第3章 第47話
馬車から降りると、少し遠くに、しかし目視できるところにブラッディベアと戦っている冒険者らしき人たちが見えた。
ギルドの馬車はブラッディベアがいる目的地ギリギリまで来てくれたようだ。
僕たちは急いで駆けつける。
「都市マドワキアから来た!助太刀する!」
「都市マドワキアから!?」「ありがたい!」「全然人手が無かったところなんだ!」「決定打が入らない!」
戦っているのは、猫耳が生えていたり、動物の特徴が混じっている人たち、獣人族の人たちだ。レガテリア王国は獣人族の国と聞く、恐らくレガテリア王国から来た冒険者に違いない。
獣人族との共闘に胸が高鳴ることを抑えつつ、ブラッディベアを注視する。
大きさは2メートルほど。事前資料通りな黒く塗りつぶされた滑らかな体毛、その体毛を逆立てながら涎を垂らし唸っている。こちらに興味もくれず、休みなく冒険者に襲いかかっている。戦っていた冒険者が変わる変わる防御に回りつつ、手が空いている冒険者が攻撃をするが、弾かれるようだ。ブラッディベアはお構いなしに突進、爪を立てて殴打、噛みつきなど次々に襲いかかってくる。実際に見る耐久力と獰猛さの迫力が凄い。
ずっと耐えていたのか、冒険者たちの疲労が見える————どうするか。
「わたしが行くよ。ムメイは下がっていて」
オリビアが”龍”の素材で作り上げられた剣を抜きながら、前に出る。そして、見えている肌に魔力が駆け巡る。真剣を握りしめ、身体強化を施した戦闘準備万全なオリビアに、僕はぞくっとする。
武器を持ったオリビアの威圧感、半端ない。
一瞬の隙を許さない体捌き、父様と同じ威圧感だ。
今まで虫ケラのようにこちらをなにも気にしていなかったブラッディベアの動きが止まる。オリビアの持つ剣の材質になのか、オリビア事態の脅威になのか、今まで獰猛に奮っていたブラッディベアに躊躇が見れる。
もちろん、その隙をオリビアが許すわけではない。
一瞬にして懐に入るオリビア。
一振りで無数に見えるオリビアの剣撃が、ブラッディベアの動きを完全に止める。
一閃————ブラッディベアの体躯が横に斜めに吹き飛ぶ。
あれだけ攻撃を防いでいたブラッディベアの耐久力も、オリビアの眼の前には無力だな。
オリビアが剣を振り、その付着したブラッディベアの血液を薙ぎ払う。
「すげ•••」「仮面にローブ、こいつら」「スタンピードを収めたって噂の•••?」「マドワキアのアンオブタナイト、”殲滅”のムメイとオリビエ!?」
2つ名というのがある。
それは、名前だけでは同名の可能性もあり、本来の強さが伝えにくいために、別称をつけてわかりやすくするために自然とできたシステムだ。感覚としては人間版のネームドって感じかな。強い人たちや名を挙げた人たちにはいつの間にか付いている。
特にアンオブタナイト級には全員2つ名が付いていて、ハンゾウの”忍者”がいい例だ。
僕らはあの量のスタンピードを収めたことで”殲滅”という2つ名になっていた。
「まぁ、お初にお目にかかりますってやつだな」
ブラッディベアはオリビアによって華麗に処理されたが、未だに場の緊張感はそのままだ。なんだ、この緊迫感は?
「アンオブタナイトが来てくれたのはありがたい」「ありがてえけど•••」「ありがたいんだけど!」「まだ、まだなんだよ!」「俺たちが依頼を受けたのはブラッディベアの群れ」「でも来た時には1体しかいなかった!」「全身が鳥肌立ってやがる•••わりい予感しかしねえ•••」
「ここには、ここには無数のブラッディベアが潜んでる!!」
突如、地面から爆発したような衝撃。
宙を舞う獣人族の冒険者。
地面から突き上げるようにしてブラッディベアが現れる。
大量のブラッディベア。その数は10以上はいる。ここの冒険者の数より、ブラッディベアの数の方が多い————。
僕は身体強化を体に駆け巡らせ、最大開放して近くのブラッディベアに迫る。
手部には『切れ味補正』、『補強』を。最初から全開だ————!!
