第二章 六話 【オリビア】
「あ、今日も猪だ」
「おお、結構な大物だな」
父様と僕はいつものように狩に来ていた。最近猪の活動期なのかいっぱい猪がのそのそと蔓延っている。
猪は本来、人間と同じく臆病な生き物だ。警戒しているし威嚇しなければ大抵は静かに逃げれば逃げ出せる。しかし活動期の猪は違う。餌を確保しないといけないために縄張りに入ってくる生き物には少々気が荒くなっている。お互いに目が合うとカチカチと口を鳴らしたり、毛を逆立てたりをすぐにする。
今回の猪も僕たちを発見するとすぐに猪は臨戦体制にとった。
こうなっては仕方ない。
僕は木剣を諸手で構える。真剣じゃないのは血に仲間が集まってくる可能性があるからだ。そして脳震盪や他にダメージを与えて速やかに戦闘不能にすることが優先される。ちなみに父様は僕が免許を外伝したと言うことで見守りに徹している。
お互いに目を合わせて呼吸を整えていくなどの決闘の作法などお構いなしに猪は僕に向かって爆発的に駆け出す。猪のサイズは2メートルくらいの立派な成獣。そのサイズが殺気丸出しの突撃をするのだから迫力は半端ない。でも僕は正面から逃げない。しっかりとしっかりと猪の一挙一動の動向を見る。猪の攻撃圏内に入ったのか、ぶっ飛ばさんと力をより一層込め猪の筋肉が1回り膨れ上がる。
でも猪よ。お前の攻撃圏内なら、そこは僕の攻撃圏内でもあるぞ。
猪は地面を揺らし、土を乱れ荒らし僕を殺さんと猪突猛進。当たれば確実に死ぬであろう圧力が目前に迫り来る。しかし猪がきた瞬間、僕も一歩を踏み出し猪の脳天に木剣を思いっきり振り下ろす。
「シッッッ!!!」
巨木にぶつかったかの様な破裂音が鳴り響き、猪が突撃を止められた慣性で跳ね上がる。猪は僕の横に勢いよく転がりぴくっぴくと痙攣し動きを止める。
「やるなあ、ウィル。完璧じゃないか。この大きさの猪をその体で身体強化なしで仕留めるのは余程相手の力を利用しないと無理だろう。そして自分もその力に負けないように力を逃す技術も大したものだ。相手を見切って最小限の力で最大限の成果を得る、ヴァルヴィデア流剣術そのものの動きだ。免許皆伝と言ったが、正直驚いておる」
「お褒めの言葉誠にありがとうございます!でも父様、今回は向こうが一直線で駆け引きも何もない攻撃でしたので後はタイミングとただただ思い切りこちらの一撃を当てるだけでした。なので、そういうのも上手く作用したのかなと思います」
父様と他愛もない話をするが気は緩めない。
木剣を帯剣せず、警戒したまま猪の方に近寄る。よく観察すると猪の頭は大きく凹み、白目をむいて口を半開きにして倒れている。
うん、さすがにこれは気絶しているな。
僕は警戒を解き木剣を帯剣する。猪には申し訳ないがこれも生きるためと思い合掌する。もし何かが違えばこうなっていたのは僕かもしれないのだ。合掌を終え、すぐさま前足、後ろ足と口を括りつける。そして木の棒に猪を吊るし父様と共に持って帰る準備をする。
持って帰る最中に昨日のことを思い出した。
「そういえば父様」
「なんだ?」
「昨日夜に素振りをしていると僕と同じくらいの女の子が僕の素振りを見ていたんです。あんまり村のことを知らないんですけどそんな子います?というか、父様と母様って村に馴染めてるんですか?」
「うーーむ、どうだったかな?村とはうまくやっているよ。母さんの親戚の村っていうのもあるが、こうやって大きい獲物が取れた時はお裾分けしたりしてるしな。持ちつ持たれつの関係だ。その中で若い衆もいたからもしかしたらその方たちの子供かもしれんな。実際に見たことはないからわからん。すまんな」
なるほど。まあでも僕も狩りと修行以外は家の中だから他の村の人たちも僕のこと知らないんじゃないかと一緒でその子もあんまり外に出なかったら父様たちも知らないよなあ。
まあ、またいつか会えるかな。
そう思ってると意外にも再会は早かった。
▼
猪を持ち帰り血抜きなどの処理を終えて今日の仕事は一旦終了となる。つまり、父様との稽古の時間だ。
「ウィルよ、進展はどうだ。真への道へはなにか掴めたか?」
「うーん。それが父様、なかなか自分のこれと言ったものがないんですよね。最終的には魔法を使っての動きにはしたいんですが、、、」
「そうだなあ。まぁウィルは魔法が使えるからその道がいいだろう。しかし、それは魔剣士であって流派にはならん気がするな」
そうなのである。魔法を使っての戦闘はそういう戦術や動きであり戦闘スタイルなのであって流派ではない。ヴァルヴィデア流剣術から派生はしていなく、その先には辿り着けてはいない。
「悩め、ウィル。きっとそこにお前の道がある」
とりあえずは稽古だな、と父様と真へ至るための稽古をする。
僕は父様といつもの更地へいつも通り木剣を持って向かう。
