第1章 1話 【血の披露宴】
このヴァルヴィデア王国では4歳になると親族やそれに近しい側近を呼び内々の披露会を行なっている。
僕ももれなく、この王家に3男としてうまれ無事に4歳を迎えたために、ついに明日に披露会が行われることとなった。これまで僕は父様と母様、1人の兄と1人の姉、そして城の中の召使いの人たちしか交流がなかったから外の人たちに会うのが正直楽しみである。
でもその反面、緊張も、同じだけしている。
今まで拙いながらも礼儀作法を王家として習ってきたし、もし不手際があったとしても子供だから許してもらうとういう打算も考えているつもりではあるが、いざ前日になると身の拠り所のない緊張と不安が出てしまう。
「お、なんだウィル。緊張しているのか?」
そんな緊張と不安を拭い去ろうと、城の中をウロウロしていると長男であるロード兄様が声をかけてきた。
「ロード兄様・・・」
「ははは、大丈夫か。平静を装っているところが逆に緊張を隠し切れていないぞ」
ぐ、客観的に言われるとなんだか恥ずかしい。
「初めての方々を目の前に晒される状況を想像しますとどうしても緊張してしまいますよ。僕はロード兄様ほど優秀ではありませんから・・・」
「晒されるっていうのは悪い言い方だが、でもまぁ、あながち間違ってはないな。そうやって褒めてくれるのは嬉しいが俺だって緊張したもんだぞ?」
「ロード兄様がですか!?」
ロード兄様はこのヴァルヴィデア王国ヴァルヴィデア家の長男だけあって、この城の英才教育を湛然に教え込まれている。その上、王家の美形の血筋のいいところを集めたような容貌、そして元からのポテンシャルの高さからくる要領の良さ、そしてそれであって運動神経も隙がなく、さらに向上心を絶やさない容姿端麗・文武両道を兼ね備えた超スーパーハイスペック人間なのだ。もちろん周囲への配慮も完璧で城の皆ならず国民すべてに好かれている。まさに次期王様といった方だ。
またここらへんは中央王国を中心に周りに小国がいくつか隣接し成り立っている連合王国なのだが(僕らもそのうちの一つの弱小国の弱小王族である)、7歳になればどこでも小等教育を3年間受けられる権利ができ、次に3年間中等教育を受け、最後に4年間高等教育を受けられる仕組みになっている。そして17歳からは成人としてそれぞれの生業に旅立つのである。
現在17歳になっているロード兄様も例に漏れなくその仕組みにのっとり、騎士団の見習いとして中央王国の超エリート騎士団であるマドワキア中央騎士団に入団しているのだ。そしてこの度、僕の披露会に戻ってきたということだ。まさにうちの弱小国の星なのである。
そんな日の打ちどころがないハイスペック人間でもこの披露会では緊張したとなると親しみやすいどころかより緊張が勝るのだが・・・
「ウィル、周りは俺のことを恥ずかしげもなく“勇者の再来”やら“神の使徒”やらと称賛するものもいるが、所詮、俺とて人だ。出来ないこともあるし苦手なこともある。ただ、それを見極め、認め、その壁を乗り越えてきただけだ。それが成長というものだ。だからウィル。その緊張の感覚を忘れずにまた、その緊張という試練を乗り越えた先を忘れるなよ。ウィルは自分が思っている以上に限界を知らないやつだと、俺は思っている。特に魔法のセンスは聞いた限りではあるが、目を見張るものがある」
お、お兄様・・・
「ありがたきお言葉!僕はそのお言葉だけで乗り越えれる気がしています!」
さすがお兄様だ・・・今さっきまでの緊張は不安ではなく気分は意気揚々となったし、むしろ明日の披露会は僕にとってのただの試練となった。むしろ楽しみまである。お兄様にここまで言われたのだ、明日はとことん緊張してそして乗り越えて見せようじゃないか。
だが別の意味でこの披露会が乗り越えられない試練となるとは、僕はこのとき、微塵も思っていなかったのだった。
翌日の朝。
ついにやってきたぞ・・・。
披露会が始めるのは昼過ぎから。現在は屋敷中が掃除や食事やそれぞれの身だしなみなどの準備の最終段階で大慌てである。
「あら、ウィルじゃない!もしかして緊張しているの?可愛いいいいいい」
「お姉っぐふえ」
そう言って抱きついてきて頭に愛玩動物にするみたく頬を擦りつけてくるのは、僕らの兄弟の紅一点、シャーリーお姉様である。
「もうまた可愛さ増したんじゃない??? これは悪い虫がつく前にしっかりお姉さんが教えてあげなきゃ!!!」
「お、お姉様、顔がへしゃげてしまいます・・・・」
「あら、ウィルは顔がへしゃげても可愛くてよ?むしろそうした方が悪い虫はつかないのかしら・・・」
シャーリーお姉様がこ、怖いことおっしゃている。
僕よりも3歳年上の7歳であるシャーリーお姉様は僕と一番歳が近いこともあって、とても可愛がってくれる。その愛情はとても嬉しいのだが、なんせ7歳の割には顔がすでに整いつつあって少しドキッとするからやめてほしいんだけど・・・
シャーリーお姉様も7歳になり先の仕組み通りに小等教育を受けにマドワキア中央王国の小等学校に通ってる。さらに言えばロード兄様に似て超優秀で超名門校であるマドワキア中央王国王立小等学校に通っているのだ。父はこの国の主人ではあるがこんなにも優秀な子たちに恵まれたことに感動し、すでに初老の世捨て人のような抜け殻になりかけて母様に日々尻を叩かれてなんとか国勢を行なっているのはまた別の話だ。
「いいウィル?こんなものは所詮、親戚の集まりよ。楽に、むしろ“俺はここにいるんだぞ”と堂々としていればいいのよ。あ!!でも、ウィルの可愛さがバレちゃうからあんまり堂々としちゃだめだからね!!!」
お姉様・・・・でも、お姉様がいつも通りでなんか緊張はいつのまにかほぐれたみたいだ。
「はい!ありがとうございます!でもこれは武者震いですよ!」
「ふふ、さあおめかししにいきましょう」
そう言って僕の言葉に姉様は微笑えんだ。
そして披露会の最後の準備に取り掛かるのであった。
「本日は皆のもの、来てくれて感謝する!!今回も我が国は・・・・」
披露会は始まり、城の会場は盛大に装飾され、また会場には人が敷き詰めほどではないが、なかなかの数が集まっている。その中で壇上に立ち王様である父様からの客品たちへの労いの演説が繰り広げられている。
え、待って。ただの内々の集まりじゃないの?なんか、すうごい人いるんですけど。
・・・・どうなってんの?
