第二章 四十八話【魂の授与式】
僕と父様は2人で地面に腰を落とし、空を見上げていた。
「よくぞ至ったな、ウィル」
2人で遠い空を見つめながら語り合う。
「ありがとうございます、父様」
風が靡く。林に囲まれた広い更地に、大きな空。そこに僕と父様の2人。まるで自分も大きな自然となったような感覚だ。僕は父様を見る。
「父様、これで僕も真・ヴァルヴィデア流を名乗ってもよろしいのでしょうか」
父様もこちらを振り向く。
「もちろんだとも。この私に真正面から勝ったんだ。そしてウィルは私よりも早く9の歳にその領域へ至った。ウィルが名乗らなくて誰が名乗る」
「ならば父様、僕の”真”に名前をつけてはいただけないでしょうか?」
父様は面白がるように、微笑む。
「ふはは。昔より真・ヴァルヴィデア流に至った者の剣術は師から授かるか、二つ名的に呼ばれることが多い。私の場合は後者だったな。父に認められた時に私はただの真・ヴァルヴィデア流だった。しかし戦うにつれ私の流派はその型から鬼人派と命名されるようになった。名はさほど重要ではない。”真”に至れるかが重要なのだ。だが、ウィルは私にあえて名付けて欲しいと望むか」
父様は無邪気な顔で言う。
父様の言う通り名はあまり重要ではないのだろう。でも僕は、父様と限界を越え続けた稽古という思い出を、その時過ごした時間を、父様に名付けてもらうことで残しておきたい。
うむ、と言って父様は立ち上がる。そして僕に真面目に改めて向き直る。
え、何が始まるの?
いや、父様は真面目だ。父様が王としての仕事をしてるところを僕は何回か見たことがある。これはその時の雰囲気、風格だ。
「”真”に到達するのは並大抵ではない。努力と鍛錬だけでなく、そこに自分自身を突き詰めていく哲学的な矜持も必要だ。さらにその道が正しく、またはそれを乗り越え偶発的にたどり着いた自分の型こそが”真”の領域。それは強さだけでなく自らを貫き通した本物の強者の称号」
僕も立ち上がる。首を垂れ、称号を貰い受けるのが作法かもしれない。父様は名はさほど重要ではないと言った。でも父様は称号として意味のある授け方をしようとしている。そんな粋な計らいをしてくれる父様に対して目を見て正面から堂々と受け取らなければ、戦士の恥というもの。
僕は父様の目の前に立ち、毅然と見据える。
「この称号は正しくある頂に立ったものの称号と言えよう。戦士ウィルよ、よくぞたどり着いた。よって貴殿に”真・ヴァルヴィデア流剣 術”とその流派である”無剣派”を授ける!!」
父様が言い放つ。ただの名だけど、魂に響く。”あの日”から、ヴァルヴィデアを追い出され、この村で父様からヴァルヴィデア流剣術を学び、オリビアと会い、そして”真”に至り、強くなろうともがき続けてもがき続けた。色々なことがあった、本当に色々なことがあった。その中で”真”の名を授けてくれた父様の魂の授与、これはクるものがある。全身全霊に響かないはずがない。
僕は流れ出そうになる歓喜の涙を胸に拳をグッと当てて堪える。図らずともその胸に拳を当てる所作は、嘘偽りのなく自分の本心を誓う所作であった。
「ありがたく、受け取らせていただきます」
僕は父様の目をまっすぐ見て、その名を噛み締め、しかと受け取った。そして誓う。この力はみんなのために使うものであると。
こうして僕は、真・ヴァルヴィデア流剣術無剣派となった。
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「父様、僕は学校に行きたいと思ってます」
あの魂の授与を終え、また2人で地面に腰をつき空を見上げながら、風靡く自然を感じながら語り合っている。
そんな緩やかな時の流れの中で、僕はある思いを父様に告げる。
「ほう。それはなぜだ?」
「僕はやっぱりロード兄様やシャーリー姉様が今どうなっているのか知りたいです」
これは前から思っていたこと。兄様と姉様の現状が知りたい。今の兄様と姉様の生活をどうのこうのではなく、ただ兄様と姉様がどう生きているのか知りたいのだ。
「この前のオリビアが攫われそうになった件で、僕は大切な人がいる幸せを改めて実感しました。無事に父様と母様の元に戻れて、僕は家族のありがたみを噛み締めました。同時に、どうしても兄様と姉様がどうなっているかもやもやもしてたんです。兄様と姉様の現状をどうにかしようと思っているわけではありません。ただ、2人はどう生きているのか、僕はそれが知りたいのです」
「うむ、確かにそれなら学校が1番だろう。シャーリーは今年で12歳だ。公爵家としてまだマドワキア中央王国の王立学校に通っているだろう。そしてロードもまた王立学校を卒業している。その学校の伝手でロードが今何をしているかわかるはずだ」
あれ?今更だけど、シャーリー姉様は公爵家に養子に行って会えないのはわかるけど、ロード兄様ってなんで僕らと一緒じゃないんだろう?
