主人公が復讐しないと…
「落ちてきた」
男の一言は薄暗いその中で静かに広がった。杖を振るい毛皮をピンと広げ始める。数分後にはその毛皮の中心にそれが収まった。それは革の鎧で身を包んだ若い男だった。その男を横に寝かせ毛皮をかける。
一通り済むと男は薄暗い中を歩き一角の空間に入る。そこは他より幾分か明るく男の顔もハッキリ見え、長い事日に当たっていないため肌は白くなっていた。
「はぁ、またか」
この男、名を【田中楽太郎】といい今から20年ほど前に地球の日本からクラス丸ごと異世界【ギャラクシティ】に転移されたのだ。当時、ギャラクシティには魔王が世界征服を企ており、それを阻止するために異世界の人物を勇者として召喚して阻止しようと考えた。いわゆるテンプレ転移である。
そして田中は当時、クラスメイトから虐められカーストで最下位。更に此方に来てもステータスもここの現地一般人男性と同じで特殊スキルもなかったため、足を引っ張ると判断され帝国の訓練中の【ダンジョン内での事故】で暗殺された。
だが楽太郎は生きていた。このダンジョンには安全圏の5層から最下層の【奈落】に通じる崖から落とされたのにだ。たまたま、落下した所にキングスライム が愛の営み中で重なっており、衝撃を和らげたのだ。そこから田中は復讐…をしようとは思わなかった。どうでもよくなってしまったのである。
【住めば都】
そう言われるように、田中はここでの生活に満足していた。日本でも有名な魔法使いの本の呪文を練習して使ってみたり、ダンジョン内を散策して調味料を見つけたりと…
と、ともかく充実した日々を送っていた。
暮らし始めて2年。自分と同じ様に落ちてきた人物がいた。どうやら自分と同じ境遇らしいが復讐者の眼をしていた。この頃になると田中は、自力でダンジョンを出ることも出来きたが出る気はなかった。暇つぶしにその男の修行を付き合い、地上へ送り返した。
それから、2年毎に人は落ちてきた。みな境遇は同じ…という訳でなく、過ちを犯した令嬢も落ちてきたりもした。漏れ無くその人物も力を蓄えさせてから地上へ帰した。
「はぁ、なにしてるんだろう俺」
「ラクタロウさんは私達にとって救いの神です」
「うん…なんでここにいるのかな?エイト」
「里帰りです」
「」
どういう訳だが、地上へ送り返した人物は時々この奈落に来ることがあった。そして自分の冒険談を語るのだ。
「で?相変わらずワンは魔王をしているのか?」
「はい、ラクタロウさんを切り捨てた奴は許さないと言ってました」
「そうか」
田中楽太郎…彼は無自覚だが実は地上を陰で支配している人物に他ならなかった。
田中楽太郎
意味もなく虐められてしまう人物。ただそこにいるからという理由で殴られもした。幼い頃からその扱いは変わらなかったので、心が病んでいる。諦め癖はそのため。
残念ながら、楽太郎を助けようとするクラスメイト(ヒロイン)は1人もいなかった。