突き上げて宙に舞った冒険者を食べようと下に構えているブラッディベア。僕はオリビアのように真っ2つにしようとする、が、ブラッディベアは本能で察したのか、食べようとしていた冒険者など全てを捨て去るかのように飛び退き、全力で距離をあける。
だが、それは捉えている。
僕は最初から、その飛び退く距離自体に焦点を置いて詰めている。
横一文字、ブラッディベアの体は真っ2つになる。
僕はその反動のまま方向転換し、冒険者が落ちてくるところまで1歩で詰め、冒険者を受け止める。
「あ、ありがとう」
「大丈夫だ、すぐ様戦闘準備だ!立て直すぞ!!」
僕が反射的に助けれたのは1人だけ。オリビアも近くの人を助けたようだけど、他の冒険者はブラッディベアと対峙していたり、奮闘している冒険者もいれば、突き上げで弄ばれている冒険者もいる。全員が全員なんとかなっているわけじゃない。何よりも————全員が分断されてしまっている。
これは、まずい。
ネームドは基本パーティを組んで対処するような個体だ。オリビアみたいな火力が全員に備わっていればいいが、1対1で対応できる冒険者は限られている。
とりあえずは全員を合流させなければ、全滅だ————ッ。
「オリビエ!!!」
「わかった!!!」
オリビアにはこれだけでみんなを1ヶ所に集めるという意図が伝わったようだ。
オリビアの理解が早くていつも助かる。
他の冒険者を合流していきながら道を切り開いて来ている。
よし、こっちもこっちだ。魔法陣を背中に発現させる。
「はあ!?」
そのまま他のブラッディベアに詰め寄る。冒険者の僕に対してのリアクションは無視だ。
襲われる冒険者の間に入り、ブラッディベアの攻撃を捌き、そのまま仕留めようとするが、近くの冒険者がブラッディベアの攻撃に耐えれそうにないのが見える。
「ッ」
掌底で目の前のブラッディベアを軽く吹き飛ばし、近くのブラッディベアの攻撃に耐えれそうにない冒険者の元へ駆ける。
魔法を発現させ、電撃を放つ。
ブラッディベアはビクビクと痙攣するが、絶命までには至らない。だが、これだけあれば冒険者は逃がせれる。
「助かる!」
「礼は後だ!こっちに集まれ!!」
1つ1つ、ブラッディベアを対処していく。
オリビアの動きもあって、徐々に冒険者たちを1ヶ所に集めれることはできる。しかし人を助けながらだと、ブラッディベアの動きは止めれるがその息の根を止めるまでには届かない。何体かはやっつけたと思われるが、数はまだ10体以上はいる。
僕らの後ろには———よし、先にいた冒険者たちが全員いる。何人かは立つことができていないが、みんな息はありそうだ。ただ•••どういうことなんだ?ネームドがこんなに大量発生するのか?
ブラッディベアと対峙する中、ブラッディベアの群れの後ろから悠長に歩いてくる一際大きな体躯のブラッディベアが現れる。その口元は歪んでおり、まるで僕たちが目の前に現れた餌だとでもいうような、どう食べてやろうかと言ったことが丸見えな、いやらしい顔をしたブラッディベアが。
にちゃにちゃ、と涎を垂らしながら群れの真ん中を歩いてくる。
「あ、あ」「そんな、本当に•••」「本でしか見たことがないぞ•••」「ただの噂じゃないのか•••」「クイーンだ•••」
は?
「ブラッディベアクイーンだ!!」
呼応するかのように一際大きいブラッディベア、ブラッディベアクイーンが立ち上がり僕らに向かって大きく吠えたける。5メートルはあると思われる巨大な体躯の威嚇、そして大気を揺らすほどの大咆哮。さながら自分は強者であるとの見せつけだ。
その咆哮の衝撃に、僕とオリビア以外の冒険者は一瞬動けなくなってしまう。しかし、それだけで戦力を削ぐのには充分だ。もう冒険者たちは怯えてしまっている。
それを察してか、あとはお前ら2人だぞ、というように挑戦的に、そしてクイーンは嘲笑うかのようにニヤついている。
戦意喪失してしまった冒険者たち。こうなってしまったら、立て直すのはかなり難しい。情報だけでも、いただこう。
「おい、クイーンとはなんだ」
「ク、クイーンはネームドの種のまとめ役だ•••」「ネームドは突然変異だが、稀にネームドを出生するネームドがいるんだ•••」「その種のネームドの生みの親、だからクイーン•••」「その群れは!他のネームドと違って統率力があるんだ!」「普通は上位冒険者たちが何人も何人も束になって対処するクエストレベルだ!」「ブラッディベアの群れって聞いた時からおかしいと思ったんだ!」「嘘つけ!クイーンなんてもんは空想上の話だって言ってただろうが!」「こんな、こんな!!」
段々と今の状況を受け入れつつ、故に拒否反応からのパニックになってきている•••。ここら辺一帯を吹き飛ばしてもいいが、その規模の魔法になると発現にも時間がかかる。僕とオリビアはなんとかなるが、他の冒険者の保証ができない————くっ、手数が足りないなあ!
じりじりと、僕らを包囲するように扇状に広がって寄ってくるブラッディベア達。
ふっふ、多勢に無勢とは、よく言ったものだな。本当にどうする、これ?
汗が1つ、僕の頬から落ちた時、突如ブラッディベアの扇状の群れの向かって右側の片翼が爆音と共に吹き飛んだ。