「ロード兄様は父様とあったりしてないんですか?」
「あの時はバタバタだったからな。色々落ち着いてロードと連絡を取ろうと思ったのだがな、行方がわからなくなっていた」
「え?」
「生きてる、と言うことはわかる。ただその居場所がわからない」
「に、兄様は中央騎士団にいるのではないのですか?」
「いたんだ。だが確認したら今は脱退してるとのことだった。先方から来たのは自分を見つめ直す旅に出るとのこと•••まあ、ロードも何かと思うことがあったのだろうと私は思ったよ。ロードは王国にいた頃から立派な考えができる大人だ。歳は関係ない。私は何があったかはわからないがロードの心情を優先させた」
そう言う父様の顔は物憂げだ。そう言う僕もなんだか寂しい。やっぱり僕たちは家族なんだ。それが離れると言うのは寂しい。あの時に家族はやっぱりばらばらになってしまったんだ。
「そうだったんですね•••」
でも、だからこそ。
「だからこそ、僕は学校へ行きたいんです」
父様はふっと笑う。
「ウィルも成長したな。しっかりと大人だ。こだわりであれなんであれ、信念を持つことは重要だ。それは道に迷った時に道標になるだろう。ウィルはその人の思う気持ちを最後まで忘れないで持っていてくれ」
父様に優しく頭を撫でられる。
「ウィルは身体的な強さも精神的な強さも十分備わっておるな。私は安心だ。私もこれからヴァルヴィデアのことが忙しくなる。母さんも元は”戦さ場の魔女”と言われたほどの使い手だ。私も今のウィルの成長を見て決心した。私と母さんはこれからに備えて、ここからヴァルヴィデアに移動していく。ウィルは大丈夫か?」
いつか、こうなる日が来ると思っていた。それは父様が忙しくなってきて家を空けることが多くなった時だろうか。それとも僕が兄様と姉様がどうなっているか知りたいがために学校へ行こうと思った時だろうか。ただ、僕と父様と母様がばらばらになる時が来ると思っていた。いや、違うか。これは旅立ちだ。今回はばらばらなんかじゃない。いつだって会おうと思えば会えるんだ。そう、これは子供がいつかは親の元を離れる、そんな当たり前のことの1つだ。なら答えは1つ。
「もちろん大丈夫です。父様!」
思いっきり安心させる返事だ。
「あ、でもいつでも会えるように連絡は取り合いましょうね」
「ああ、勿論だとも。私たちは離れ離れでも家族だからな!」
ふははははと豪快に笑う父、そしてそれにつられて笑う僕。うん、時は動き出したんだ。後は進むだけだ。
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家に帰り朝ご飯を家族で囲む。
“真”同士の手合わせ、それはあまりにもの情報量の行き合いだった。その疲労感で現在が朝っぱらだということをすっかり忘れていた。でも、そのおかげでお腹ははらぺこ、食事の準備はオールオッケーだ。
みんなでいただきますのお祈りをして食事開始。今日の食卓は僕が”真”に至ったこと、そして学校に行くことで話が持ちきりだ。
「本当にウィルやったわねー。この歳で”真”に至れるのってなかなかいないんじゃない?」
「うむ、私が至った時は私の歳で至ったと聞いたことはなかったな」
「でも、それは父様が大事な時につきっきりで毎日稽古してくれたからだと思いますよ。普通にしてたら免許皆伝すらいつになってたかわかはないと思います」
「お、謙虚でもあるのか出来た息子だ」
わっはっはっはと笑う父様、ぐびっと豪快にエールを流し込む。どうやら僕の返しがお気に召したようだ。
「それで学校ねえ。うん、確かに。いい時期だと思うわ。あなたはこれからヴァルヴィデア関連のことでもっと忙しくなるものね。私もどうしようかと思ってたの、ウィルのためにここに残るかってね。でもその心配はいらないようね。もう、歩いて行ける力はあるものね」
「はい。父様と母様のおかげです。父様からは力を、母様からは生きる姿勢を教えていただきました。外に出て、兄様と姉様を確認してきます。そして世の中を見てこようと思います」
本当に父様と母様のおかげだ。2人に恥じぬように外では振る舞おう。でも父様も母様も世間的には問題児なのか?よし、深く考えるのはよしておこう。
「よし、ウィル。父から1つアドバイスだ。学校で気をつけることは、喧嘩は全て買う、だ!」
うん、立派な問題児だ。