今日からは真ヴァルヴィデア流剣術の稽古のために父様も本気を出す。身体強化ももちろん使うらしい。免許皆伝しているので次のステップとして、より実戦に近い形をとっていくのだ。
父様はいつも通り1本の木剣ではなく2本の木剣を持っている。父様の真である鬼人派、双剣の解禁である。
僕はその姿をみてぞくぞくっと鳥肌が立つ。間違いなく最強の真の1つである父様の姿を見て興奮?武者震い?なんとも言えない高揚感が身を駆け巡る。
僕は構える。父様は今までにこやに話していたが、対面に構えれば真剣な表情になる。両手剣はだらりと脱力し観音開きの状態で構えをとる。そしてなにもかもを見通しているかの様に目を据える。
一滴の汗が額から頬にかけ落ちた。
動くことが、できない。
父様に全てを見透かされているようでさっきまで興奮していた自分なのに目の前の脅威に警鐘を鳴らして何か思い浮かんでもすぐに自分自身が否定しまう。
これが本気の父様の圧力…。さっきの猪なんて比にならない。巨体が迫ってくる迫力とかの物理的な圧力ではなく、何もできないという無力感を突きつけられて自分自身を否定してしまう場の制圧的な圧力だ。目の前の敵には勝てないと逃げろと本能が叫んでいるのに、逃げられないと体が言うことを聞かず二律背反の中で精神と体が父様の圧力に蝕まれていく。
脱力していて両手を下げている状態なのに、一歩動けばこっちの隙をついて切り刻まれる未来しか浮かばない。
息が、詰まる。
僕と父様の間にせーのの開始の掛け声はない。どちらからとなく相手の様子を見ていつも稽古は始まる。精神と体がばらばらになりそうながらも父様を観察する。
父様の魔力が揺らいだ瞬間、姿がなくなる。
「!?」
反射的に魔力を爆発させその魔力で身体強化の魔法を無理矢理自分に施す。
僕の右側腹部を狙った父様の木剣は右側腹部を守るように先を傾けた僕の木剣で守られた。そしてもう1対の頭部を狙った一撃は木剣の柄で受け止めた。
それは勘でしかなかった。父様の攻撃を受け止めれたのはほぼ奇跡でしかない。
「おお!中々器用なことをするじゃないかウィル!魔力を暴力的に練ったのは正解だっだな。魔力の振り幅による相手への強制魔力酔いがなければ1動作間に合わずに勝っていたのだがな!」
めしめしっと木剣同士が唸りを上げる。
父様の身体強化…!思った以上に…重い!!
父様は動きをやめない。右側腹部の一撃を受け止めた僕の木剣を器用に攻撃してきた同部位の木剣で絡め取り無力化。そのまま柄側の木剣を僕の首に突きつける。
「ッ、、。参りました」
父様が木剣を引き帯剣の構えになる。
「惜しかったな。でもまさか最初の一撃が止められるとは思わなかったぞ。私も本気で行くからにはウィルを一撃で潰そうと思ってたからな」
手も足も出なかった…。
「止めれたのは、まぐれです、、、。なんとなく体が動いただけなのです」
「ウィル、まぐれで勝敗が決することは稀じゃない。なぜならそれはまぐれではなく、とてつもない練習とその過程を熟考しているからこそ出る本能の成果だ。まぐれではあの防御はできん。ウィルの勉強と努力の成果だ。まぐれをまぐれのまま終わらせるんじゃあないぞ」
これからも精進しなさい、と微笑んでくれた。正直、めっちゃくちゃ悔しい。父様と僕の距離がこんなに空いてるなんて、途方もない。ただ、なにか得るところを探すとすれば僕はまだまだ伸びるということだ。あの反射的な防御、父様にまぐれじゃないと認められた努力の成果、これはまだまだ増やしていける。まだ子供だからこそ、経験が浅いからこそ、それまでの計画性と失敗からの解決法で僕なりの反射的な未来視につなげよう。
父様との実力差に落ち込んでいるとともに、その敗北から希望をつかんで前向きに歩き出そうとしたとき物音がした。
「?」
父様と僕とで不思議がって周りを見渡してみると少し離れたところの木陰から女の子が覗いていた。
あれ、あの子ってあの時の子じゃん!
「父様あの子です!」
「ほう、たしかにウィルと同じくらいの子だな。どれ」
見てないでこっちにこないかー!?と父様はその子を手招きする。
女の子はあの時とは違い逃げずに、おずおずと恥ずかしそうに顔を出し吹っ切れたかのようにこちらに駆けてきた。
背格好は僕と同じくらいで、綺麗な金色の腰くらいまである髪を靡かせている。目は大きく、人形みたいに整った顔をしている。白い袖なしのワンピースが彼女の存在が非現実かのように浮かせている。
「これまた美人さんだね。将来が楽しみだ。名前はなんていうのかい?」
父様が優しい声で語りかける。
「お、オリビア!」
透明感のある、しかしよく通る声が響く。
「僕はウィル。オリビアは昨日も見ていたよね?」
「そうなの!あの、私も稽古に混ぜてください!」
オリビアの唐突な要望に僕と父様は驚いた。
それが僕とオリヴィアとの早めの衝撃的な再会だった。