「ウィル面白い顔になっているぞ?」
「ふふふ、まさに鳩が初級魔法を食ったようなお顔ね。それも可愛いんだけどね」
僕が父様の後ろの壇上裏で目の前の光景にオーバーヒートしていると、一緒に控えていた兄様と姉様が微笑みながら話しかけてくれた。いや、どゆこと?
「これはなウィル、内々ではあるが付き合いのある商人や貴族なども呼ぶ内々の披露会なんだ。だからこんなに人がいるんだ。」
「なにか言いたげそうにしてるけど、もうここまで来ちゃったんだから腹くくりなさい。男の子でしょ?みんな通った道よ。いつのまにか大きな規模になっていってしまったんですって。」
くすっと姉様は笑って見せる。いや、いつも通り美しいけども。
「お兄様、お姉様、もうなんか色々吹っ切れました。前に出るだけですもんね。」
「「そういうこと」」
そうこうしているうちに父様の演説が終了し客品たちの拍手が聞こえてくる。そして父様の僕を紹介するために家族が壇上に立つときが来た。
「さあ、行くぞ」
「ウィル堂々と、よ」
兄様はこの時でも王族の衣装を見に纏い、腰に剣を帯剣し威風堂々の風格を表している。そして姉様は男性衣装とは違った色々な装飾品がついた王族衣装を纏い、しかし気品さは装飾で失われずに毅然としている。兄様は歳が離れているけど、姉様って3つ上だよな?なんていうか、みんなかっこいいな。僕も頑張ってこういうかっこいい人間になりたいな。この一歩はそのための一歩になれば、いいな。
「はい!」
そして僕たちは壇上に出た、その時であった。
「え?」
目の前に急に全身を黒尽くめに身を包めた人が現れた。頭は包帯でぐるぐる巻かれており顔色は全くわからない。
起きもしない現象に客品たちの戸惑いと一瞬の静寂が訪れる。その黒尽くめの包帯の隙間から覗く、冷酷な闇のような目が僕の目と重なった。
その瞬間、心臓と脳を鷲掴みにされたような衝撃が身体の自由を食い潰し、耐えきれない拒否反応に悪寒と吐き気がこみ上げてくる。
ーーーー明確な死が僕を襲った時だった。
この異常事態に誰よりも先に反応したのは兄様であった。
腰に帯剣していた剣を目にも留まらぬ速さで抜剣し、軌跡は振り抜かれた剣を遅れてくようになぞられる。
足にこつんと当たる感覚があり、見てみると今さっき目の前に現れた黒尽くめの人だったものの頭が転がっていた。
理解が、追いつかない。
「警備のものは早く位置につけええええええ!!!」「他にも賊が潜んでいるぞ!!!!」「なにが起きているんだ!?」「ただの披露会じゃなかったのかっ!!!」「逃げろおおお!!!」
お兄様や警備の騎士たちが目の前を駆け回っている。客品は逃げ回り、それに対してお姉様や父様は避難を誘導している。母様は僕の前に立ち防いでいる。
訳が・・・訳が、わからない。
逃げ回る人、切り崩され赤く染まっていく室内、声にならない怒号、その目の前の光景がまざまざと脳裏に焼きついていく。気づけば、呼吸の仕方を忘れていた。過呼吸なのか浅呼吸なのかの状況もわからない。だんだんと立っていられなくなり地に膝をつく。母様は必死に僕に話かかけてくるが、自分の心臓の音が大きすぎて何も聞こえない。ひゅー、ひゅーと下手くそな笛をふくような音が聞こえる。それが息ができていない自分の呼吸だと気づく時、さっき転がっていた黒づくめの頭と目が合う。
「あ、あ、あああああああああああああああああ」
目の前の景色が受けいられなく、意僕の意識は途絶えた。
こうして僕の披露会は“血の披露会”として幕を閉じたのであった。