ないのは人間の方だと言う常識が通用しない世の中になったとは考えたくない。

 警官の聞き込みが終わると、夜臼さんが話しかけて来た。


「眺めのええところやな。あんさんらしい職場や」

「どうして私の職場が分かったんですか?」

「あんさん、気付いてへんの!?」


 夜臼さんの方が驚いたような声を上げるのに、こっちはなにがなんだか分からない。


「自覚してはらへんのか……これは気付かへんかった」

「なにが、ですか?」

「俺は説明上手やないし、説明しても信じてくれはるか分からへんねん」


 一度実際に見においでと渡されたのは、夜臼さんの名刺だった。

 居合道場師範代、夜臼津。

 和服を着ているのも、居合道場の師範代をしているからだったのだ。美形は何でも似合うから良いなぁとか思っていたけれど。

 ちなみに、私は背が高すぎて着物のサイズがないし、濃い肌の色と顔立ちで似合わないので、和服を着たことがない。それだけに、さらっと和服を着て似合う夜臼さんが羨ましかったりする。

 警官と共に、夜臼さんは職場を去って行った。

 ビルの上の方の階にある法律事務所は、見晴らしがいい。窓から眺めていると、今朝夜臼さんと会った桜並木を、夜臼さんと警官の二人で見て回っているのが目に入った。強引に遊歩道に乗り上げたので、タイヤの跡や割れた前のランプの破片が落ちているかもしれない。

 幼い頃から目が良いとは言われていた。眼鏡をかけることなく、とても遠くまで見えるのは、私にアフリカ系の血が入っていて、狩りをしていたからだと揶揄われて、幼稚園で泣いたこともある。

 良い目をしてはる。

 夜臼さんの言葉は、私の肌の色や人種について揶揄ったものではなかった気がする。

 目と羽根。

 不思議なことを言う人だ。

 もらった名刺の裏には、バーの電話番号と住所が書かれている。

 道場とバー。

 ナンパされた?

 いやいやいや、結婚詐欺ならともかく、こんな大女をあんな美形がナンパする理由がない。

 その日は結局、仕事中、夜臼津のことばかり考えていた。

 道場に行くか、バーに行くか。

 就業時刻までに決められるだろうか。

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